悪魔族と二つの魂

 俺とシルヴィとミアは新たな空間に足を踏み入れた。目の前に広がる光景に、思わず息を呑む。


 巨大な石柱が立ち並び、所々剥げた床はここが以前までは祭壇のようなものだったことをうかがわせる。空気中には濃密な魔力が満ちており、肌がピリピリとした。地平線まで続く荒涼とした大地。空は以前と異なって快晴だった。遠くまで見晴らせるその先には、奇怪な形をした岩山が聳え立ち、遠くには幻想的な光を放つ湖が見える。


「これは……」

「最奥部だけじゃなかったんだね」


 俺は呟いた。シルヴィが状況を分析する。ミアは無言で周囲を見回している。その表情には懐かしさと不思議な期待感が混ざっているように見えた。


「ひとまず、前のような攻撃はなさそうだな」

「そうだね。大丈夫そう。前みたいな危険信号は感じない」


 シルヴィが少し興奮気味に答える。ミアも小さく頷いた。


 俺たちは慎重に歩を進めた。たまに地面から紫色の蒸気が噴き出してきて、その度に俺たちは息を止めて通り過ぎた。この先に進むなら、支援品として作ったガスマスクから特殊能力付与をして進んだほうがいいかもしれない。


 そう考えていると、地面が大きく揺れ始めた。


「何か来る──!」


 シルヴィが驚いて叫ぶ。俺たちの目の前で、巨大な岩の塊が盛り上がり、人型の姿を形作っていく。それは、まるで大地そのものが意思を持って立ち上がったかのようだった。


「テラゴーレムか……!」


 俺は咄嗟にミミックブレードを抜いた。テラゴーレムはとにかく強い打撃を何度も与えないと倒せない難敵。強さのランクとしては魔導機ゴーレムと同程度……より上まである。まるで遺跡の入り口を守るようにして立ち塞がっている。


「ねえ、シルヴィ」


 ミアがシルヴィを見て、腕輪を指さしている。外せということか。


 シルヴィは少しだけ迷った様子だったが、すぐに頷いた。


「いいよ。ここなら抑える必要もないし」


 シルヴィが杖でトンと床を叩くと、ミアの腕輪が外れて落ちた。途端、ミアの髪の毛が逆立ち、抑えられていた力が一気に解放される。


 ミアの姿が変化していく。体が少し大きくなり、角が伸び、背中には翼が広がった。まるで、小さな悪魔のような姿だ。


「よっし。瞬殺してあげる」


 ミアの声は弾んでいて、力強かった。彼女はテラゴーレムに向かって飛び掛かり、その拳で岩の体を砕いていく。彼女が一つ正拳を見舞うと、ゴーレムの体に大穴が空いて、そこから突風が吹き荒れるように砕かれた石が飛んでいくのだった。


 俺とシルヴィは呆然と、その光景を見つめていた。ミアの力は想像を遥かに超えていた。


「マジかよ……生身で……」


 俺たちが眺めている間にテラゴーレムは削れていき、徐々に弱っていった。ミアの魔族的な性質なのか、身体強化の魔法を使っているようには見えない。人間が走るときに心臓をポンプさせて速力を上げるように、ミアの体内に流れる魔力がそのまま彼女の身体能力を爆増させているようだった。


「これでっ……終わり……っ!」


 最後はミアの強烈な一撃で、テラゴーレムは砕け散った。


 戦いが終わると、辺りに静寂が戻る。俺たちは息を整えながら、お互いの顔を見合わせた。


「ミア、お前……」


 俺は言葉を選びながら、ミアに問いかけた。彼女は変化した姿のままで、その目には強い意志が宿っていた。


「教えてくれ。お前の正体は何なんだ?」


 俺の質問に、ミアはあっけらかんとしていた。


「さあ? なんか起きたらあそこにいたの。でシルヴィが来て、お喋りして、人間の世界に行くことになった」

「いやいや端折りすぎだから」


 ミアが嘘をついているようには見えなかった。それでも、この姿を見てしまうと、余計にミアのことがよくわからなくなる。


「ねえ、ロアン」


 シルヴィが俺に近づいてきた。


「どうかな? 悪い子じゃないと思ったの。腕輪をつけるのもすんなり承諾してくれたし」

「どうって言われてもな……」


 なんとなく予感はあった。ただ、事実を認識してみると、改めて深く考え込まなければならない。たしかに、ミアは俺たちを守るために戦ってくれた。しかし、限りなく悪魔族に近いこの容姿は、魔王軍の幹部として噂されていた者たちによく似ている。


「とりあえず、このダンジョンではミアを仲間として扱う。工房でだって、あんだけ献身的に作業をしてくれたわけだしな」


 魔封印が解かれてからだいぶ性格変わってるけど。


「そっちが本性なのか?」

「んー。どっちもっていうか、たぶん、この子は本来、私の力が弱まってるときの性格をしてるんだと思う」


 ミアは自分自身のことを他人のように語る。


「私、たぶん後から入ったのよね。この体に」

「どこから?」

「さあ?」


 ミアは肩をすくめ、両手を上にして、まるでわからないという反応。元のミアは繊細で思慮深い感じだったが、こっちのミアはとにかくパワフルで難しいことは考えないみたいな性格のようだった。


「あの魔界ダンジョン育ちってことは、この遺跡ダンジョンも奥までまだ案内してもらえそうかな」

「もっちろん」

「そうか。なら、よろしく頼むよ」


 俺の言葉に、ミアの目に喜びの色が浮かんだ。


「ありがとう! 私、頑張るわ!」


 ミアの声には、元気さが溢れていた。たしかに悪いやつではなさそうなんだが。


 俺たちは再び歩き出した。変容したダンジョンの奥深くへと向かいながら、俺の頭の中では様々な思いが巡っていた。この先で何が起こるのか。そして、ミアの存在の意味とは一体何なのか。


 遺跡の角を曲がったところには、巨大な石像が立ちはだかっていた。その目が赤く光り、俺たちを見つめている。


「また来たわね」


 ミアが呟く。俺たちは身構えた。


 新しい魔物に、新しい素材。


 そいつらをクラフトしまくったら、俺は更なる高みを目指せるかもしれない。全スキルマスターのオールスリー。そうなったときに俺は、どんなものを作り出しているのだろうか。

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