第27話 26、キースヴェルとライラが居ない日

「ロスヴェル、大丈夫か?」


  真っ青な顔をして、ソファに倒れ込んだ長兄を心配するのはアルヴェル(次男・第二王子)である。ロスヴェルは目の前で妻のテレジアが苦しみながら床に崩れ落ちて行くところを目の当たりにした。子供たちは悲鳴を上げ、侍女たちは半狂乱になりながら医師を呼ばなければと駆け出す。これは現実なのか夢なのかと自身の立っている場所も分からなくなるような感覚に襲われた。


 しかし、これは現実だった。我が妃が亡くなったというのに悲しむ間もなく、しなければならないことが押し寄せてくる。


 しなければならないこと・・・。それが葬儀の手配だったなら、まだ少しは良かった。




――――――


 アルヴェルは昨日の午前中にロスヴェル(長兄・第一王子)の妻が急死したと出先で知る。一大事だと判断し、予定を取り止めて兄の元へ駆け付けた。そこで見たのは茫然と立ち尽くす兄と泣きじゃくる子供たちの姿。初めて見る兄の姿にアルヴェルは声を掛けようとしたが上手く言葉が出て来なかった。今思い返すと自分も動揺していたのだと思う。


 そこへ先ぶれも無く、国王(父)が現れた。


「ロスヴェル、大事な話がある。子供たちを別部屋へ」


「父上、今は一緒に居させてください。子供たちも母親を失って心細いと・・・」


「国王として命令する。子供達を今すぐ下がらせるのだ!」


 アルヴェルは驚いた。温厚な国王がこの悲しみに包まれた場に突然現れて、怒りを露わにするなどあり得ないことだったからである。


 その場にいた侍女たちは国王の命令に従い、子供たちを引き連れて廊下へと出て行った。しかし、ロスヴェルは納得出来ない。


「父上、何故このようなことを!」


 穏やかな性格の兄も流石に怒っている。アルヴェルも同じ気持ちだった。父の行動の意味が理解出来なかったからだ。


「父上、皆が今、悲しみの淵にいるのに、どうして兄上と子供たちと離す必要が?」


「アルヴェル。そろそろラヴェル(三男・第三王子)とニルヴェル(五男・第五王子)もここへ到着する。話は全員揃ったら始める」


 ラヴェルとニルヴェルまで招集したと聞いて、ロスヴェルとアルヴェルはハッとした。これは只事ではない何かがあるのではないか?と。


 ふたりは悲しいという感情に押されて、国王陛下が単身で乗り込んで来るという行為イコール緊急事態であると気付くまでに時間が掛かってしまったのである。


 待つこと数分。ラヴェルとニルヴェルは、ほぼ同時に到着した。全員王宮の敷地内に住んでいるが故、ここへ駆け付けること自体は難しくない。


「お待たせ!父上、大事な話があると聞いたのだけど。あ、ロスヴェル兄様。この度はお悔やみ申し上げます」


「――――僕もお悔やみ申し上げます」


 ニルヴェルとラヴェルの言葉に、ロスヴェルは手を軽く上げて答える。


「揃ったな。悪いが使用人の皆も廊下へ出てくれ」


 国王は使用人たちに部屋から退出するよう求めた。使用人たちは指示を受け、慌てて廊下へ出て行く。


「よし、お前達、念のため私の近くに集まるんだ」


 国王は部屋の中心に立ち、息子たちを手招く。彼らは訳も分からないまま、国王の周りを取り囲んだ。次に国王は胸ポケットから懐中時計を取り出し、その側面にあるボタンを押した。


 カチッ。


「よし、これで私たちの会話を盗聴される心配はなくなった」


「それ、魔道具?」


 ニルヴェルが問う。


「ああ、キースがもしもの時のためにと置いて行った」


「あいつ、魔道具も作れるのか!?」


 アルヴェルは驚きの声を上げる。そして、盗聴を防ぐ魔道具を作れるということは、もしや、その逆も作れるのではないか?と考えてしまった。あの弟なら可能性は十分ある。また、それを知らぬ間に身近なところへ設置されていたら怖いなと想像してしまった。


「それより、この集まりの目的は?その魔道具の力を確かめたかったとかそういう話だったら・・・」


「ロスヴェル、不満は後から聞く。今から重要な話をするから、よく聞け」


「父上、俺に対して酷くないですか?妻が急死したのですよ!!それもほんの半日前に!!」


「待て、まず話を聞け!!お前の妻が亡くなった原因を私は伝えに来たのだ!!」


「え?」と驚く、ロスヴェル。


「いいか、本日の正午にキースヴェルから連絡が入った。『今朝十時四十分頃、エスペン王国の王族二人に掛けられた呪いを解呪した。そのため、呪いを依頼した二人も同時刻に死んだはずだ。確認して欲しい』と」


「―――――まさか!呪い返し!?」


 ニルヴェルが叫ぶ。


「おまっ、声がデカいぞ!」


 アルヴェルは咄嗟にニルヴェルの口を押えた。


「ああ、その通りだ。ロスヴェル、お前の妻は同時刻に急死した。ということは、バイラ公国の間者の可能性が高いということだ。私達は明日キースヴェルが戻ってくるまでの間にテレジア妃(第一王子妃)の真実を暴かなければならない」


「――――そんな、テレジアが間者だなんて・・・」


 ロスヴェルはショックを受けたのか目を見開いたまま、ブツブツと何かを呟いている。


「戻ってくる迄にって、既に夕刻・・・」


 ラヴェルがボヤくと国王は真顔でこう言った。


「まだ一晩もあるではないか!それからバイラ公国の大公妃が今朝、原因不明の急死したという一報も入って来た。彼女の死因も呪い返しとみて間違いないだろう」


「バイラ公国って、そんなに呪いが好きなの?」


 ニルヴェルは口を押えているアルヴェルの手を剥ぎ取って、国王へ質問した。


「そうかも知れぬな。だが、呪いを掛けた張本人の魔女カッサンドラはクルム侯爵邸で今朝、息絶えた。一先ず、新たな呪いに関しては安心していいだろう」


「待て、何故クルム侯爵邸に魔女が居る?宰相閣下が噛んでいるのか?」


 状況をイマイチ把握出来ていない息子たちはロスヴェルの言葉に頷く。


「お前達・・・、そこから説明が必要だったか。分かった。まず、ライラ嬢の置かれている状況から話そう」


 国王はため息を吐いてから、説明を始めた。


―――――


――――そして、国王と四人の王子たちは、やっと今、バイラ公国とロスヴェルの妃テレジアの繋がりを調べ終えた。時刻は午前十時になろうとしている。


 ソファに倒れ込んでいる兄を気遣ったものの、アルヴェル自身も疲れ切っていた。まだ年若いラヴェルとニルヴェルは宣戦布告されたという国境付近に向かって、先ほど出発して行った。


「兄上、俺もキースヴェルが戻る前に仮眠して来ます」


「ああ、色々と気遣いをありがとう。アルヴェル」


 ロスヴェルはソファで目を閉じたまま、片手を上げて礼を述べる。アルヴェルはそれを見届けてから部屋を出た。





※※※※※


参考資料

☆サンチェスキー王国の王子たち☆


長男 ロスヴェル 28 妻あり 娘三人

次男 アルヴェル 24 妻あり 娘二人

三男 ラヴェル 21 妻あり 娘一人

四男 キースヴェル 19 婚約者あり←ライラ

五男 ニルヴェル 16 婚約者あり




最後まで読んで下さりありがとうございます。

面白いと思ったら評価、感想のほど、どうぞよろしくお願いいたします。


ブックマーク登録もお忘れなく!!


誤字・脱字等ございましたらお知らせください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る