第31話 30、エピローグ

「な、何でこんなに!?」


 窓の外を眺めながら、ライラは地団太を踏む。ソファーに座っていたキースヴェルは立ち上がると、彼女の居る窓辺へと移動した。


「あー、これはかなり積もりそうだね。冬になっても僕達って・・・」


「もう!それ以上言わないで!!」


 不満タップリな声を上げてキースヴェルの方へと振り返ったライラは頬をプクっと膨らませていた。キースヴェルはその愛らしさに顔が緩んでしまう。


「あーもう。ララ、怒っても可愛いんだから!!大丈夫、心配しなくてもあいつらはこれくらいの雪で茶会が中止だとは思わないよ」


(この会話、デジャブ!?いやいやいや、この風景をよく見て御覧なさいよ。素敵な雪景色ってレベルじゃないわよ!?横風もキツイし)


 本日は多忙を極めたキースヴェルとその側近達の仕事が、ようやく一段落したので、久しぶりにクルム侯爵家でお茶会をする予定となっている。


 サンチェスキー王国が、エスペン王国とバイラ公国を併合してから、あっという間に半年が経過した。お茶会には、マイアード伯爵家のジョージとロザリア、バーベル伯爵家のサーシャ、ダントン子爵家のアニータがやって来る。この半年、それぞれと個別に会うことはあったが、全員揃うのは二回目のお茶会以来だ。


 ライラは久しぶりのお茶会をとても楽しみにしている。このお茶会は、今までの氷の仮面で虚勢を張って参加していたお茶会とは全く違う。彼らはしっかりと自分の考えを言える人達で、相手の話も真剣に聞いてくれる。


(殿下の側近に選ばれた人たちというだけあって、人を蹴落とそうとか比べようとかしないし、見下したりもしないのよね。人間が出来ているというか、余裕があると言うか。知識も豊富で会話も面白いし、油断しないようにと気を張らなくていいから、本当に楽だし)


 彼らのことを考えているだけで、ライラは自然と笑みが零れてしまう。


(今回は殿下が準備を任せてくれたから、クルム侯爵邸で振舞うお菓子も料理長と相談して、西の海の先にある国のドーナツという揚げ菓子を用意したわ。皆さん、気に入ってくれると嬉しいけど)


 お茶会の様子を想像して、ニコニコしているライラにキースヴェルが語り掛ける。


「ララ、窓辺は冷えるね。ああ、ほら、もう肩が冷えている。ちょっと待って」


 彼は右手をフワっと軽く上にあげた。すると、その手にオレンジ色のショールが舞い降りて来る。


(うわっ、これは魔法ね!?確か殿下の専用倉庫・・・。あー、そういえば、すっかり忘れてたー!!!)


 ライラはエスペン王国の国王ラドクリフ改め、サンチェスキー王国のエスペン伯爵から、以前、受け取った箱のことを思い出した。


「ララ、これを羽織って。風邪でも引いたら明後日の本番に出られなくな・・・」


「殿下!!あの箱!!!今出せますか?」


 勢い余ってライラはキースヴェルがまだ話している途中で質問を被せてしまう。


(あ!殿下がお話を・・・)


 しかし、キースヴェルは怒りもせず、優雅な仕草でライラの肩に手に持っていたショールをクルッと巻くと、頬へチュッと軽いキスをした。


「ちゃんと覚えているよ。レン王女の物が入っている箱だよね。ええっと、あのテーブルの上に出すから、一旦、ソファーに座ろう」


 ふたりはソファーへ並んで座る。


「では、出すね」


 キースヴェルはテーブルを右手の人差し指でトントンと弾いた。すると、目の前にあの時の箱が何処からともなく現れる。


(一体、どういう仕組みなの?出てくる時、音もしなかったわ)


「さあ、開けてみてご覧。ララ」


 ライラは両手を伸ばして箱の蓋を持ち上げる。箱は小花柄の布張りで蓋は軽かった。横に置いて、中を覗き込むと・・・。


(あ、宝石箱が入ってる。それと数冊の本。あれ?このフレームに入っているのは何かしら・・・)


 ライラは本と本の間に挟まれているフレームを取り出した。


(なっ!?まさか!!)


「あー、これは・・・」


 横から覗き込んだキースヴェルも、どうやらライラと同じことを考えているらしい。


「殿下もそう思います?」


「この顔は間違いないだろう。今でもかなりハンサムだと思うけど、これは凄いな。十代後半くらい?」


 キースヴェルが唸るのもごもっともだった。娘であるライラでさえ見惚れてしまう絵姿がフレームの中から、こちらを見ている。


「この絵がお母様(レン王女)のところにあると言うのはどういうことなのかしら」


「いや、どういうことかは分からないけど、単純に好きだったから大切に保管していたんじゃないかな?」


「でも、お父様は一国の王子様でもないし、そんなに有名じゃなかったと思うのよね?どうやってこの絵姿を手に入れたのかしら」


 ライラは首を傾げる。手に持ったフレームの中の父は歌劇のトップ俳優と言っても過言ではないくらいカッコ良かった。ただ、正装をしている点が気になる。お見合い用の絵姿にも見えなくはない。


(まさか、お父様のお見合い用の絵姿じゃないわよね???)


 ライラが幼少期の頃、クルム侯爵は祖父母と再婚の件で度々揉めていた。


(あの時、お父様はお見合い用に描かれた自分の絵姿を暖炉に投げ込んでいたわ。子供心に怖いと思った記憶が・・・)


「これ、お見合い用の絵姿じゃないかな」


「えっ!?」


 ライラはキースヴェルが、同じような見解を述べたので驚く。


「いやー、クルム侯爵家は王家と血縁のある侯爵家だからね。隣国の王女との縁談の可能性は十分あるよ」


「でも、そんな話、今まで全く出てなかったですよね?」


「んー、宰相(クルム侯爵)が関わっている件だとしたら僕にも分からないね。ララのお父様はかなりの策士だから」


「――――分かりました。この件は近々お父様に確認しましょう」


 ライラはフレームをテーブルの上に置くと、次は本を手に取る。数冊入っていた本は児童書のようだ。何気なく、パラパラと捲ってみると・・・。


「あっ!えっ!?」


 白い封筒が一通挟まっていた。ライラは手紙を指先で掴む。

 

(お母様宛てのお手紙みたい。これは私が勝手に見ても良いのかしら?)


 裏に書いてある差出人の名前を確認すると、ロイド・ピーター・クルムと書いてあった。封蝋は剥がされている。


「殿下。これはお父様に渡した方がいいですよね?私が見たらダメでしょう。というか、他人の手紙はあまり見たくないです」


「そうだね。僕もその方が良いと思う。一先ず、元通りにしておこう」


 ライラはキースヴェルの指示通り、最初に挟んであった場所に手紙を戻してから本を閉じた。


「今更ですけど、私の両親、謎が多くないですか?」


「うーん、推測でしかないけど、婚約するタイミングを失ったとかそういう感じだったのかな。ほら、レン王女と言えば、ピッツペートス公爵がしつこく求婚したってことで有名だからね。ふたりのことを知らずに割り込んで来たという可能性も十分あると思うんだ。一応、彼は宰相(クルム侯爵)より貴族としての身分は上だからさ」


「だから、ふたりは留学先で落ち合ったと?」


「うん、そんな気がしてくるよね。もしかすると、ラドクリフ殿は宰相(クルム侯爵)のことを知っていたのかも。口に出さなかっただけで・・・。だから、王配の権利書とか・・・。あっ、まあ、それは置いておいて・・・。――――素敵な思い出も多そうだよね。ララのご両親は」


(もしかするとお父様とお母様は留学する前から愛を育んでいて、トラブルもあったけどその後、留学先で無事に落ちあって、私が生まれる時までは幸せだったのかな?だけど、・・・)


 俯いてしまったライラに、キースヴェルは柔らかな口調で語り掛ける。


「大丈夫、レン王女はクルム侯爵を信頼してララを託したんだ。素敵なレディに成長したララのことを天国から見て、喜んでくれていると思うよ」


「――――時々回し蹴りをしても?」


「ブッ」


 キースヴェルは吹き出してしまった。落ち込んでいると思ったライラが口を尖らして不服そうにボヤいたからである。


「殿下、私は胸を張って素敵なレディになりましたなんて言えません。これまでの人生を振り返るとずっとお父様や殿下に守られてばかりだもの。これからはもっと視野を広げて色々なことを知っていきたいわ。あなたのことを少しくらいは支えられるように」


「・・・・・・」


 言葉にならない感情が湧いてきて、キースヴェルはライラを抱き寄せた。


「ありがとう。僕は君が傍にいてくれるだけで嬉しいけど・・・」


 言い淀んだところで、ライラの髪を一房持ち上げてくちびるを寄せる。


「ララの言う通り、一緒に色々取り組んでいけたら、もっと楽しいかも知れないね」


「私、外の世界をもっと知りたい。だから、今日のお茶会がとても楽しみで・・・」


 何となく、二人で窓の外へ視線を向けてしまう。幸い先程の強い吹雪は止んで、雲の切れ目から柔らかな光が降り注いでいた。


「これなら、茶会の開催は間違いなしだね。ララ」


 ライラはニッコリと笑って頷く。


 和んだところで、ライラはレン王女の宝石箱を開けてみることにした。


 白いエナメルの箱を開けると、幻のアイスローズという名前が記されており、大きなブルーダイアを使ったネックレスが入っていた。薔薇をモチーフにしていて、とても豪華だ。


(こ、これ・・・。こんな大きな宝石は見たことがないわ。えええ、どうしたらいいの・・・・)


 いつしかライラについた氷の薔薇という二つ名。これは、エスペン王国の秘宝と同じ名だったのかと今、キースヴェルは気付いた。これは偶然ではなく、クルム侯爵とラドクリフ殿(現・エスペン伯爵)にしか分からないライラの無事を知らせる隠語だったのだろう。クルム侯爵は何をどこまで隠しているのか、キースヴェルは途方もない気分になってしまう。


「殿下、この首飾りは私が受け取ってもいいのでしょうか?それよりも元エスペン王国の復興に・・・」


 ライラはずっしりとしているこのネックレスの価値がとてつもなく高いということに怖気づく。母の形見とはいえ、受け取ることに躊躇してしまっていた。


「受け取っていいと思う。それはエスペン王国という国があったという証になるくらいの品だよ。僕らの子に大切に受け継いでいけばいい。それから、元エスペン王国の復興に関しては、金鉱山を活用するから心配は要らないよ」


「――――分かりました。大切にします」


 エスペン王国とバイラ公国を併合して、サンチェスキー王国の国土は五パーセント増えた。具体的にはエスペン王国で四パーセント、バイラ公国で一パーセント。人口は八パーセント増えた。エスペン王国で五パーセント、バイラ公国で三パーセント。数字で表すとかなり少ない比率だと分かる。


 この国は地理的に交易に都合が良い。また、豊富な資源もある。正直なところ、小国を二つ引き受けたところでビクともしない。真実、この大陸で一番の強国なのだ。


 なのに、ライラはいつまでも二つの国を併合したことを心配そうにしている。それは彼女がこの国がどういう国なのかを余り知らないということが原因かも知れない。


 幼い頃から、ライラは邸宅で身元に問題のない家庭教師を呼んで学習したとキースヴェルは聞いている。学園に通うこともなく、同世代と交流することもなく・・・。あと数か月で二十歳を迎えるライラ。これから何でもしていいのねと嬉しそうにするライラ。キースヴェルはライラのためなら、どんなことでも叶えてあげたい。


 そこで思い浮かんだ一つの提案。


「ララ、今日のお茶会で皆にララに講師をしてもらえないか聞いてみようか?内容は各自の得意分野からで。彼らなら、ララも気楽に質問したり出来るよね」


 キースヴェルの提案を聞いたライラは彼の瞳を覗き込んだ。とても嬉しそうな表情で。


「本当に!?本当にいいの!!」


「ああ、聞いてみよう。彼らが忙しい時は僕が色々教えてあげる」


(わー、嬉しい!何かをしていいって言われるのってこんなに嬉しいのね!!)


 ライラが喜ぶ姿を見てキースヴェルはハッとした。彼女はキースヴェルが想像している以上に制限された生活をしていたのだと。すっかり忘れてしまっていた自分が恥ずかしい。


「殿下、ありがとうございます。お礼に今度からキースって呼んであげます!」


「え、ほ、本当に!?うわっ、物凄く嬉しいかも!!ララ、ありがとう大好きだよ!!」


 キースヴェルは、ギュッとライラを抱き締めた。ライラは彼の胸に顔を押し付けて、やっと言えそうな本音を紡いでいく。


「あのね、キース。今まで私のことを沢山守ってくれてありがとう。これからも仲良くしてね・・・。大好きよ・・・」


 ライラは勇気を出して顔を上げ、彼のくちびるにキスをした。


 突然、ライラからキスを受けたキースヴェルは、ボーっとしながら自身のくちびるを指でなぞる。不意に眦から一筋の涙が零れた。


 ライラはキースヴェルの涙を指先で拭う。


(そんな、涙まで・・・。なかなか気持ちを上手く言葉に出来なくて、ごめんなさい。キース・・・)



―――――――



 二日後、王都ツェッテリの大聖堂で王太子キースヴェルと王太子妃ライラの結婚式が執り行われた。


 雲一つない快晴だったのに彼らの挙式の一時間前に突如、みぞれ交じりの大雨が横殴りに降り始める。式が終わった後は記録的落雷で王都が騒然となった。


―――――――この事件は、彼らの新たな二つ名を作り上げる。


『嵐を呼ぶ王太子キースヴェルと王太子妃ライラ』


 彼らは二つ名に恥じぬよう派手に活躍したと後の世では語り継がれている。

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