第28話 27、クルム侯爵とライラは似ていると気付いた日
「殿下、この後は?」
ライラは掴まれた腕を振りほどきながら、キースヴェルに尋ねた。
「まず、父上のところにいく。宰相も一緒に居るだろうから、この書類を渡すよ」
「それは何なのですか?」
「うーん、今はまだ秘密。宰相に見せてからね」
「ふーん、勿体ぶるのですね・・・」
(少しくらい教えてくれたらいいのに。もしかして、私には分からないような業務書類とか?でも、それなら最初から話してくれても良いわよね?)
ライラはツンと睨みつけて来るのではなく、頬を膨らませている。
「ララ、可愛い・・・」
段々と彼女の表情が豊かになって来て嬉しい反面、キースヴェルは彼女に近寄って来る者が増えそうだなと心配してしまう。そもそも見た目が可愛いというのもあるが、先日、隣国の王女の娘という肩書まで手にしてしまったのである。キースヴェルはライラを守るため、これまで以上に警戒しておかなければならないと身を引き締めた。
(可愛いって・・・。私は書類のことを知りたいから抗議したつもりだったのに。全然効いてないわね)
ライラが考え事をしている間にキースヴェルはドアを開き、廊下にいる衛兵に言伝をして戻って来た。
「ララ、国王の執務室へ行こう」
「あ、はい」
(お父様のところに行くのね。久しぶりに会うけど、お母様の話題を出しても大丈夫かしら。お父様はエスペン王国の王宮に行ったことがないと思うのよね。どんな感じだったかとか話したいけど・・・。別の日にした方が良いかしら・・・)
キースヴェルは、ふとラドクリフからライラに渡された箱のことを思い出した。今はサイドチェストの上に置いてある。
「ねえ、ララが貰った箱はどうする。ここに置いて出かけているうちに紛失したりしたらいけないから、僕が一旦預かってもいいかな?」
ライラは首を傾げた。
(ここに置いていくと紛失する危険があるのに殿下が預かるってどういうこと?何処か秘密の隠し場所でもあるのかしら、んんん?それとも、単に言葉のあや?)
「一旦預かるって、ここに置いて行くという意味では無いのですよね?」
「ああ、ここには置かない。僕がいつでも取り出せる場所に保管する」
「良く分かりませんが、安全な場所がいいです。お願いします」
「分かった」
イマイチ理解出来ないライラの前で、キースヴェルは箱を持ち上げるとひょいっと投げた。
「うわっ!!」
驚いたライラが声を上げると同時に箱は消えた。
「えええ?何処にいった!?私の箱!!」
「行先は僕だけの倉庫ということにしておいて。誰も触れないからご心配なく!」
(それって、殿下にお願いしないと取り出してもらえないのよね??大事なものを人質に取られた気分なのだけどー!!)
ライラが眉間に皺を寄せて険しい表情になっていると、キースヴェルが指先でその皺を伸ばそうとする。彼女はビクッとして顔を上げた。
「大丈夫、取ったりしないから。必要な時はいつでも言って」
「――――――ワカリマシタ」
「フッ、フフフ」
キースヴェルは笑いながらまだ不服そうなライラの手を取り、国王の執務室へと向かった。
―――――――
「――――そう、陛下(父)は仮眠中なのか」
「陛下と王子殿下たちは徹夜で真相の究明をしていらして、先ほど終了したようです。どういたします?お急ぎでしたら、皆さまを集めますが・・・」
クルム侯爵(宰相)は淡々としたものだった。キースヴェルはこの男の冷静さは自分以上かもしれないと思っている。今朝、エスペン王国は消滅しサンチェスキー王国に併合された。彼は妻の祖国の一大事を何とも思っていないのだろうか?
「第一王子妃テレジアの件は大体見通しが立っているから、皆を集めるのは二、三時間後で構わない。それよりも僕は宰相に用事があったんだ。ちょうど良かったよ」
「左様でございますか」
「これをラドクリフ殿から預かって来た」
キースヴェルは分厚いファイルを宰相に渡した。彼は両手でそれを受け取ると直ぐに開いて、中に目を通していく。冷静な宰相の眉間に皺が寄っていくのが予想通りで面白く感じた。
(お父様が眉間に皺を寄せているわ。何か難しい問題でも発生したのかしら)
「ねえ、お父様。その書類って何なの?」
キースヴェルの隣に立っているライラは一歩踏み出して、クルム侯爵に尋ねた。彼は書類に落としていた視線をライラに向ける。
「まだ、全てには目を通していないが、私とレンの結婚証明書、ライラの出生証明書、レンの死亡証明書、私の王配としての権利書、私とララに対する賠償内容証明などが入っているようだ。ライラにはレンの所有していた邸宅と・・・」
「待って!どういうこと?エスペン王国は併合されたのでしょう。お父様や私への賠償と書類上で言っても今後、エスペン王国王家の財はサンチェスキー王国に引き渡されるのでしょう。無意味じゃないの?」
「発行日付が全て併合される前になっているから、これは有効だよ」
ライラの質問に答えたのはキースヴェルだった。
「宰相、ラドクリフ殿は国王としてレン王女の遺産をあなた方に渡したかったのだと思う。今までは王妃が邪魔をして出来なかったことを、彼は一晩で仕上げて僕に託した。今後、彼と娘のダイアナは王都へ来る予定だから・・・。宰相、彼らを上手く使ってくれない?」
「分かりました。これは誠意として受け取ります」
やはり、宰相は冷静だなとキースヴェルは思った。彼は過去の因縁を持ち出して受け取らないとゴネたりするような器の小さな男ではない。
もし、自分が同じ状況に置かれたとき、殺された妻の遺産を素直に受け取るだろうか?何を今更と腹が立って、ファイルごと魔法で燃やすかもしれない。そんな風に想像してしまったキースヴェルは己の懐の狭さに苦笑いしてしまう。やはり、クルム侯爵は尊敬できる男だと感じた。
ライラは母の遺産を誠意として受け取ると答えた父の言葉を聞いて、父らしいなと感じた。父は愛情豊かな人だとは思うが、それ以上にライラは彼が合理的な考えを持っていると知っているからだ。そのいい例がキースヴェルのことである。お見合いを受けた当初は後ろ向きだったにもかかわらず、キースヴェルがライラと婚約すると宣言した途端、一気に結婚までの道筋を立てて来たのだ。娘の意思とは関係なく・・・。
(大体、お父様は私に肝心なことは言わないのに殿下には何でも話しているみたいだし、そこは私を信用していないだけなのかもしれないけど・・・。お母様の話を直接してくれなかったのは残念だったわ。まあ、婚約に関しては噂ではなく本当の殿下を知って信用出来ると思ったから、娘を押し付けようと思ったのでしょうけど。そういえば殿下は元国王のラドクリフ様とダイアナが王都へ来るってお父様に言ってたけど、メイスは?)
「殿下、メイスもダイアナたちと暮らすの?」
「ララ、あの子は罪人だから外には出せない。だから、クルム侯爵邸から王宮の牢に戻すだけだよ」
「あの夜会のことくらいで、罪人扱いにして大丈夫なの?」
「いや、彼女には余罪があるんだよ。ダイアナや侍女たちが多数証言している。殺人の罪も複数あるから、一生、牢からは出て来られないと思うよ」
(殿下、いつの間にそんな調査をしたの!?逆に私は何をしていたのかしら、エスペンの王宮でしたことと言ったら・・・。美しい星空を見たくらいで・・・。――――あの夜空をお母様も見ていたのかしら・・・)
「お父様って、エスペン王国の王宮に行ったことはあるの?」
「――――いや、ないよ。追われていたくらいだからね」
「私を連れてサンチェスキー王国まで逃げる時は大変だった?」
「唐突な質問だね。あの時、ライラはまだ本当に小さかった。だから、マントの下にスリングという大きな布を巻き、その中にライラを入れて馬で駆けて来たんだ。荷物も大して持って無かったよ。国境を超えるまでは時間との闘いだったからね」
「ふーん。私、泣いたりしなかったの?」
「泣いたかもしれないけど、余り気にならなかったなぁ・・・」
「そこは気にした方がいいんじゃない?」
ライラの指摘にフッと宰相が笑う。キースヴェルは彼の笑っている表情が余りにライラと似ていて驚いた。レン王女に似ていると言われるライラだが、宰相にもしっかり似ている。レン王女と宰相、ライラの三人が本当に親子なのだとキースヴェルはこういう何気ないところで実感した。
そこで少し想像する。もし、バイラ公国に狙われなかったら、彼らはエスペン王国で幸せな生活を送っていたことだろう。そして、キースヴェルはこの国の第四王子として王女ライラと知り合う機会が巡って来る。劇的に出会った王子と王女は恋に落ちて、皆に祝福されながら幸せな結婚をする。めでたし、めえたし。
しかし、これはあくまで想像上のことで・・・、現実は残酷だった。キースヴェルの脳裏に絶対口へ出したくない現実が思い浮かぶ。
『ライラとの出逢いが、レン王女を殺されたからだとは思いたくない』
とても残酷なこの現実は過去のことで、今更キースヴェルがどう足掻いても変えることは出来ない。だから、キースヴェルはライラと自分の縁は何処にいても繋がっていると考えることにした。どんな状況で出会ってもキースヴェルとライラが愛し合うことは運命なのだと。決して、彼女の家族の不幸の上に成り立つものでは無い。
変えられない過去よりも未来を見て行こう。ライラを笑顔にしたいし、幸せを実感して欲しい。そのための第一歩は、この複雑に絡み合った陰謀の数々を処理して国を整えることだ。
「さて、僕らは昼食を取ってこよう。宰相、陛下が戻って来たら僕を呼んでくれないか?」
「分かりました。ごゆっくり楽しんできてください」
「ありがとう」
そこでライラは宰相に駆け寄り、ヒソヒソと耳打ちをした。
「お父様も今のうちに休憩した方が良いわよ。殿下は多分、午後の集まりで指示を沢山出すつもりだと思うから・・・」
「ありがとう。参考にするよ」
宰相はやさしい口調でライラに笑い掛ける。
「じゃあ、お父様またね!」
キースヴェルと去っていくライラを見送った後、宰相は分厚いファイルを撫でた。
「レン、義息キースヴェルは案外頼りになるんだ。私がどうにもできなかったことも気持ちいいくらい解決へ導いてくれている。だから、私も精一杯協力しようと思う。空から見ていておくれ」
今までクルム侯爵がレンのことを回想すると悲しそうな顔ばかりが思い浮かんでいた。しかし、今、脳裏に現れた彼女は柔らかな微笑みを彼に向けている。不意に眦から一筋の涙が零れ落ちた。
『ありがとうレン。この選択は間違っていないということかな』
ライラの言う通り少し休憩した方が良さそうだなと、彼は机の椅子から立ち上がる。無意識にハンカチをぎゅっと握り締めて・・・。
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