第七章:高橋琴音
週末の朝、私は鏡の前で躊躇していた。今日は町への外出日。本当に行くべきか、最後まで迷っていた。
「琴音、準備はできた?」
寮の廊下からさくらの声が聞こえた。
深呼吸をして、ドアを開ける。さくらが明るい笑顔で立っていた。
「おはよう、琴音!」
さくらは元気よく挨拶した。
「今日は楽しみだね」
私は小さく頷いただけだったが、さくらは気にする様子もなく話を続けた。
「ねえ、琴音は町のどこに行きたい?」
「……別に」
私は素っ気なく答えたが、内心では図書館に行きたいと思っていた。
玄関ホールに集合すると、すでに多くの生徒が集まっていた。美樹と杏奈が全体を取り仕切っている。
「みんな、集まったわね」
美樹が声を上げた。
「今日は楽しくいきましょう。でも規律は守るのよ」
杏奈が補足した。
「グループ行動を基本とします。でも、自由時間も設けてあるから、その時間は好きなところに行ってもいいわ」
バスに乗り込む時、私は端の席を選んだ。しかし、すぐにさくらが隣に座った。
「琴音、一緒に座ってもいい?」
断る理由も見つからず、私は黙って頷いた。
町に着くと、最初は全員で主要な場所を回った。
美樹がガイド役を買って出て、町の歴史や特徴を説明してくれた。
「琴音さん」美樹が突然私に話しかけてきた。
「この建物の様式、どう思う?」
私は少し驚いたが、建物をじっくり見た。
「……ゴシック様式とバロック様式が混ざっているように見えます」
美樹は嬉しそうに微笑んだ。「そうね。よく気づいたわ」
その後、自由時間になった。私はためらいがちに美樹に近づいた。
「あの……図書館はどこにありますか?」
美樹は少し意外そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「私も行こうと思っていたの。一緒に行きましょう」
図書館に着くと、私は思わず息をのんだ。古い建物の中に、無数の本が並んでいる。
「素敵でしょう?」
美樹が優しく言った。
「ここは私のお気に入りの場所なの」
私たちは黙々と本を選び、読書コーナーに座った。
静かな空間の中で、不思議と居心地の良さを感じた。
「ねえ、琴音さん」
美樹が静かに話しかけてきた。
「あなたの前の学校での経験……無理に話す必要はないけど、もし話したくなったら、いつでも聞くわ」
私は本から顔を上げ、美樹をじっと見た。彼女の目には、純粋な思いやりが浮かんでいた。
「……ありがとう」私は小さく呟いた。
図書館を出ると、杏奈とさくらが待っていた。
「みんなでカフェに行かない?」さくらが提案した。
カフェでは、みんなが自然に会話を楽しんでいた。私は主に聞き役だったが、時折質問を投げかけられ、少しずつ会話に参加していった。
「琴音さん」杏奈が優しく話しかけてきた。
「今日は来てくれてありがとう。あなたがいてくれて、みんな嬉しいと思うわ」
その言葉に、私の心に小さな温かさが広がった。
帰り道、バスの中で私は窓の外を見ながら考え込んでいた。今日一日、初めて学院生活に小さな希望を感じた。
さくらが隣で眠っている。美樹と杏奈は前の席で静かに話している。そして山本先生は、優しい目で生徒たちを見守っている。
私は深くため息をついた。まだ全てを信じることはできない。でも、少しずつ……もしかしたら……
バスが学院に到着すると、美樹が全員に向かって言った。
「みんな、今日は楽しかったわ。これからも、こういう機会を増やしていきたいと思います」
寮に戻る途中、薔薇園の前で足を止めた。夕暮れの光に照らされた薔薇たちが、不思議と私の心を癒す。
「きれいね」後ろから杏奈の声がした。
私は黙ったまま頷いた。
「琴音さん」
杏奈が静かに言った。
「焦る必要はないわ。でも、私たちはあなたの味方よ」
その言葉に、私の目に涙が浮かんだ。
部屋に戻り、日記を開く。今日の出来事を書き留めながら、私は小さな決意をした。
明日から、少しずつでいい。心を開いてみよう。
そう思いながら、私は穏やかな気持ちで眠りについた。
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