第九章:中島杏奈

 朝日が昇る頃、私は生徒会室で一人、書類の整理をしていた。「他者理解プロジェクト」が始まって一週間が経ち、学院全体に少しずつ変化が見られる。

ドアが開き、美樹が入ってきた。

「杏奈、また早いのね」

 美樹が優しく微笑んだ。

「おはよう、美樹」

 私は少し緊張しながら言った。

「実は、提案があるの」

 美樹は興味深そうに私を見た。

「どんな提案?」

 深呼吸をして、私は話し始めた。

「学院祭で、みんなで一つの劇を作りたいの。琴音の詩を台本にして、さくらの歌を入れて、美樹のスペイン語も使って……」

 話し終わると、美樹の目が輝いていた。

「素晴らしいアイデアよ、杏奈!」

 美樹が興奮気味に言った。

「すぐに山本先生に相談しましょう」

 その日の放課後、私たちは山本先生に企画を説明した。

「素晴らしいわ」

 山本先生は感動したように言った。

「このプロジェクトを通して、みんながさらに成長できるはずよ」

 準備が始まると、予想以上に多くの生徒が参加を希望した。琴音は最初戸惑っていたが、自分の詩が台本になると知ると、少しずつ積極的になっていった。

 さくらは歌の練習に熱中し、美樹はスペイン語のセリフを完璧に覚えようと努力した。私は全体の調整役として、みんなをサポートした。

 しかし、本番二日前、大きな問題が起きた。主役を務めることになっていたさくらの声が、突然出なくなったのだ。

「どう……し……よう……」

 さくらは泣きそうな顔で言った。

「私のせ……いで、み……んなの努力……が……」

 その掠れた声は深い悲しみを帯びていた。

 その時、琴音が静かに前に出た。

「私が……さくらの代わりを務めます」

 みんなが驚いて琴音を見つめる中、彼女は続けた。

「さくらの歌……毎日聴いていたから」

 美樹が琴音の肩に手を置いた。

「ありがとう、琴音。みんなで協力して乗り越えましょう」

 その言葉に、全員が力強く頷いた。

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