第30話 29、秘密会議
国王はロスヴェルに詳細を伝えることを制限していたことについて、長年にわたるピッツペートス公爵とのいざこざが原因だと話した。かの御仁は王家に対し、ロスヴェルに嫁いだ娘(偽テレジア妃)を使って、王権を乗っ取ろうとするような行為を繰り返していたのだという。
ところが今回、偽テレジア妃が亡くなったことにより、ピッツペートス公爵は娘を人質に取られ、バイラ公国の駒にされていたということが判明。今後は捜査に協力してもらいバイラ公国からどのような指示を受けていたのか、王宮に間諜をどの程度放っていたのかなどについても真実が明らかになっていくこととなる。
「―――――知らなかった。情けない・・・」
国王の話を聞いたロスヴェルは項垂れる。アルヴェルは彼の横に行き、肩を叩いて何か囁いていた。落ち込む兄を励ましているのかも知れない。
(ピッツペートス公爵と言えば、殿下の政敵。でも、それも今となればバイラ公国に脅されて指示を受けていたということが分かったのよね。そういえば!!彼は私のお母様に求婚して断られたという話もあったわね。お父様はそのことを知っているのかしら?)
ライラは隣に立っているクルム侯爵を肘で軽く押す。彼は直ぐに気づいて、ライラの方を向いた。
「あのね、お父様はピッツペートス公爵が若かった時のことを知っているの?」
ライラは小声で尋ねた。するとクルム侯爵はニコっと笑みを浮かべる。
(あ、この顔は知っているのね。というか、もしかして殿下にこの話を教えたのはお父様だった?)
ライラは先日キースヴェルから聞いた話を振り返る。
レン王女が他国に留学するきっかけを作ったのはピッツペートス公爵の求婚が原因だった。ピッツペートス公爵の母親はエスペン王国のルフェル伯爵家の出身で、彼は母親の故郷を訪れた際にレン王女と出会う。
一目で恋に落ちたピッツペートス公爵は彼女を追いまわし、執拗に交際を申し込んだ。しかし、レン王女は将来女王となることが決まっており、その相手は王配としてふさわしい人をと考えていたため何度もお断りした。それでも諦めようとしないピッツペートス公爵に業を煮やしたエスペンの王家は最後の手段として、秘密裡にレン王女を他国に留学させることにしたのである。
行先は北東にあるルトリヒテ公国。
かの国は、エスペン王国の北部のペニー山脈を遥かに超えた先にある小国だ。また、ルトリヒテ公国は経済や金融に関する学問が盛んな国として知られている。そのため、将来女王となることが決まっているレンの留学先としても相応しい場所だった。
サンチェスキー王国からルトリヒテ公国へ行く際は、国土の東の端からペニー山脈の右側を北上していく街道を使う。そして、小国を三つ通り抜けれた先がルトリヒテ公国だ。正直なところ、かの国までの道のりはかなり遠い。そこをクルム侯爵は赤子ライラを抱えて、馬で一気に駆けて来たというのだから、よほどの覚悟だったということは想像に難くない。
その後、ピッツペートス公爵は当初から決められていた婚約者と結婚し、レン王女は留学先で出会ったクルム侯爵と恋に落ちてライラが生まれた。
「―――イラ、ライラ」
ライラはハッとした。顔を上がるとクルム侯爵と目が合う。
「あ、ごめんなさいお父様。ええっと、何?」
「いや、陛下が話を進めたいそうだ」
(えっ!?)
ライラは国王の方を向いた。国王はライラと視線が合うと目じりを柔らかく細めて笑顔を浮かべる。
「では、バイラ公国の話を進めよう。キース、今後の対応をもう少し詳しく」
「はい。では、僕から今後の話を・・・」
キースヴェルは現在、隣国のベルゼー辺境伯がサンチェスキー王国の国境付近で“宣戦布告”という名の野営訓練をしていると説明した。
「野営訓練?攻め込んで来たのではなく?」
ロスヴェルが確認するように呟く。
「はい、野営訓練です。こちらにけが人は一人も出ません。あくまで“宣戦布告”という名の訓練ですから」
「そんなバカな言い訳が通るのか?」
ロスヴェルが怪訝な表情で尋ねる。
「通るも何も、サンチェスキー王国に被害が無いので問題ないでしょう。今、国境付近に向かってるラヴェルとニルヴェルが現地で攻め込まれたという情報は誤報だったと確認した後、世間に公表すれば終わる話です。それよりも、メインはバイラ公国で明日起こるクーデターです」
「で、それはどういったクーデターなんだ?」とアルヴェルが聞く。
「理由をつけるのなら金融不安から来る大公への不信と言ったところでしょうか。彼らは他国に頼った金満政治をしてきましたから、エスペン王国がサンチェスキー王国に併合されたという情報が流れて焦っています。また側近たちは大公が魔女を従えて悪事を働いていたことを知っていました。そこへ大公妃の突然死。この事件で自分たちを守る魔女に何かあったのではと彼らは疑っています。更にこのタイミングで、ベルゼー辺境伯が“宣戦布告”を掲げて国境付近へ勝手に軍を動かすという暴挙に出ました。ベルゼー辺境伯は大公の叔父ですから、貴族たちは権力争いが始まるかも知れないと深読みしてしまうかもしれません。彼らはこれらのことに踊らされて酷く混乱することでしょう。この国は大丈夫なのかと。そこへ僕は悪魔のささやきをします」
キースヴェルは実際に悪魔のような微笑みを浮かべて見せる。
(美しく麗しいのに背筋が凍るような微笑み。ゾッとするわ)
「―――――クーデターを起こして大公を罷免すれば、サンチェスキー王国が面倒を見ますよと」
「宰相、僕の作戦で見通しの甘いところの指摘を」
「そうですね、クーデターを起こすメンバーは確認していますか?」
「はい、現時点で大公の側近メンバー五名の内、四名を中心に議会の半数以上と密約を交わしました」
(現時点で!?それって、前から?それとも大公妃が亡くなってから?それと、陛下ではなくお父様に確認するというのも変な感じ。あ、もしかして宰相だから?ん、そういうこと???そういうことにしておきたい・・・)
「取り込めていない側近一人は誰です?」
「ベルガー伯爵です。大公の母方の実家だと報告を受けています」
「では、ベルガー伯爵家の方は私が手を回しましょう。今日中に彼らの足を折ります。明日のクーデターには参加してくれると思いますよ」
クルム侯爵は穏やかな口調で述べた。
「助かります」
(あー、やっぱりお父様は殿下と同じ種族なのね・・・。あまり知りたくなかったわ。まあ、お父様は宰相としてスカウトされるくらいだから、きっと今までも・・・。ん、考えるのは止めておこう。それにしても、陛下はニコニコと見守るだけで何も言わないし。あ、アルヴェル王子は完全に引いてるわ。顔が強張っているもの!!アルヴェル王子はまともな人だわ!!)
「ええっと、俺は何をしたらいいのだろうか?」
ロスヴェルが申し訳なさそうにキースヴェルへ聞く。先程、殴りかかろうとしていたのが嘘のように謙虚な姿勢になっている。
「ロスヴェル兄上は子供たちのケアをしてください。そして今後、一人親であの子達を育てていく覚悟を決めて下さい。キキ、ルル、ココを手放したくはないでしょう?」
(ロスヴェル王子の娘さん方は、キキ姫、ルル姫、ココ姫というお名前なのね。私はお母様との記憶がないから割り切れるところがあるけど、数日前まで普通に生活していて母親が急死なんて、悲しくて堪らないと思うわ・・・)
「―――――分かった。だが、考えるまでもない!!娘たちは俺が育てる。手放すつもりなど微塵も無いからな!!」
ロスヴェルは胸の前でこぶしを固く握る。
「徹夜明けで申し訳ないけど今夜の方が本番だから。また情報収集が中心になるけど協力してバイラ公国を解体するよ!!」
「おー!!」
キースヴェルの言葉の後、皆は自然とこぶしを振り上げていた。勿論、ライラも一緒に・・・。
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