第六章:佐藤美樹

 朝日が寮の窓から差し込み、私は目を覚ました。生徒会長としての責任を感じながら、いつもより少し早く起き上がる。

 鏡の前で制服を整えながら、今日の予定を頭の中で確認する。週末の町への外出計画の最終確認、新入生のケア、そして……琴音への対応。

 廊下を歩いていると、杏奈と出会った。

「おはよう、杏奈」

 私は微笑みかけた。

「美樹、おはよう」

 杏奈も笑顔で返す。

「週末の計画、最終チェックは終わったわ」

「さすが杏奈ね。本当に頼りになるわ」

 その言葉に、杏奈の表情が一瞬曇ったように見えた。でも、すぐに笑顔に戻る。

「琴音さんの件だけど……」

 杏奈が少し躊躇いがちに言った。

「彼女、参加するって言ってくれたわ」

「本当?」

 私は驚きと喜びを隠せなかった。

「どうやって説得したの?」

 杏奈は少し照れたように答えた。

「ただ……彼女の気持ちを理解しようとしただけよ」

 私は杏奈の成長を感じ、誇らしく思った。

「杏奈、ありがとう。あなたがいてくれて本当によかった!」

 私は杏奈を優しく抱きしめた。甘い薔薇の薫りが漂った。

 教室に向かう途中、さくらと琴音が一緒に歩いているのが目に入った。

 二人の間にはまだぎこちなさがあるものの、確実に距離が縮まっているように見える。

「おはよう、さくら、琴音」

 私は声をかけた。

「美樹ちゃん、おはよう!」

 さくらは明るく返事をした。琴音はただ小さく頷いただけだったが、以前のような敵意は感じられない。

「週末の外出、楽しみにしているわ」

 私は特に琴音の反応を見ながら言った。

 琴音は少し考え込むように言った。

「……私も、少し興味があります」

 その言葉に、私は小さな希望を感じた。

 授業が始まり、山本先生が教室に入ってきた。

 今日も先生の柔らかな雰囲気が教室全体を包み込む。

「皆さん、おはようございます」

 山本先生が穏やかに言った。

「今日は少し特別な授業をします。二人一組になって、お互いの長所と、改善したいと思うところを話し合ってください」

 クラス中がざわめいた。私は杏奈と目が合い、すぐに組むことにした。

「杏奈、私から言うわね」

 私は真剣な表情で言った。

「あなたの長所は、誠実で思慮深いところ。みんなのことをよく見ていて、気づかいができる」

 杏奈は少し驚いたように私を見た。

「改善してほしいのは……」

 私は少し言葉を選びながら続けた。

「もっと自分の意見を強く主張してほしいの。あなたの考えはいつも素晴らしいから」

 杏奈は黙ってうなずいた後、ゆっくりと話し始めた。

「美樹……あなたの長所は、リーダーシップと決断力よ。みんなを引っ張っていく力がある」

 杏奈は一度深呼吸をして続けた。

「でも……時々、自分の弱さや迷いを見せることを恐れているように見えるの。完璧である必要はないのよ」

 その言葉に、私は心臓が高鳴るのを感じた。杏奈がこんなにも私のことを見ていてくれたなんて……。

「ありがとう、杏奈」

 私は心からの感謝を込めて言った。

「あなたの言葉、しっかり受け止めるわ」

 授業が終わり、昼休みになった。私は琴音に近づいた。

「琴音さん、少し話せる?」

 琴音は少し警戒した様子だったが、頷いた。

「週末の外出、本当に来てくれるの?」

 私は優しく尋ねた。

 琴音は少し考え込んでから答えた。

「……はい。さくらに誘われて……それに、杏奈さんも……」

「そう……」

 私は嬉しさを隠せなかった。

「琴音さん、あなたの気持ちはよくわかるわ。新しい環境に馴染むのは大変よね。でも、みんなはあなたを受け入れる準備ができているの」

 琴音は黙ったまま、でも少し表情が和らいだように見えた。

「それに……」

 私は少し照れながら続けた。

「私も、琴音さんともっと仲良くなりたいの」

 琴音は驚いたように私を見た。

「なぜ……私なんかと?」

「porque cada persona es unica y valiosa(なぜなら、一人一人がかけがえのない存在だからよ)」

 私はスペイン語で答えた。

 琴音の目がはっと見開いた。

「あなた……スペイン語が話せるの?」

 私は頷いた。

「趣味でいくつか外国語を勉強しているの。琴音さんもスペイン語興味ある?」

 初めて、琴音の顔に小さな笑みが浮かんだ。

「……小さい頃、お母さんの仕事の都合で少しだけスペインに住んでたから……」

 その瞬間、私たちの間に新しい扉が開いたような気がした。

 放課後、生徒会室で杏奈と最後の打ち合わせをしていると、窓の外の薔薇園が夕日に照らされて美しく輝いていた。

「ね、杏奈」

 私は窓の外を指さした。

「あの薔薇たち、みんな違う色や形をしているけど、一緒になってこんなに美しい景色を作り出しているのよ」

 杏奈は優しく微笑んだ。

「そうね。私たちのクラスも、学院も、きっとそうなれるわ」

 私は深く頷いた。明日への希望と、新たな挑戦への勇気が胸に広がった。

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