第29話 28、後悔先に立たず

 テレジア妃が亡くなった原因を突き止めた後、ラヴェルとニルヴェルは国境へ向かった。途中、モスト村という小さな宿場町で休憩を取ると聞いてラヴェルはホッとする。徹夜をした後に馬で駆けて、体力的にかなり堪えたからだ。


「ニル、大丈夫か?」


「僕は全然。ラヴェル兄様の顔色の方が心配だよ」


 馬から降りた二人は護衛騎士から冷えたレモン水を受け取る。


「ここで馬を代えた後は一気に国境まで駆け抜ける予定です!」


 護衛騎士は笑顔で二人に伝えると返事も待たずに持ち場へ戻っていった。ラヴェルはキューっとレモン水を一気に飲み干す。冷たい水が喉を通り抜けると、生き返ったような気分になった。


「今から馬車にして欲しいと言っても無理だよな」


「そうだね。この先はここまでの道よりも険しいから馬車は無理だよ。ねえ、二十代なるとそんなに疲れるものなの?」


「いや、違うと思う。僕はここのところ夜はミーチェの相手で・・・」


「あー、夜泣きが酷いって噂は聞いたよ」


 ラヴェルには生後七か月の娘ミーチェがいる。一か月ほど前から夜泣きが酷くなり、最初は乳母、次は侍女、そして妃が睡眠不足で倒れた。人員不足により、仕方なくラヴェルに赤子の世話が回って来たというわけだ。


 庶民なら父親が赤子の世話をするのは珍しくはないだろう。しかし、ラヴェルは一応王子なのである。自分が赤子の世話をするなど微塵も予想もしていなかった。しかも、夜泣きの赤子を宥める係など・・・。


「なかなか無いよね、そんな状況。他の宮から応援を呼んだらいいのに」


「いや、今回のテレジア妃の真相を知ってしまったら、他の宮の侍女なんかにミーチェは任せられないだろ。ああ、今夜は大丈夫かな。僕のミーチェ・・・」


「僕のミーチェって・・・、ブッ、フフフ」


 ニルヴェルは笑いが堪えられなくなって吹いてしまった。ラヴェルは口では嫌そうにしているが、顔はミーチェのことを思い出して完全に緩んでいる。ニルヴェルは少し前の兄とは全く違う姿が面白くて仕方なかった。


「クールな王子で有名なラヴェル兄様も子供が出来て変わったよね。ぼくは今の方が好きだよ、フフフフフ」


「―――――ああ、それはありがとう。僕が眠気で倒れたら後は頼む」


「うん、任して」


 若さ溢れるニルヴェルは笑顔で了承した。




―――――その頃、王宮では国王とロスヴェル、アルヴェル、キースヴェルと宰相そしてライラが会議室に集まっていた。


 本日一番の議題は“エスペン王国を併合した”ということだ。


 ところが今、王家ではテレジア妃が急死したことの方が大きなニュースとなってしまっている。キースヴェルはくれぐれも世間に知らせる順番を間違ってはいけないと全員に向けて注意を促していた。


「何故、我が妃が亡くなったことを後回しにする必要がある?すぐに公表してはいけないとはどういうことだ」


 ロスヴェルは妃が蔑ろにされるとはどういうことかと不満を唱える。


(まぁ、自分の妃が亡くなって悲しいというのは分かるけど、王子という立場上、それでいいのかって思うわね。それに隣国を併合するという意味を理解していないのでは?)


 国が国を吸収するという併合は歴史に刻まれる大きな出来事だ。吸収される国の民は新たな国の方針に乗っ取って生活を代えなければいけなかったり、吸収する国は必要な手を差し伸べて国内の生活水準が揃うように整えて行かなければならない。キースヴェルは恐らくその全てを見通して部下を動かし、少し先を予測しながら行動している。


 しかし、ロスヴェルはこれが歴史的なことだということを分かっているのかも怪しい。そうでないと妃を後回しにするなとは言わないだろう。


(視野の狭いロスヴェル王子殿下とこれ以上話をしても無駄な気がするのだけど、殿下はどう纏めるのかしら?)


 ライラはチラリとキースヴェルに視線を向ける。まだ余裕があるのか、微笑を浮かべていた。


「ロスヴェル兄上、国レベルの話とあなたの妃の話を同等にしないでください。しかも、あなたの妃は他国の間諜だったですよね。何を公表するつもりなのか逆に聞かせて欲しいのですけど」


(え、ええ、誰この人!?こんなにきついことを笑顔で言っちゃうの!?)


 他の人々の反応を見ようとライラは視線で王子たちを見回してみた。クルム侯爵以外は全員青ざめている。


(お父様、何だか楽しそうに見えるのだけど・・・。気のせいよね?)


 キースヴェルの喝が聞き過ぎたのか、国王たちは黙り込んでしまった。


「父上、全員で夜を徹してテレジア妃のことを調べたと聞きましたが、何か分かりましたか?」


 キースヴェルは国王へ質問を投げかける。

 

「そう、そうだ。テレジアは入れ替り・・・」


「彼女はピッツペートス公爵の長女と言うことで嫁いできたけど、本物は幼少期、バイラ公国に攫われたと・・・」


「――――その通りだ。キース、知っておったのか?」


「僕の優秀な部下から今朝、報告を受けましたから。部下の話に寄ると、大公妃が亡くなった後、身元不明の女性が軟禁されているという情報が入り、その女性の特徴を確認したところテレジア妃に似ていたらしく、文官をピッツペートス公爵のところに送って確認したそうです。彼は事実を認めました。そして、娘の無事を喜び今後、捜査には全面的に協力するという約束をしたとのことです」


「ああ、その通りだ。ならば詳細は省こう。次の話にしよう」


「次の話の前に一ついいですか?エスペン王国を併合したことに関してなのですが。第二王子アルヴェルを併合調整担当大臣に推薦したいと思います。アルヴェル兄様、どう?」


「エスペン王国と言えば、人道支援を急がないといけない状況らしいね。俺の得意分野だな。よし、請け負おう」


 アルヴェルはサンチェスキー王国で医療、福祉、教育などの分野を担当している。災害時にテントや食品、衣料品などの物資を運び、医師やお世話をする人員を用意するということを過去に何度も経験していた。


「ありがとう。今後、元国王のラドクリフ殿も王都へ入る。宰相と協力して早急に人道支援を進めて欲しい」


「分かった。宰相、スケジュールの調整を頼む」


「はい、承知いたしました」


(驚くくらい迅速に話が進んじゃった!!アルヴェル王子は臨機応変に対応できるタイプなのね)


「では、バイラ公国の話に戻ります。今、国境付近で起きている争いですが、あれはバイラ公国のベルゼー辺境伯にお願いしました」


「へっ?」


 ロスヴェルが気の抜けた声を出した。ライラはつい吹き出してしまいそうになってしまい下を向く。肩は揺れてしまったかもしれない。


「ロスヴェル兄上、今出ている宣戦布告はこちらからお願いしたものです。ラヴェルとニルヴェルも現地に到着したら状況が分かるでしょう」


「キース、何故そのようなことをした?」


「あちらから宣戦布告をしてもらい、三日間こちらを攻撃をしているフリをしてもらっています。そして、明日の午後に大公の側近たちがクーデターを起こし、大公は罷免されるでしょう。その後、バイラ公国もサンチェスキー王国が併合します」


「父上、キースヴェルがこのように勝手なことを・・・」


「ロスヴェル、この計画は私も知っていたことだ。国王として許可した」


 ライラがふと見ると、アルヴェルは国王の話を頷きながら聞いている。


(まさか、この雰囲気・・・、この場でロスヴェル王子だけがこの話を知らなかったということ!?何故に?)


 ライラが疑問をもやもやと考えていると、視線の先でロスヴェルがキースヴェルに掴みかかった。


「何故、俺にだけ知らせなかった?バカにしてるのか!?」


 一方、掴みかかられているのに、キースヴェルは涼しい顔でやり返そうともしない。ライラは今にも殴りかかろうとしているロスヴェルを睨みつけた。


(暴力で相手を脅そうとするなんて、最低だわ!)


 そして、ロスヴェルがこぶしを振り上げた次の瞬間、身体が自然に動いてしまう。


(あ、シマッタ!!)


 ライラが後悔した時には、もうロスヴェルの身体は宙を舞っていた。一瞬の出来事に会議室の時間が止まる。


 ドシン!!


 床に転がるロスヴェル。皆が固まる中、一番先に反応したのはキースヴェルだった。


「ララ、僕以外にしちゃダメだろ!」


「・・・・・」


「キース、その指摘は色々とオカシイぞ!」


 アルヴェルが間髪を入れずに突っこんだ。ライラはやらかしてしまったことの大きさに動揺してしまい声が出ない。


「ライラ・・・」


 クルム侯爵は額に手を当てて、ため息を吐く。


「武道は己を高めるためにある。弱いものに暴力を振るってはいけないと何度も言っただろう」


 クルム侯爵はライラに説教を始めた。キースヴェルはその説教の内容がおのずとロスヴェルをディスっているように感じてしまい、もう限界だった。


「クックククク、ロスヴェル兄上、いつまで床にうつ伏せているのです?早く起き上がって下さい。ますます弱いって思われますよ」


「キース、あまりロスヴェルをいじめるではない。ロスヴェル、お前に話さなかったのはきちんと理由がある。説明するから起きなさい」


 国王はロスヴェルの横まで行って、腕を掴んで起こした。立ち上がったロスヴェルは服に付いた埃を払う。そこへ、ライラとクルム侯爵が近づいていく。


「ロスヴェル王子殿下。申し訳ございませんでした」


 ライラは彼の前で頭を深々と下げ、お詫びを告げた。隣でクルム侯爵も一緒に、頭を下げている。


「ああ、謝罪は受け取る。いや、ライラ嬢は武術の心得があったとは知らなかった。中々切れ味のある蹴りで驚いた。だいたい俺がカッとしてキースヴェルを殴ろうとしたのが良くなかったのだ。気にしなくていい」


「はい、ありがとうございます」


 ライラが潔く謝ったのでバツが悪くなったのか、ロスヴェルは素直に反省の念を述べて、頭をポリポリと掻いていた。


(いやー、お父様と殿下のフォローが無かったら大変なことになっていたわ。人を簡単に蹴ってはいけない、いけない、いけない・・・・。ああ、もう何故こんなことをしちゃったの!!私)

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