第八章:中村さくら

 朝日が寮の窓から差し込み、私は目を覚ました。週末の町への外出から一週間が経った月曜日。ベッドから起き上がりながら、あの日のことを思い出す。

 琴音の小さな変化。美樹の優しさ。杏奈の気遣い。そして、自分自身の新たな発見。

 鏡の前で制服を整えながら、いつもの「さくらスマイル」を作る。でも今日は、少し違う。「作り物」ではなく、「本物の笑顔」が浮かんでいる。

 廊下で琴音とばったり出会った。

「おはよう、琴音!」私は明るく声をかけた。

 琴音は少し驚いたような顔をしたが、小さく頷いて「おはよう」と返してくれた。

 教室に向かう途中、美樹と杏奈も合流した。

「おはよう、みんな」美樹が笑顔で言った。

「今日から新しい週の始まりね」

 杏奈も優しく微笑んだ。

「そうね。きっといいことがあるわ」

 教室に入ると、山本先生が既に黒板に何か書いていた。

「おはようございます、先生!」

 私たちが声をそろえて挨拶すると、山本先生が振り返って微笑んだ。

「おはよう、みんな。今日は少し特別な授業をします」

 先生の言葉に、クラス全体が興味津々の様子だった。

「今日から一週間、『他者理解プロジェクト』を始めます」

 山本先生が説明を始めた。

「二人一組になって、お互いのことをより深く知るための活動をしてもらいます」

 クラスメイトたちの間でざわめきが起こった。

「ペアは……」

 山本先生が名前を読み上げていく。

「佐藤美樹さんと高橋琴音さん、中村さくらさんと中島杏奈さん……」

 私は少し驚いた。琴音と美樹、私と杏奈。予想外の組み合わせだ。

「では、まずはペアで今後の計画を立ててください」

 山本先生が言った。

 私は杏奈の席に近づいた。

「杏奈、よろしくね」

 杏奈は優しく微笑んだ。

「こちらこそ、よろしく」

 私たちは話し合いを始めた。お互いの趣味や好きな場所、家族のこと。そして、徐々に深い話題へと移っていった。

「さくら」

 杏奈が静かに言った。

「あなたはいつも明るくて、みんなを笑顔にするわ。でも、時々疲れているように見えるの」

 その言葉に、私は一瞬言葉を失った。

 杏奈の観察眼の鋭さに驚くと同時に、自分の本当の姿を見抜かれた気がした。

 琴音のときと一緒だ。

「……そうかな」

 私は少し俯いて答えた。

「私、実は……」

 そのとき、美樹と琴音の会話が聞こえてきた。

「琴音、スペイン語の勉強、続けてる?」

 美樹が優しく尋ねていた。

 琴音は少し照れたように答えた。

「はい……少しずつ……」

「すごいわ!」

 美樹は嬉しそうに言った。

「今度、一緒に勉強しない?」

 琴音の表情が少し明るくなるのを見て、私は胸が温かくなった。

 昼休み、私たち四人は屋上で一緒にお弁当を食べることにした。

「ねえ、みんな」

 私は少し勇気を出して言った。

「実は私、ずっと言いたかったことがあって……」

 三人が驚いたように私を見つめる。

「私……いつも明るく振る舞おうとしてきたけど、本当は疲れていたの。でも、最近みんなと過ごすうちに、本当の自分を出してもいいんだって思えるようになったの」

 言い終わると、急に涙が込み上げてきた。

 美樹が優しく私の肩に手を置いた。

「さくら……ありがとう。正直に話してくれて」

 杏奈も温かい目で私を見つめた。

「さくら、あなたはそのままで十分素敵よ。無理して笑顔を作る必要なんてないの」

 そして意外にも、琴音が静かに言った。

「……私も、さくらの本当の姿が見たい」

 その言葉に、私は涙を拭いながら本当の笑顔を見せた。

「みんな……ありがとう」

 その日の放課後、私たちは薔薇園で過ごすことにした。美樹がスペイン語で薔薇の名前を教え、琴音が真剣に聞いている。杏奈は静かに薔薇のスケッチを描いていた。

 私はその光景を見ながら、心の中でつぶやいた。

(これが、本当の友情なのかもしれない。)

 夕暮れ時、寮に戻る途中、山本先生と出会った。

「みんな、楽しそうね」

 先生が優しく微笑んだ。

「はい!」

 私たちは声を揃えて答えた。

 山本先生は満足そうに頷いた。

「よかった。これからも、お互いを大切にしてね」

 部屋に戻り、日記を開く。今日の出来事を書き留めながら、私は幸せな気持ちに包まれた。

 明日からも、少しずつ本当の自分を見せていこう。そして、みんなの本当の姿も受け入れていこう。

 そう決意して、私は穏やかな気持ちで眠りについた。

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