第26話 25、良い知らせと凄く悪い知らせを聞いた日
伝書鳥の足から手紙を取り、キースヴェルはじーっと文面を辿っている。暗号で書かれているため、少ないスペースでも多数の情報が記されているらしい。ライラは何が書いてあるのかと固唾を呑む。それは先程、キースヴェルが言った言葉が気になっていたからだ。
「僕が国王ラドクリフとダイアナの呪いを解いたということは、ふたりの依頼者が死んだということだよ。誰なのだろうね」
全く楽し気に語る内容ではないのに、キースヴェルは笑みを浮かべていた。
(殿下の笑みで背筋が凍りそうになることが、最近多いような気がするのよね・・・)
「えーっと、ララ・・・」
キースヴェルは文面に視線を向けたまま、ライラを呼ぶ。
「はい、何か?」
「あのね、良い知らせと凄く悪い知らせがあるんだよねー。どっちから話そうかー」
(――――はぁ、凄く悪い知らせって、何!?殿下、笑顔を浮かべている場合じゃないでしょ!!)
「どちらでも良いですけど、凄く悪い方から聞きましょうか?」
「えーっと、僕の兄である第一王子ロスヴェルの妻が死んだ。それとバイラ公国の大公妃も死んだ。これがどういう意味かは分かるよね?」
(第一王子の妻って・・・、サンチェスキー王国の王家に敵が入り込んでいたということ?だけど、お子さんもいらっしゃって・・・、えっ、本当に??)
「兄上より、子供たちが可哀そうだよね。どうしようかなぁ・・・」
(いやいやいや、ロスヴェル殿下もかなり凹んでいるのでは???少しくらい心配してあげないの?)
キースヴェルはライラに一連の呪い事件を世間へ公開すべきかどうかで迷っていると話す。まだ一般的には呪いを依頼した者が変死するとは知れていないからだ。
今なら突然倒れて亡くなったという理由でも、第一王子妃の死を世間からは怪しまれないだろう。ただ、事実を知る王家内の動揺は半端ないが・・・。
ライラはまさかキースヴェルの身内に敵が潜んでいるとは想像していなかった。しかも、第一王子妃である。キースヴェルという存在が居なければ、国を乗っ取るために一番良いポジションを敵はゲットしていたということだ。
「細かなことは即決事項じゃない限り、しっかり考えた方がいいでしょうね。お子さんのことも踏まえて」
「そうだね。一方、大公妃が亡くなるというのは想定内だったけどね」
(そうね、大公妃が亡くなるというのは想定内だけど・・・。諸悪の根源の大公には傷一つ付かないのよね。彼は一体どんな人物なのかしら。今のところ、いいイメージがひとつも無いのだけど)
「で、良い知らせに移ってもいい?」
「ええ、どうぞ」
「昨日、バイラ公国のベルゼー辺境伯は予定通りに宣戦布告をして来た」
報告によると、ベルゼー辺境伯は今も国境付近で暴れているフリをしてくれているらしい。同じく我が国の辺境伯も攻め込まれているフリでそれに対応している。両者とも茶番だと分かってやっているのだ。この件はアニータが受け持っていた。
「アニータさん、あの短時間で予定通りに・・・。有能ですね」
「ああ、彼女の家門は他国との繋がりが多い一族だから。味方にすると心強い反面、敵に回すと怖いんだよね。彼女が他国に嫁いでいかないように、ジョージには頑張ってもらわないと」
ライラはお茶会で感じた二人の雰囲気を思い出した。
(あの二人は仲が良さそうだったわ。ロザリアさんに怒られるジョージに、アニータさんが助け舟を出していたわね)
「そういう意味ですか?」
「そう、そういう意味。分かり易いよね、あの二人」
「殿下ほどではないですけどね」
「そろそろ、キースって呼んで欲しいけどね、婚約者殿」
「まあ、それは考えておきます」
ライラの釣れない言葉を聞いて、キースヴェルはフッと笑った。
「あと、カッサンドラの件もジョージから報告が来ている。彼女はクルム侯爵邸に辿り着いたところで絶命したそうだ」
「絶命ですか?あっけないですね」
脳裏に真っ赤な口紅をべったりと塗った口で彼女が呪詛を吐く姿が思い浮かぶ。カッサンドラが簡単に死んでしまったと聞いて歯痒いと感じてしまうのは悪いことなのだろうか?とライラは眉間に皺を寄せる。それをキースヴェルは見逃さなかった。
「―――そうだね。罪をもう少し味合わせたかったね、フッ」
(うっわー、目が怖い・・・。殿下、私より怒ってそう)
「とにかく、バイラ公国から攻め入られたということを理由に帰国するよ。ロザリアとラドクリフ殿に伝えよう」
(ああ、もう、国王ラドクリフから、ラドクリフ殿に変わったのだったわ。油断したら国王陛下と呼んでしまいそう。気を付けなきゃ)
キースヴェルが今後のラドクリフとダイアナのことについて少し話してくれた。
彼らは国の引継ぎを終えたら王家の監視の元、王都ツェッテリに身を置かせるのだという。そして、今後は国の機関に携わるの仕事を与える予定にしているため都合上、爵位は伯爵位を与えるだろうとのこと。
(要するに、当分の間は国のために働かせるということね。それでもこれは寛大な措置だわ。普通なら身分をはく奪されて国外追放でもおかしくはないもの)
この対応はラドクリフとダイアナが呪いによって縛られていたことを考慮したそうだ。また、自主的に併合を受け入れたという点も大きい。ただ、エスペン王国の民はこの二十年間、呪われていたとはいえ彼の悪政に苦しめられてきた。
「国の機関と言ってもいろいろな部門があるからね。エスペン王国の民を苦しめて来た分、しっかり働いてもらうよ」
言葉とは裏腹に爽やかな笑みを浮かべるキースヴェル。
(もしかして、国外追放の方が幸せになれるのでは?サンチェスキー王国の未来のトップは腹黒過ぎるわ)
ライラは今後の二人、ラドクリフとダイアナが心配になって来た。
また、エスペン王国の領地は一旦すべての領主を今の領地から外し、新たに区分を分け直した上で新領主の選定も含めて整備する。栄えている地域を中心に組み直すことで、少しでも貧富の差を解消するのが狙いなのだという。主要都市には伯爵位以上、それ以外の土地は男爵や子爵を領主に置く。それに伴いエスペン王国の貴族は、新たにサンチェスキー王国の貴族となるための厳しい審査を受けることになる。
―――――――
ラドクリフに帰国の連絡をしたところ、本人が離宮に現れた。彼はすでに臣下の心づもりが出来ているようだった。
「王子殿下、ご連絡を受けて参上いたしました。今後のことはロザリア様と進めて参りますので、ご心配なく」
「ああ、困ったことが出て来たら、いつでも呼んでくれ。僕は直ぐに来れるから」
「――――はい、ありがとうございます。それと殿下、これをライラ様へお渡ししていただきたいのですが・・・」
(あ、ちゃんとここに居る私は第二王女メイスだという体で話してくれているのね)
ラドクリフは少し大きな箱を持って来ていた。
「これは?」
「こちらは姉レンの私物です。きっとライラ様が持っていらした方が良いでしょう」
「ああ、なるほど。では、渡しておく」
「それから、この書状をクルム侯爵閣下へ」
次は大きめのフォルダーに挟まれた書類を出してきた。キースヴェルは受け取るとパラパラと中を確認した。
「これは・・・」
「はい、エスペン王国の国王として最後の仕事です」
「分かった。ありがとう」
「いえ、遅くなってしまい申し訳ございませんでしたと閣下にお伝えください」
「ああ、伝えておくよ。それと僕からも一ついいかな?」
「はい」
「昨日の午後にバイラ公国の関係者は排除した。害があると判断した者は王都に送ったから心配しなくていい。執事もいなくなっているから気付いているとは思うけど」
「!?」
ラドクリフの眉間に皺が寄る。執事がバイラ公国の関係者だとは気付いてなかったらしい。
(私を睨んで来た時から、あの人(執事)は怪しいと思っていたのよ。ずっと一緒に居ると違和感に気付かないのかも知れないわね)
ライラは昨日の午後のことを思い返す。騎士の皆さんとキースヴェルが次々に怪しいと目星をつけた人々を捕まえ倒しているのをこの目で見た。そして、まとめて王都へ転移魔法で送りつけたことも・・・。
(――――昨日の夜空は綺麗だったわ。もう帰るから今夜は見られないけど、またいつか見たいわねーって、つい現実逃避したくなるくらい殿下と騎士の方々の迫力に圧倒されたわ。取りあえず丁重な捕り物ではなかったわね。ボコボコにされた人もグルグルにされた人も居たことだし)
「迅速に対応して下さりありがとうございます」
「どういたしまして」
キースヴェルは左手をひらひらと軽く振った。
「では、王都に戻ろうか。ララ」
「え、私はメイスですけど」
「いや、もう帰るから。元に戻って」
「――――はい」
「では、ラドクリフ殿。僕達は帰るから、しっかり頼むよ」
「御意」
ラドクリフの返事を聞いた瞬間、キースヴェルはライラの腕を掴んだ。
(あ、え、もう!?)
思考が追い付かないまま、ぎゅっと引っ張られて・・・。瞼をあけると、ライラは王宮にあるキースヴェルの部屋に立っていた。
―――― 一方、ラドクリフは目の前から忽然と消えたキースヴェルたちに大層驚いた。魔法使いとはこんなに芸当を出来るのかと・・・。そして、この未知の力を持つ者と対峙したら・・・。想像しただけでゾッとする。素直に併合を受け入れて良かったと彼が心から安堵したのは言うまでもない。
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