シルヴィ

 俺が物件斡旋所を出たところで、思いがけない出会いがあった。


「あっ、ロアンだ」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはシルヴィが立っていた。かつてのS級パーティの仲間で、魔法使いとして名を馳せた彼女だ。いや、魔法使いとして……ではなかったか。


 シルヴィは目を伏せ、落ち着かない様子で両手を胸の前で絡ませている。


「シルヴィ? こんなところで会うなんて」


 俺の声に、シルヴィはおずおずと顔を上げた。


 その瞳には、申し訳なさと懐かしさが混ざっている。


「本当に久しぶり。元気にしてた?」


 彼女の声は小さく、どこか遠慮がちだ。


 パーティを組んでいたときによく見た仕草だ。


 俺は少し戸惑いながらも、優しく微笑んだ。


「ああ、なんとかな。シルヴィはどうだ?」

「私はね。実は、ちょっと大変なことになってて……」


 彼女はS級パーティの現状を説明してくれた。勇者が魔王を討伐した後、仕事が激減し、高価な装備やアイテムを売却して生活しようとしたら、どれを売るだとか分け前はどうするだとかで大揉めしたのだとか。レアダンジョンは見つからず、パーティとしての存在意義を失くした彼らは一時的に解散し、それぞれで仕事や生きる目的を探している。ヴァルドはシルヴィをペアとして誘ったそうだが、復興支援に力を入れたいシルヴィとは目的が合わず、今でも一人で強い魔物を探し回っているとのことだ。


「復興支援とは。意外だな」

「まあ、ね。やることなくなったし。ロアンがここにいるのも何か理由があるんだよね?」


 シルヴィは少し恥ずかしそうに尋ねる。


「実は武具ショップを兼ねた工房を開こうと思ってな」

「工房?」


 シルヴィの目が少し輝いた。


「ロアンのクラフトスキル、すごかったもんね」

「それなりに頑張ってたしな。武器だけじゃなくても、この街の復興にも役立てばいいと思って」

「いいね。それ、とってもいい」


 シルヴィは両手を軽く握りしめ、嬉しそうに微笑んだ。


 うう、怖い。


 シルヴィの本性を知っているのに、この少女然とした姿を見ると守りたくなってしまう。


「ロアンのクラフトスキルなら、きっと多くの人の役に立つよ」

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」


 俺は少し照れくさそうに頭をかいた。シルヴィの言葉は、俺の決意を後押ししてくれるようだった。


「あの、もしよかったら……」


 シルヴィは少し躊躇いながら言葉を続けた。


「工房の場所、一緒に見に行ってもいい?」

「見てもなんも楽しいもんじゃないぞ」

「まあまあ。道すがらちょっと話そうよ」


 俺はキラキラとした笑顔で今にも駆け出しそうなシルヴィに引っ張られるようにして、二人で並んで歩き出した。道すがら、シルヴィは街の様子を興味深そうに眺めていた。


「街が随分と変わったわね」


 シルヴィの言葉に、俺も周囲を見回した。確かに、魔王討伐前とは雰囲気が大きく変わっている。復興工事の音が響き、新しい建物が次々と建てられていく。人々の表情も、以前よりも明るくなったように見える。


「でも、まだ課題は多そうだ」


 俺は遠くに見える半壊した建物を指さした。シルヴィも同じ方向を見て、小さくため息をついた。


「うん……完全な復興には、まだ時間がかかりそう」


 俺たちは黙々と歩を進め、工房に到着した。古びた二階建ての建物を前に、シルヴィは首を傾げた。


「ここ? 随分と古そうね」

「ああ。でも、骨組みはしっかりしているんだ。修繕すれば、十分使えるはずだ」


 俺は建物の良さを説明しながら、中に入っていく。シルヴィも慎重に後に続いた。内部は埃だらけで、所々に破損がある。俺は熱心に、どこに何を配置するか、どのように改修するかを説明し始めた。


「ここに大きな炉を置いて、この壁際に作業台を並べる。二階は材料の保管と、完成品の展示スペースにしようと思うんだ」


 シルヴィは黙って俺の話を聞いていたが、やがて小さく笑みを浮かべた。


「ロアン、本当に楽しそう」


 その言葉に、俺は少し驚いた表情を見せた。


「そうか?」

「うん。昔から、装備を作るときのロアンは生き生きしてたもの。今もその表情は変わってないね」


 シルヴィの言葉に、俺は少し照れくさそうに頬をかいた。確かに、クラフトスキルを使って何かを作り出すときは、心が躍るのを感じる。それは、S級パーティにいたときも、追放された今も、変わらない感覚だった。


「ごめんね、ロアン」


 シルヴィは俺の横顔を見つめながら、小さくため息をついた。


「え?」


 突然の謝罪に、俺は驚いて振り返った。


「あのとき、ヴァルドの決定を止められなくて……私は、ロアンのことを守れなかった」


 シルヴィの言葉に、俺は一瞬言葉を失った。追放された日の記憶が、鮮明に蘇ってくる。あのとき、確かにシルヴィは何も言わなかった。しかし……


「もう過ぎたことだ。気にするな」


 俺の言葉に、シルヴィは小さく微笑んだ。実際のところ、俺に悪感情を唯一抱いていなかったであろうメンバーがシルヴィなので、俺は最初から彼女のことを恨んでなどいない。


「そういや、歩きながら考えてたんだけど。手伝ってもらいたいことがあって」

「私とお喋りしながら何を他のことを考えてたの?」

「う、うん。まあ、そのだな」


 俺は空気を変えるように話を切り出した。


「実は、ダンジョンをどう探すかを考えてて。正直、C級以上じゃないと探索する意味もないし。で、これを作ったんだ」


 俺は腕に巻いていた『ダウジングブレスレット』を見せた。


「このブレスレットを使えば、ダンジョンの位置を探れるんだけど、ちょっと困ってて……」

「どうしたの?」


 シルヴィが首を傾げた。


「特にここ最近、低ランクのダンジョンが大量に発生してるだろ? このブレスレット、それ全部に反応しちゃうんだよ。高ランクのダンジョンを見つけるのには使い物にならなくて」


 シルヴィはただ興味深そうにして「うんうん」と頷いている。


「シルヴィの魔力探査能力を組み合わせたら使えるようにならないかなって思ったんだ。シルヴィはかなり遠くまで魔物の探知をこなしてたから」


 シルヴィの目が輝いた。


「試してみる価値はありそう!」


 シルヴィは俺からブレスレットを受け取り、意識を集中して魔力探査を始める。ブレスレットが微かに光り始めた。その反応は普段とは微妙に違っていた。


「なんとなく……こっちかも」


 シルヴィが指さす。それだけ言われても困るのだが、どうやら違いを感じるらしい。


「行ってみよう」


 俺たちは街を出て、ブレスレットに導かれるがままに歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る