第十章:高橋琴音

 舞台袖で、琴音は深呼吸を繰り返していた。手の震えが止まらない。

「私にできるのだろうか」という不安が胸を締め付ける。

そんな彼女の肩に、優しく手が置かれた。


「大丈夫よ、琴音」

 美樹の声だ。

「あなたならきっとできる」


 琴音は小さく頷いた。

「ありがとう……みんなのおかげで、ここまで来れた」

 その言葉には、感謝と決意が込められていた。


 やがて幕が開く。

 観客席からのざわめきが聞こえる。琴音は目を閉じ、最後の深呼吸をした。


 劇は、遠い異国の地を舞台にしていた。琴音演じる主人公マリアは、自分の居場所を探して旅をする少女。彼女の詩から生まれた言葉が、観客の心に響く。


「?Quien soy? ?A donde ir? ?Donde esta mi lugar en este ancho mundo?(私は誰? どこへ行く? この広い世界で、私の場所はどこ?)」


 琴音の声は最初こそ震えていたが、次第に力強さを増していった。

 彼女は自分の過去の孤独と向き合いながら、マリアの感情を表現していく。


 場面が変わり、美樹演じるエレナが登場。

 スペイン語のセリフが飛び交う。

 観客に対しては同時にプロジェクターに日本語訳が表示される。


"?Por que estas tan sola, Maria?" (なぜそんなに孤独なの、マリア?)


 美樹は流暢なスペイン語で語りかける。彼女の目には、マリアへの深い共感が宿っていた。

 美樹自身、完璧を求められる重圧と戦ってきた。その経験が、エレナの優しさに反映されている。


 杏奈演じるソフィアが登場。彼女の情熱的な演技が、舞台を熱く盛り上げる。


「No estas sola, Maria. !Estamos aqui!(一人じゃないのよ、マリア。私たちがいるわ!)」


 杏奈の声には力強さがあった。普段の控えめな性格からは想像できないほどだ。彼女は心の中で叫んでいた。


(これが本当の私。もう誰にも遠慮しない!)


 そして、クライマックス。琴音演じるマリアの独唱シーン。琴音は目を閉じ、さくらの歌声を心に思い浮かべる。そして、歌い始めた。


「Noches solitarias, dias dolorosos, todos abrazados......(孤独な夜も、傷ついた日々も、全て抱きしめて……)」


 琴音の歌声が会場全体に響き渡る。その声には、彼女自身の痛みや孤独、そして新たな希望が込められていた。観客は息を呑み、聴き入っている。


 最後の音が消えると、会場は一瞬静まり返った。そして、大きな拍手が沸き起こった。


 幕が下りる。琴音は呆然としていた。すると、美樹が駆け寄ってきて彼女を抱きしめた。


「琴音、最高だったわ!」


 美樹の目には涙が光っていた。彼女は心から琴音の成長を喜んでいた。


 杏奈も涙ぐみながら言った。


「本当に素晴らしかった。あなたの勇気が、みんなに伝わったわ」


 そして、さくらが駆け寄ってきた。声は出ないが、目に涙を浮かべながら琴音を抱きしめた。その抱擁には言葉以上の思いが込められていた。


「みんな……ありがとう」


 琴音は涙を流しながら言った。

 その瞬間、彼女の顔に初めて、心からの笑顔が浮かんだ。


 舞台袖では、山本が静かに見守っていた。

 彼女の目にも涙が光っている。


「この子たちは本当に成長したわ」


 山本は心から感動していた。


 劇は大成功を収め、聖アンジェリカ女学院の新たな伝説となった。それは単なる舞台演劇ではなく、4人の少女たちの魂の軌跡を描いた、真の物語だったのだ。


 この日を境に、琴音、美樹、杏奈、さくらの絆はさらに深まり、彼女たちの新たな章が始まったのだった。

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