新たな敵と素材
巨大な石像の目が赤く光り、俺たちを見つめている。その瞬間、石像が砕け散り、中から奇怪な姿の魔物が現れた。しかも、二体だ。砕け散る石の破片が床に降り注ぎ、埃が舞い上がる。その中から姿を現した魔物の姿に、俺は息を呑んだ。
「なんだこれは──?」
一体は馬の体に蛇の尾、山羊の角、熊の爪。全長は優に4メートルを超え、その体は筋肉質で力強さを感じさせる。蛇の尾は床を這い、その動きは不気味なほど滑らかだ。山羊の角は螺旋を描き、その先端は鋭く光っている。熊の爪は、岩をも砕きそうな鋭さを持っている。
もう一体は鷹の翼に虎の体、獅子の頭、蠍の尾。翼を広げると5メートル以上はあろうかという巨大な翼は、わずかに羽ばたくだけで強い風を起こす。虎の体は縞模様が美しく、その筋肉の隆起は圧倒的な力を感じさせる。獅子の頭部からは、威厳のある眼差しが放たれ、その口からは鋭い牙が覗いている。蠍の尾は、常に上下に揺れ動き、その先端には致命的な毒が滴っているように見える。
そして最も驚くべきことに、そのすべてが透明な結晶で構成されていた。体全体が常に形を変え、光を屈折させている。生きた万華鏡のように。
「クリスタルキマイラだよ」
ミアの言葉に俺は驚く。振り返ると、ミアの目は真剣そのもので、この魔物を見つめていた。俺だって全てのダンジョンを見てきたわけではないので、初見のモンスターがいてもおかしくなかったが。
「知ってるのか!?」
「ううん。名前だけ。なんとなく見て思い出した」
「なんだよ──」
まだ記憶も戻りかけなのかもしれないと、考えていたそのとき、二体のクリスタルキマイラが体から鋭い結晶の破片を発射してきた。無数の結晶の破片が、光を反射しながら空中を舞う。その数はおそらく数百。それらが一斉に俺たちめがけて襲いかかってくる。
「危ない!」
盾を出す暇がないと判断した俺は、ミミックブレードの特性からグリフォンの羽を引き出し、破片を弾き飛ばす。結晶の棘は四散し、辺りに金属音が響く。しかし、数発が腕を掠め、鋭い痛みが走った。それを見てすぐにシルヴィが駆け寄ってくる。
「ロアン。大丈夫?」
「ああ、なんとか」
俺は返事をしながら、腕の傷を確認する。傷口を見ると、腕の一部が結晶化していた。透明な結晶が、徐々に肌の上を覆っていく。見たことのない状態異常だ。
「これは……」
クリスタルキマイラの能力らしい。幸いにも侵食は一部で止まったが、この結晶化が全身に広がれば、俺たちも魔物と同じ姿になってしまうかもしれない。油断できない。
「一匹ずつ片付けるから。二人はもう一匹を引きつけながらなんとか生き延びて」
ミアが前に出る。決意の色が宿ったその目を見るに、この魔獣は一体でもA級の強さはあるのだろう。
ミアは馬体のクリスタルキマイラに向かって飛びかかっていった。その動きは俊敏で、人間離れしている。残された俺とシルヴィは、鷹翼のクリスタルキマイラと向き合う。
「シルヴィ、このダンジョンでは討伐優先だ」
「オッケー任せて」
シルヴィは杖を高く掲げ、詠唱を始めた。彼女の周りに眩ゆい光が渦巻き、魔力が凝縮されていく。レベル2無属性攻撃魔法。彼女にとっては様子見の一撃だが、未知の相手には定石の手段。
「『──セレスティアルアロー』」
空中に無数の光の矢が現れ、クリスタルキマイラに向かって一斉に放たれた。流星群に似た矢が魔物の体を貫くたびに、キマイラの体が砕け散る。結晶の破片が四散し、床に降り注ぐ。しかし、砕けた破片がすぐに集まり、元の姿に戻ってしまう。
「なるほどね。そういうタイプか」
次にシルヴィは地属性のレベル2拘束型攻撃魔法『アースプリズン』を唱えた。
地面から岩の壁が隆起し、クリスタルキマイラを囲い込む。壁は瞬く間に魔物を覆い、巨大な岩の牢獄となった。しかし、魔物は岩をも溶かすような光を放ち、壁を突き破って脱出した。
「ごめんロアン、素材残せないかも」
「構わん。丸ごと粉砕してくれ──ッ!」
俺はカウンターで降り注いできたクリスタルの棘をミミックブレードで粉砕する。いつもなら魔力だけが吸収できるこの剣が、受けた攻撃から特性の解析を始めていた。
いや、これは──新スキルの『コピーメイク』が無意識的に適応している。俺はシルヴィと入れ替わるように立ち位置を変え、詠唱するシルヴィの背後で回復ポーションに『ギアメイカー』を付与した。それを結晶化した部分にかけると、未知の状態異常まで回復していく。
その前方では、シルヴィがクリスタルキマイラに魔法を放っていた。十八番であるレベル3爆炎魔法の派生型。緻密な魔力操作を苦手とするシルヴィがダンジョン向けに編み出した、唯一の非戦略型超攻撃魔法である。
『エクスプロージョン──スフィア』
巨大な火球が地面から競り上がってきたかと思うと、内部のエネルギーを一気に放出するように衝撃波が発生し、球形の爆熱がクリスタルキマイラを魔物を粉々にした。通常なら周囲の人間まで巻き込んでの大規模攻撃になるそれは、一定の広がりを見せたところで逆に収縮を始め、球内のチリを吸い込むようにして消えていった。
一方で、ミアの方は、実力差としてはクリスタルキマイラを圧倒している。しかし、倒すほどに復元されては強大になっていくモンスターを前に、決め手に欠いているようだった。
俺は急いでクラフトを始めた。手元の素材を組み合わせ、先ほど『コピーメイク』との組み合わせで敵の攻撃からミミックブレードに取り込んだ特質を抽出し、『ギアメイカー』で特殊能力付きの指輪を精製する。
「ミア、これを使え!」
俺はミアに指輪を投げ渡した。ミアは器用にそれを受け取り、すぐさまクリスタルキマイラに殴りかかる。
拳がクリスタルキマイラの体を吹き飛ばすと、断面が逆にカサブタのように本来ではない動きで結晶化して、再生を阻害しているようだった。ミアは素早い動きで次々と斬撃を繰り出し、ついにクリスタルキマイラを完全に粉砕した。
粉々になった結晶は、もはや再生の兆しを見せない。床一面に散らばった結晶の破片が、かすかな光を放っている。これは、新素材として使えるかもしれない。ミミックブレードはどう使っても消費型。同じようなことをするには破片を持ち帰る必要がある。
戦いが終わった後、俺たちはダンジョンの探索を続けた。壁の隙間から覗く鉱脈、床に散らばる不思議な形の結晶、天井からぶら下がる光る鍾乳石。どれもが見たことのない素材だった。
ミアが一つの結晶を手に取り、「これは……ルナストーン。月の光を宿す石よ」と呟いた。その結晶は淡い青色で、中から柔らかな光が漏れ出ている。ただし、それがどういう力を宿すものなのかは知らないらしい。
「あそこにあるのは……クロノクォーツ。時の流れを操る力を持つ水晶」
そう言って指さした先には、砂時計のような形をした透明な結晶があった。中では何かが流れているように見える。
「そして、あの赤い鉱石は……フレイムエッセンス。永遠に燃え続ける炎の結晶化したもの」
壁に埋め込まれた赤い鉱石は、まるで内部で炎が燃えているかのように明滅している。
どれも見たことのない素材ばかりだ。やはり、A級以上ともなると、俺がまだ体験したことのない世界が多く残っている。こいつらをクラフトしまくれば、俺のスキルレベルも上がるのか?
「あっ」
「どうした?」
「私……何か思い出しちゃった」
呆けたような発言ではあったが、その後にミアの表情が真剣になる。その目には、混乱と懐かしさが入り混じっている。
「私、巨大な結晶に囲まれた場所で目覚めたの。それから、すごく強い魔力を持つ誰かと話をしていて……」
ミアは言葉を詰まらせる。記憶を必死に呼び起こそうとしているようだ。
「それから?」
「何か儀式みたいなものをしていたような……でも……あそこにいたのは……」
何かが記憶として出かかっている。しかし、そう悠長にもしていられなかった。遠くから不気味な唸り声が聞こえてきた。それは低く、地響きのような音だった。ダンジョン全体が振動しているようにも感じる。
「また来るぞ。気をつけろ」
俺たちは新たな敵に備えた。
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