第25話 24、悪い子は誰?
「ララ、戻ったら昼食を取ろう。多分、この後は忙しくなるから」
国王の執務室から離宮へ戻る途中で、キースヴェルはライラに語り掛ける。彼女は廊下から見える中庭の風景をボーッと見ながら歩いていたのでビクッとした。
「もしかして、この王宮の中をもっと見てみたかった?それなら、この騒動が終わったら、また連れて来てあげるよ」
「あー、うーん、風景を眺めてはいたのですけど、メインは考え事だったので・・・」
「考え事?」
ここでライラはキースヴェルの袖を引く。これはいつの間にか二人の間で秘密の話をする時のサインになっていた。キースヴェルは立ち止まるとライラの背丈に合わせて屈む。彼女は彼の耳元へ疑問を伝える。
「あのですね、この国に長年かけて手に入れるほどの何かがあるのですか?だって、私が生まれたころから、バイラ公国ってこの国を乗っ取る画策しているのでしょう?」
ライラの質問をキースヴェルは真剣な眼差しで聞いていた。しかし、・・・。
「その答えはここでは言えないから、後でね」
周囲を自然な仕草で見渡しながら彼はキッパリと言った。ライラも流石にここで彼に質問したのはマズかったと廊下に控えている衛兵たちを見て納得する。そのまま、ふたりは離宮まで足早に戻った。
―――――
離宮に戻るとキースヴェルは控えていた侍女に食事の用意を頼んだ。彼女は厨房へ向かうため席を外した。
「さあ、さっきの疑問に答えようか。だけど、ここも誰が聞いているか分からないから・・・」
ソファーで向かい合わせに腰掛けたのに、侍女が部屋から出て行くと直ぐにキースヴェルはライラの隣に移動した。今ふたりは三人掛けのソファーにぴったりとくっついた状態で腰掛けている。
(一応、私はメイスのフリをしているから向かい合わせに座ったのに、これじゃあ侍女が突撃してきたら怪しまれるじゃないの!!)
「殿下、メイスと恋仲って噂になりますよ」
「それくらい、僕の二つ名が打ち消してくれるから大丈夫さ」
完全に開き直っているキースヴェル。ライラはため息を吐く。
「それで、こんなに近寄って何を話すのです?」
「それはね・・・。この国には金の鉱脈があるんだよ」
「は?」
「ペニー山脈の東側でエスペン王国とサンチェスキー王国の国境付近にあるところまでは分かっている。で、バイラ公国はその金鉱脈の存在を知った。だけど、サンチェスキー王国を傀儡にするのは難しい。だから、彼らはエスペン王国を手に入れたかったんだよ」
「それ、エスペン王国は知らないの?」
「うん、知らないみたいだね。というか、バイラ公国が隠ぺいしているのだろうけど」
「教えてあげたら、国力も回復するのでは?」
「いや、この状況では無理だね。バイラ公国に持っていかれて終わりだよ」
キースヴェルは笑顔を浮かべている。
(いや、その顔は怪しいわ。絶対、本当の理由は違うでしょ!!)
ライラは隣に座る人に冷たい視線を送った。
「その表情は久しぶりだ」
全く効果もなく、キースヴェルは楽し気だった。
「ねぇ、初めからこの国を助ける気が無かったってこと?」
ライラは至って真剣に問う。キースヴェルも彼女が真面目に聞いているというのが分かったので、ヘラヘラするのは止めた。そして、隣を向いて本音を語り始める。
「ララ、エスペン王国は滅びかけていた。だけど、僕らが助ける理由なんてなかった。だって、この国の民を助けるためには莫大な金がかかる。それをサンチェスキー王国の民に負担させるわけにはいかないだろう?だから、いつか自滅したら隣国だし最低限のことはしようと考えていた」
キースヴェルは足を組み替え、少し間を持たせてから言葉を続ける。
「数年前、エスペン王国に金鉱脈があるという話を一人の男が持ち込んだ。男の名はトーマス・ヴィクター、現ヴィクター男爵だよ」
「ヴィクター男爵・・・、あっ、リーザロッテさんのお父様?」
「そうそう、彼はペニー山脈の北にある国と取引をしている商人でね。数年前、エスペン王国に金鉱脈があるという情報を王家に持ち込んだんだ」
「でも、ヴィクター男爵自身も金鉱山をお持ちだと、殿下から聞いたような気がするのですけど?」
「うん、話した。その金鉱山だけど、彼は元々商人だからまだ爵位だけで領地は持っていないんだ。だから、誰かに採掘を依頼してエスペン王国との国境付近というか、多分国境を越えて堂々と採掘している。今までは国際問題になると面倒だから見逃していたけど、これを機に処分するつもりだよ」
「―――――ソウナノデスネ」
ライラはキースヴェルの抜け目のなさに呆れた。
(今現在、エスペン王国をサンチェスキー王国が救ったという構図になっているけど、実は出し抜いているだけだというのだから・・・。はぁ・・・。エスペン王国は滅びる運命だったと諦めるしかないわね。まぁ、国王、第一王女、前王女の娘に呪いを掛けられている時点で詰んでいたということよ)
「いい人はトップ(王)になれない・・・」
ライラの口から、ボソッと本音が漏れ出る。
「アハハハ、そうだよ。僕は良い人なんかじゃない。いい勉強になったね、ララ」
「くぅーっ、この悪人!!やはり、この婚約は無かったことに・・・」
「ダメダメダメ、ララのことは本当に大好きなんだ。僕の一番はいつでもララだからね!!」
キースヴェルはライラの瞳をじっと見詰める。ライラはあまりに真剣なその表情に、何故か笑いが込み上げて来た。
「ブッフフフ、謹んで一番は王国民にお譲りします。大好きだけ受け取っておきます」
キースヴェルはライラの言葉を聞くと飛びかかってきた。ライラはぎゅうぎゅうと抱き締められ潰れてしまいそうになる。しかし、キースヴェルはそんなことはお構いなしに頬ずりをしながら、「ララ、大好き!」と何度も囁いた。
(――――もう、仕方ないわね。殿下が極悪非道なのは良く分かったわ。そして、私のことが大好きだということも・・・)
「エスペン王国の民、いえ、サンチェスキー王国の民には真摯に向き合ってくださいね」
「―――――分かった。約束する」
そして、侍女が食事を運んでくるまでの間、ふたりはつかの間の甘い時間を過ごしたのだった。
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