ミアと結晶
俺とシルヴィとミアは新たなダンジョンに踏み込んだ。入り口に入ってまず目に飛び込んできたのは、鬱蒼と生い茂る巨大な木々だ。幹は太く、表面には苔むした樹皮が幾重にも重なっている。頭上では、葉の隙間から漏れる光が斑模様を描いていた。
しばらく進むと、突如として地面が揺れ始めた。木々の間から、巨大な蛇のような魔物が現れた。その体は木の幹のように見えるが、鱗のような模様が浮き出ている。目は赤く光り、口からは毒々しい緑色の液体が滴り落ちていた。
「気をつけろ。ジュダだ。第1階層からこれが出てくるとは、B級はあるのかもしれないな」
俺の警告が耳に入る前に、ミアが動いた。驚くべき速さでジュダに向かって跳躍する。たしかに、凄まじい身体能力だ。しかし、その瞬間、予想外の展開が起こった。
ジュダの尾が鞭のように振られ、ミアの小さな体を直撃。彼女は吹き飛ばされ、近くの巨木に激しく叩きつけられた。
「…………」
砂煙から出てきたのは、ゴホゴホと咳き込みながらヨロヨロと歩くミアだった。次撃も見えていなかったようで、俺は咄嗟に駆け寄り、ジュダの攻撃を弾いてから回復アイテムを差し出した。強いと聞いていたのに、こんなにも簡単に吹き飛ばされてしまうとは。
「だ、大丈夫か?」
ミアは痛みに顔をゆがめながらも、小さく頷いた。
俺は彼女を安全な場所に下ろすと、すぐさまミミックブレードを抜いた。剣が青白い光を放ち、俺の体に魔力が巡る。以前倒した高位の魔物の能力が呼び覚まされる。
「行くぞ!」
俺はジュダに向かって突進した。ミミックブレードが光を放ち、その刃が鱗を切り裂く。しかし、予想以上に硬い。普通の剣なら、とうに砕けているだろう。シルヴィに火属性魔法を付与してもらうか、火属性能力を持つモンスターの能力を解放すれば倒すこと自体はそう難しくなさそうだ。しかし、やはり素材はできるだけそのままの状態で採取したい。
ジュダは怒りの唸り声を上げ、謎の粘液を吐き散らす。俺は素早く身をかわし、再び斬りかかる。
シルヴィは戦闘には参加せず、周囲を注意深く観察している。彼女の目は、硬質化したジュダの木鱗や、その周辺に生えている特殊な植物に釘付けだ。
一撃、また一撃。ジュダの鱗が砕け散る。そして最後の一撃。ミミックブレードがジュダの急所に深く食い込んだ。
ジュダは倒れた。その巨体が地面に崩れ落ちる様は、まるで古木が倒れるかのようだった。シルヴィの支援魔法なしでも倒すことができてしまった。俺のクラフトスキルの向上に合わせてこのミミックブレードの性能も上がっている気がする。特殊な武器なら、その扱いも上手くなるのか?
俺は息を整えながら、ミアのもとへ急いだ。
「大丈夫か?」
「うん。平気。ありがとう」
俺は気づいた。ミアの口元から覗く小さな牙。そして、髪の中に隠れていた小さなツノ。
「なあ、シルヴィ、これって……」
どう見ても人間の特徴ではない。
「そうなの。ミアはあの魔界ダンジョンに住んでたんだ」
シルヴィがそっと言った。
やはりそうか。となると、この子は魔族ということか。魔族の中にもドワーフやエルフのように、人間に害をなさない種族も存在するが、これはどう見ても悪魔寄りの特徴だ。
「魔王軍の生き残りかもね」
シルヴィが軽々しくそんなことを口にする。
俺は息を呑んだ。魔王と血を分けた強大な間の存在は、この世から消え去ったはずなのに。
「そんなもの連れ出して大丈夫なのか? 本人の前で言うのもアレだけど」
「腕輪のおかげで大人しくなってるの。魔封印の力が働いてるみたい」
俺はミアの腕を見た。細い銀の腕輪が光っている。これで魔族としての力を封印しているのか。てか、ミアが弱いのってこれのせいだろ。気づいておけよな。シルヴィは相変わらずどこか抜けているところがある。
しかし、魔王軍か。その言葉に、俺の心に複雑な感情が湧き上がる。個人的な恨みはそう多くはない。親兄弟を殺されたわけではないからだ。俺がS級パーティーで戦っていた頃は、魔王軍の戦力増強施設であるダンジョンを潰すことで、全体的な戦力を削ぐことが目的だった。だが、世界中に甚大な被害をもたらした存在だ。仮に彼女が人間に一切の危害を及ぼしていなかったとしても、簡単には割り切れない。警戒しておこう。
時に、俺も強大な敵と戦うこともあったが、人型の魔物と戦うことはほとんどなかったし、彼らの一人一人が魔王軍の一員だったのかどうかは判別していない。おそらくは違うと思う。勇者が強すぎて、魔界に乗り込んで戦いに行ったのは、それこそSSS級という格付けがあってもおかしくないぐらいの最強戦力だけだったからだ。
「あの結晶と何か関係があるのかな。結局忙しさにかまけて俺は何も見れてないけど」
俺は採取した素材をクラフトし、入れ替えるようにして結晶を取り出した。大量生産のおかげで下処理もかなり高速化されている。
「あっ、そういえば忘れてた。ミアはこの結晶について何か知ってる?」
ミアは無言のまま、首を横に振った。
あまり話し込んでいても仕方がないので、俺たちはダンジョンをさらに探索し始めた。途中、ツタグモやファントムバタフライなどの魔物と遭遇し、このダンジョンの様相が次第に掴めてくる。シルヴィは終始、支援魔法をかけながら、ダンジョンの環境から拾ってこれる様々な素材を収集し続けていた。
「また新しい武器の開発に使えそう?」
「実はある注文主から要望だけもらっていたんだ。しばらく高級な素材が手に入らなかったから保留にさせてもらってたんだけど。それに使えそうだな」
久々に高ランク武器が作れそうだ。腕が鳴るな。
それからも俺たちは探索を続けた。
「ダンジョンの三分の一くらいは来たかな」
俺は周囲を見回しながら呟いた。これまでの探索で得た経験から、おおよその進行度が分かる。また前のように、不自然に後半が簡単になっていなければ、だが。
ダンジョンを下るに連れて、周囲の景色が変化していく。木々の間に、古代の遺跡らしき建造物が見え始めた。壁には奇妙な文様が刻まれ、所々に光る宝石のようなものがはめ込まれている。
「これって……」
シルヴィが壁に近づき、宝石に手を触れた。すると、微かに光が漏れてくる。
「気をつけろ」
俺が警告する間もなく、シルヴィが宝石に触れると、突如として俺の次元の指輪に入っていたはずの結晶が外に飛び出した。それが宝石と反応し、強烈な光を放つ。
まぶしい光が収まると、俺たちの目の前には信じられない光景が広がっていた。巨大な石柱が立ち並び、その先には広大な森と古代遺跡が見えた。まるで、別世界に迷い込んだかのような景色だ。
「特殊ダンジョンに結晶があったんじゃなくて、結晶のせいでダンジョンの一部が変化していたのか……?」
だとしたら、これは何だ。何者からどういう力を与えられている? しばらくこの結晶を放置しておけば、ここもあの暗黒の世界のように魔界化するのか?
「ここから先は、もっと危険になるかもしれないな。入り口だけ見て、ヤバそうなら引き返そう」
シルヴィとミアが頷く。俺たちは互いに顔を見合わせ、覚悟を胸に秘めて扉に向かった。
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