意外な遭遇

 足音が近づき、遺跡の入り口に姿を現したのは、かつての仲間たち——ヴァルド、セラ、リックだった。彼らの表情には憤りと警戒心が混ざっている。


「ロアン……やはりお前か」


 ヴァルドの低い声が響く。その目には怒りの色が宿っていた。


「ヴァルド? どうしてここに──」


 俺が言い終わる間もなく、ヴァルドが猛然と襲いかかってきた。S級の戦士としての全力全速ほどではない。が、俺には眼の前で拳銃に撃たれたような感覚だった。


「うあっ──!?」


 俺は咄嗟に剣を構えたが、音速にも迫るヴァルドの一撃の威力は尋常ではなく、容易く俺は壁まで吹き飛ばされる。体が石壁にめり込むような嫌な感触があり、骨のどこかがイカれたかもしれなかった。


「ヴァルド……いったいなぜ……っ!」

「黙れっ! お前がっ……! そんなものを持っているから……!」


 怒れるヴァルドに、話は通じそうになかった。何を言っているのかがわからなかった。俺を追放したときもいつも、こいつが騒ぐときはロクなことがない。


「またいつもの勘違いだろ!」

「勘違いもクソもあるか……お前が隠してるそれが、証拠以外の何物でもねぇっつってんだよ……!」


 俺は瞬間移動じみた速度で接近してきたヴァルドに蹴り飛ばされ、地面を転げながら宙を舞っていた。『ああ、そうか……』と、このとき、スローになる世界の中で俺は思っていた。


「そいつを吐き出して……てめぇは魔物に食われてろ」


 わけもわからず襲われた俺は、容赦なく次撃を繰り出してきたヴァルドの特攻に、死を予感し──頭が、冴えた。いや、あるいは、キレたのかもしれない。あいつの身勝手な理不尽に。


 不思議なぐらい平衡感覚を保ったまま着地した俺は、迫りくるヴァルドを視界に収める。素材活用スキル『ハイマテリアル』、特殊能力付与スキル『ギアメイカー』、ダンジョンテーラリングスキル『ダンジョンストラテジスト』、そして、工程最適化スキル『ワークオプティマイズ』まで、持っているクラフトスキルが無意識に繋がっていた。素材を取り出し、ドワーフハンマーでひと叩きし、スキル付与可能状態にするまでが簡略化されたそれは、ほとんど特性だけが抽出されたキューブ状に近くて、俺は指輪に付与したミラージュワームの能力によりヴァルドの攻撃を回避していた。


 濃い魔力で満たされたこのダンジョン自体が持つ特性と組み合わさることにより、もはやヴァルドの攻撃など当たりようもなかった。混乱しながらも攻撃を繰り出してくるヴァルドだったが、俺の幻影を斬るばかりでダメージを与えられない。


 そんなヴァルドに、俺はミミックブレードで吸収したジュダの特性と残滓としてのクリスタルキマイラの複合的な能力を発動させ、地面を叩くと同時に攻め入った。ヴァルドは先端が鋭く結晶化した大量の木の根に囲まれ、不意のことに瞠目しつつも流石に全てを切り落として対応して見せる。


 そこに、俺本人からの一撃が、横薙ぎに見舞われる。俺の認識範疇では、『気づいたら次元の指輪にしまっていたはずのフレイムエッセンスをエンチャントに使っていた』という感覚で、ミミックブレードにフレイムエッセンスの内に秘めた超高純度の炎を付与し、剣戟が走った瞬間に爆発させてヴァルドを轟炎に包みながら吹き飛ばした。支援物資用に作っていた強化手袋から、装備者テーラリングスキル『ハーモナイザー』により精製した、パワーグローブによる筋力増加のおまけ付きである。


「ぐぅぁあああっっ……クソがっ、クソがっ……!! なんだてめぇそれはっ……!!」


 特殊な防具で守られているヴァルドにはそう簡単に大ダメージは与えられない。だが、無傷でもなかった。ヴァルドが初撃から本気で、真正面から決闘するような状況だったらどうかはわからないが、少なくともこの瞬間だけは戦闘職であるヴァルドを上回っていた気がする。


 もはや俺は、高難度の剣や防具をそのもの作り出すこと以外には、工房は必要がないのかもしれなかった。この身体自体が、量産と能力付与に特化した製造工場になりつつある。


「なあっ──!?」


 ヴァルドが驚きの声を上げる。休むことは許さない。ミラージュリングを攻撃に転用し、俺はすでにヴァルドの背後に立っていた。ヴァルドはその俺の気配を察したのだ。あるいは、俺はここで、トドメを刺しておくかとさえ考えていた。が、次の瞬間、横からの強烈な一撃がヴァルドを吹き飛ばしたのだった。


「み、ミア!?」


 俺の驚きの声とともに、ミアがヴァルドを蹴り飛ばしていた。彼女の動きは俊敏で、まるで空中を自由に泳ぐかのようだ。


「くっ……雑魚がぁあっ!! てめぇは後で角折って五体バラバラにしてやるつもりだったんだよぉッ!!」

「無理よ。あんた弱いもの。そんなんじゃ魔界で生き残れないわよ?」

「魔界だぁ!? てめぇっ……やっぱり……そういう存在が……!?」

「まあなんか記憶の片隅にある程度なんだけど」

「クソがぁあっ!!」


 ヴァルドは態勢を立て直し、ミアと激しい格闘を繰り広げ始めた。拳と拳がぶつかり合い、衝撃波が周囲に広がる。ヴァルドの腕には剣と一体になるように赤い線が入っていた。あるいはヴァルドも極限状態で最終奥義を使おうとしていたのかもしれない。


 その間、シルヴィとセラが向かい合っていた。


「シルヴィ、どうしてロアンと行動を共にしているの? あなたまでパーティを抜けることなかったじゃない」


 セラの声には焦りが混じっている。シルヴィは冷静に応じた。


「特に理由はないんだ。お金とかプライドとかそういう話ばっかりで。面白くなかったから」


 いつもなら花のような笑顔を咲かせるシルヴィも、このときは真顔だった。怒りも哀しみもなく、ただ漫然と目の前の状況に対処しているだけ。口にしている内容も、ウソではないが全てではないという風に聞こえた。二人の会話が続く中、リックが俺に忍び寄っていた。


「そこだッ──」


 リックの短剣が俺の背中を狙う。俺は間一髪でかわしたが、腕に軽い切り傷を負ってしまった。


「チッ、相変わらず敏感だな」


 リックは苦笑いを浮かべながら、すぐさまヴァルドの援護に向かう。


 戦いは二手に分かれた。俺とミアがヴァルドとリックと相対し、シルヴィとセラが緊迫した会話を続けている。


 交差する戦いの中、


「なぜここに来た? 目的は何だ?」


 俺は剣を構えながら問いかけた。ミアがヴァルドを蹴り飛ばしたときの絵面が滑稽だったからか、あのキレた感覚はなくなっていた。


 リックは怪しく笑いながら答える。


「お前が持っていた結晶だ。あれがダンジョンに反応して、俺たちも巻き込まれた」

「なに……?」


 思わず俺は驚きの声を上げてしまう。なぜそのことを知っているんだ? そもそも、偶然同じダンジョンに居合わせたというのも不自然な話だ。まさか、セラと会ったとき、彼女が何か……。


「追跡の仕掛けを施していたのか」


 リックが薄笑いを浮かべる。


「さすがだな、ロアン。そう、俺たちはお前を追ってここまで来たんだ」


 俺とリックが会話をしている横で、ミアとヴァルドの戦いは激しさを増していた。互角以上の戦いを繰り広げ、俺はリックの素早い動きに対応しながら戦っていた。


 ミアの拳がヴァルドの顎を捉え、彼が数メートル吹き飛ぶ。しかし、ヴァルドはすぐに立ち上がり、剣を大きく振りかぶる。


「がぁああっ……覚悟しやがれぇっっ……ッ!!」


 ヴァルドの剣から放たれた斬撃が、ミアに向かって飛んでいく。ミアは両手を交差させて受け止めようとするが、その威力は尋常ではない。


「くっ……!」


 ミアが後ろに滑っていく。縁語に向かうべきかと、その逡巡の隙を突いて、リックが俺の側面から襲いかかってきた。


「そこだ!」


 リックの短剣が俺の脇腹を狙う。俺は咄嗟に剣でそれを弾き、同時に特性を引き出した。


 閃光が煌めき、リックの体が宙に浮く。


「なっ……何だこれは!?」


 リックが驚きの声を上げる。俺はその隙を逃さず、ミミックブレードを振るった。かすり傷程度だが、リックの腕に傷をつけることに成功する。やつの本質は暗殺。それはただ素早いだけだとか肉体の高速化に特化しているというだけでなく、そういう特有のスキルを保有している。


「くそっ……」


 リックは態勢を立て直し、再びヴァルドの側に戻る。


 戦いは膠着状態に陥っていた。シルヴィとセラの会話も平行線を辿っている。


 そのとき、遺跡の奥から不気味な唸り声が聞こえてきた。全員の視線がそちらに向く。


「おいおい……なんだよ……やっぱりいるんじゃねぇかよ……ッッ!!」


 ヴァルドの声が響く。新たな危険の予感に、戦いが止まったが、ヴァルドの反応はどうにも普通の様子ではなかった。

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