新たな一歩

 復興の槌音が響く街の中心部から少し離れた場所で、俺は立ち止まった。


「ここかな……」


 俺は古びた二階建ての建物を見上げた。かつては商家だったのだろう、一階には広い店舗スペースがあり、二階は住居として使えそうだ。窓ガラスは割れ、壁には亀裂が入っているが、骨組みはしっかりしている。


 慎重に中に足を踏み入れた。埃が舞い、鼻をくすぐる。床を踏みしめると、軋む音が響く。天井からは蜘蛛の巣が垂れ下がり、壁には雨漏りの跡が残っている。


「うーん、修繕は必要だけど……」


 俺は頭の中で計算を始めた。修繕費用、必要な設備、そして何より、この場所で俺のクラフトスキルを活かせるかどうか。慎重に壁を叩き、床を踏み、建物の構造を確認していく。


 窓から差し込む光に照らされ、俺は自身の手のひらを見つめた。そこには、数え切れないほどの傷跡が刻まれている。S級パーティで培った経験と、独自に磨いてきたクラフトスキル。それらを活かす場所が、ここにあるのかもしれない。


 建物の奥へと進んだ。そこには、以前の住人が残していったのか、古い鍛冶道具が転がっていた。錆びついた金床、歪んだペンチ、欠けた砥石。これらの道具たちも、かつては誰かの手によって大切に使われていたのだろう。


「これは……」


 俺は慎重に古びたハンマーを手に取った。錆びついており、とても使える状態ではない。しかし、このハンマーを見て、自分がクラフトスキルを磨き始めた頃を思い出した。


「懐かしいな……」


 微笑みながら、ハンマーを元の場所に戻した。俺の腰には、今や高品質のドワーフハンマーが下がっている。その重みが、これまでの成長を物語っていた。


 建物の中を歩き回り、頭の中で工房のレイアウトを描いていった。鍛冶場、材料置き場、完成品の展示スペース……。あの角には大きな炉を置き、窓際には作業台を並べる。天井から吊るす照明の位置も決めていく。俺の想像力が掻き立てられる。


 窓際に立ち、外の景色を眺めた。近くには小さな広場があり、子供たちが遊んでいる。その向こうには、まだ復興途中の建物が並んでいる。この街全体が、少しずつではあるが確実に、新しい姿に生まれ変わろうとしていた。


 深く息を吐き、もう一度建物の中を見回した。確かに、修繕には多くの時間と労力が必要だ。しかし、それは同時に、この場所を自分好みに作り上げていく過程でもある。


「よし、決めた。ここに、俺の工房を作る」


 静かに、しかし強い決意を込めてそう呟いた。建物を後にし、街の中心部へと向かった。物件斡旋所を探し、契約の準備をしなければならない。そして、修繕も。やるべきことは山積みだ。


 街の喧騒が、耳に響く。行き交う人々の表情は様々だ。笑顔で談笑する者もいれば、まだ不安げな表情を浮かべている者もいる。魔王討伐後の世界は、人々にとって希望と不安が入り混じった場所なのかもしれない。


 歩みを進めながら、頭の中で必要な手続きのリストを整理していく。物件の契約、必要な設備の見積もり……。それぞれの項目について、どの順番で、誰に相談すべきかを考える。


 物件斡旋所の看板が目に入った。深呼吸をし、ドアに手をかける。開く直前、俺は一瞬躊躇した。これまで、常に誰かの指示の下で動いてきた。自分で決断を下し、その責任を負うのは初めての経験だ。


 しかし、その躊躇いは長くは続かなかった。ドアを開け、物件斡旋所に足を踏み入れた。中には、数人の客が待っている。受付に向かい、目的を告げた。


「物件を決めたので、契約しに来ました」


 受付の女性は、にこやかに応対してくれた。俺は、先ほど見てきた建物の場所と状態を説明する。女性は熱心にメモを取りながら、時折質問を投げかけてくる。


「ご商売は何をなさるんですか?」

「装備品の製作です」

「そうですか。では防音と耐火の設備が必要になりますね」


 俺は頷きながら、自分の要望を詳しく伝えていく。工房のスペース、必要な設備、予算……。一つ一つの項目について、慎重に検討を重ねる。


「では、こちらの書類にご記入いただけますか」


 受付の女性が差し出した書類を、丁寧に埋めていく。名前、現住所、職業……。「職業」の欄で、少し迷った。これまでは「冒険者」だった。しかし、これからは違う。


 ペンを走らせる。「装備品職人」。その文字を見つめながら、静かに息を吐いた。

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