第四章:中島杏奈
朝のミーティングが終わり、私は生徒会室で一人、書類の整理をしていた。副会長として、美咲の仕事を少しでも楽にしたいという思いからだ。
窓から差し込む朝日に照らされた校庭を見下ろしながら、ふと溜息をついた。美咲のような完璧な存在になりたいと思いながら、いつも一歩及ばない自分にもどかしさを感じる。
「杏奈、まだいたの?」
振り返ると、美咲が立っていた。
「美咲……おはよう」
私は微笑んだ。
美咲の、相変わらずの完璧な女神の笑顔。
「ちょっと書類の整理をしていて」
美咲は優しく微笑み返した。
「いつもありがとう。でも、無理しないでね」
その言葉に、胸が締め付けられる。美咲の優しさが、時として重荷に感じることがある。
「大丈夫よ」
私は明るく答えた。
「それより、新入生の様子はどう? 特に高橋琴音のこと、気になってて」
美咲の表情が少し曇った。
「そうね……まだ周りと打ち解けていないみたい。でも、中村さんが彼女に近づこうとしているわ」
「中村さん……さくらね……」
私は考え込んだ。
「彼女、いつも明るくて周りを気遣える子だけど、なんだか最近様子が……」
「美咲も気づいてた?」
美咲が驚いたように言った。
「私も少し気になっていたの」
私たちは顔を見合わせ、小さく笑った。やはり美咲は観察力が鋭い。
「そうだ、杏奈」
美咲が突然言った。
「今度の週末、みんなで町に出かけない? 新入生の歓迎を兼ねて」
「いいわね」
私は頷いた。
「でも、琴音さんは参加してくれるかしら」
「大丈夫よ」
美咲は自信ありげに言った。
「私が説得してみる」
その言葉に、また胸が締め付けられた。
美咲はいつも前に出て、私は後ろで支える。それが当たり前になっている。
「じゃあ、私が計画を立てるわ」
私は笑顔で言った。
美咲は感謝の言葉を述べ、教室に向かっていった。
一人になった生徒会室で、私は深く息を吐いた。そして、計画を立て始めた。
昼休み、私は図書室に向かった。静かな空間で少し気持ちを落ち着かせたかった。
図書室に入ると、意外な光景が目に入った。琴音が一人で本を読んでいたのだ。
「こんにちは、琴音さん」
私は静かに声をかけた。
琴音は驚いたように顔を上げた。
「あ……副会長」
「杏奈でいいわ」
私は微笑んだ。
「何を読んでるの?」
琴音は躊躇いがちに本の表紙を見せた。『孤独の哲学』という題名だった。
「面白そうね」
私は本棚から適当な本を取り出し、琴音の隣に座った。
「私も一緒に読んでもいい?」
琴音は少し戸惑ったような顔をしたが、小さく頷いた。
しばらくの間、私たちは沈黙のまま本を読んでいた。その静かな時間が、不思議と心地よかった。
「ねえ、琴音さん」
私は静かに話し始めた。
「週末に町へ出かける計画があるの。よかったら一緒に来ない?」
琴音は顔を上げ、私をじっと見た。
「なぜ……私を誘うの?」
その問いに、私は少し考え込んだ。
「みんなに、琴音さんのことをもっと知ってほしいから」
そして小さな声で付け加えた。
「私も、琴音さんのことをもっと知りたいの」
琴音の表情が少し和らいだ。
「……考えておく」
その言葉に、私は小さな希望を感じた。
図書室を出る前、琴音が突然声をかけてきた。
「杏奈さん」
琴音は少し躊躇いながら言った。
「あなた……いつも佐藤会長の影に隠れてない?」
その言葉に、私は凍りついた。
琴音の鋭い観察眼に、自分の本心を見透かされたような気がした。
転校したての子にもそんなことがわかるなんて、私は……。
「そんなことない……わ」
私は弱々しく否定したが、自分でも説得力がないことは分かっていた。
琴音はもう何も言わず、そのまま図書室を出ていった。
美咲に先んじて琴音を説得しようとした試みはうまくいったかもしれない。けれども……。
一人残された私は、窓の外を見つめた。校庭の薔薇園が、風に揺れている。その姿が、今の私の心のように儚く感じられた。
美咲の影から出て、本当の自分を見せること。それは、琴音が周りに心を開くのと同じくらい難しいのかもしれない。
でも、少しずつでも変わっていきたい。そう思いながら、私は次の授業に向かった。
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