第21話 20、国境を越えた日

 サンチェスキー王国の王都プルハから、馬車を使ってエスペン王国の王都ツェッテリまで行くと約一週間かかる。しかし今回、ライラと七名の護衛達はキースヴェルの転移魔法で両国の国境付近へ転移してきた。ここから王都ツェッテリまで馬車を使えば、あと数刻で到着出来るほどの距離だという。


(魔法って、凄いのね。こんな大人数と大荷物を一瞬で全て運んでしまうなんて・・・)


 ライラはとんでもないことをしても、涼しい表情で飄々としているキースヴェルに呆れてしまう。


(国境付近に来たのは初めてだけど、草原が広がっていて、背の高い樹木は一本も生えていないのね。他には白い岩が点々と少しあるくらいだし、見通しがいいから隠れられる場所もないわね・・・)


 ライラは風景を眺めながら、王妃ローレンスの手下貴族たちが、各々の保身のために国から逃れようとしているという件について、考えを巡らせていた。


(殿下が、この国境を超えるのは難しいと言っていた意味がここに来て良く分かったわ。エスペン王国は背後を高い山に阻まれ、表のこちら側は開け過ぎていて、かなり遠くからでも人が歩いていたら分かりそうだもの。それこそ、魔法使いとかに協力してもらわないと、他国へ逃げるのは難しそうだわ)


 その頃、キースヴェルは騎士たちと道の脇にある岩の上で地図を広げ、今後の計画について作戦会議を始めようとしていた。


「ララもこっちにおいで」


 ライラを呼ぶ声がした。ライラはキースヴェルの横に駆け寄ると一緒に地図を覗き込んだ。


「あの丘を越えた先からが、エスペン王国なのね」


「ああ、そうだよ。ララのお母上の祖国だね」


 キースヴェルは壁のように聳え立つ、ペニー山脈を遠くに眺めながら答えた。


「ララ、あれがペニー山脈だ。見ての通り険しいだろう?山頂は岩場でザクザクと尖っているから、とても素人が超えられる山じゃないんだ。だから、エスペン王国は昔から我が国との調和を大切にしていたのだけどね。さてさて、どんな話が出てくるんだろうね。どうせろくでもない話ばかりだろうけど・・・。ララ、この国の王族から何を言われても気にしなくていいからね。ナスが喋っているとでも思えばいいよ」


「ええっと、ナスって国王ラドクリフのこと?」


「そう、国王ナスクリフ」


「――――あまり面白くないわね」


 キースヴェルの軽口に対し、ライラが冷ややかな口調で辛口のコメントを告げたことに、一番反応したのはロザリアだった。


「ライラ様、殿下にそんな・・・」


 彼女は狼狽えるような声を出した。本日はドレスではなく騎士服をパリッと着こなし、護衛騎士として同行している。他、六名もキースヴェルが厳選したメンバ―だそうで、彼が魔法を使っても皆、平然としていた。


(殿下はこのメンバーに魔法のことを隠していなかった。ということは、ただの護衛騎士ではなくて、彼らは殿下の側近と考えていいのかしら、ロザリア様もいるし・・・)


「面白くないってハッキリ言うのも優しさだと思うわ」


「僕はララが何と言っても嬉しいけどね」


「そ、そうなのですね。失礼いたしました」


 ロザリアはそれ以上口を挟むのは止めた。目の前の二人は、その殺伐としたやり取りも楽しんでいると分かったからだ。


「最後に確認しておく。ここから先、ララは第二王女メイサだ。皆、呼び名には注意してくれ。だけど・・・まあ、僕も今回はバレても仕方ないくらいの気持ちでいるから、気楽に行こう」


「は?問題ない??いや、ダメでしょう?」


 ライラは、キースヴェルにツッコミを入れた。


「いや、だって、実際のところ、僕はエスペン王国の王族と面識がないんだよ。だから、ララを上手くフォローする自信がない。ということで、ララが上手に第二王女メイスを演じようとしても限界があるってこと」


「物語のように魔法で上手く誤魔化せないの?」


「所詮、物語は物語だから・・・、ハハハ」


 キースヴェルは何かを想像したらしく、豪快に笑い出した。ライラは余計なことを口走ってしまったと後悔する。


(物語のようになんて、夢見る少女のような発言をしてしまったわ。お話の中で敵の居城に潜入する展開って良くあるけど、ほとんど難なく進むのだもの。しかも、魔法も使わずに・・・。だけど殿下の言う通り、現実で人を欺くのは難しいわよね。それこそ、今から会う人たちと私は全員初対面なのだから。誰が誰か分からない状態で、上手く騙せる確証なんてないわよね・・・)


 ライラは、キースヴェルの現実的な考え方を見習い、バレても堂々としていようと決意した。その後、経路を確認し終えると一行は王都へ向けて出発した。



―――――数刻後。王都の小高い丘を登った上にある王宮へ一行は到着。


 馬車から黒い衣装を着た女性が降り立った。ライラの扮する第二王女メイスである。本来ならば彼女は隣国で拘束されている身なのだが、母親の急逝に伴いサンチェスキー王国の国王陛下が恩情を与え、母の葬儀に駆け付けることが出来たという体なのである。そして、第四王子キースヴェルは彼女の見張りとして同行した。当然だが二人が婚約したとか、そういうおめでたい理由では無い。


 ライラの扮する第二王女メイスは黒いベールで顔を覆いハンカチで目元を押さえつつ、出迎えに挨拶を述べる。


「メイス、只今戻りました。お母様はどちらに」


 メイス(ライラ)の問いに、出迎えに出て来た執事が答えた。


「王女殿下。お妃さまは聖堂の方へ安置されております。先ずは、お部屋で旅の疲れを癒されてから、お向かいになられてはいかがでしょうか?」


「――――分かったわ。キースヴェル王子殿下のお部屋のご用意もお願いするわね」


「はい、かしこまりました」


「執事殿、サンチェスキー王国の王子キースヴェルだ。世話になる」


「初めまして、キースヴェル王子殿下。ごゆっくりお寛ぎいただけるお部屋をご用意いたします。今しばらくサロンにてお待ちいただけますでしょうか?」


「分かった」


 キースヴェルには、中庭の左側にある離宮を用意すると執事は言った。そして、護衛騎士の部屋も同じ建物内に用意してくれるらしい。


「執事どの。僕はメイス殿の見張り役としてここへ来た。申し訳ないが彼女の部屋も離宮に用意してくれないだろうか。僕の目が届くところに・・・」


 キースヴェルのこの言葉を聞いた執事は眉を寄せる。


(嫌そうな表情を隠そうともしないのね。この人、本当に王宮の執事なのかしら)


「―――――分かりました。王女殿下もそれで宜しいでしょうか?」


(えっ、私に確認するの!?)


「ええ、お願い」


「承知いたしました」


(えっ、えっ、何?何で睨まれたの!?)


 執事はライラに鋭い視線を投げかけた後、スッと踵を返してその場から去った。ここからは侍女たちが一行をサロンへ案内してくれるとのこと。ライラたちは、誘導に従いサロンへと向かう。


(それにしても、全く知らない王宮って、部屋の配置も通路も分からなくて少し怖いわね。後で殿下やロザリア様と非常時の逃走経路くらいは確認しておこう)


 脳内では色々な危険を回避しようと考えを張り巡らせるライラだったが、傍から見ると母親を急に失って、喪失感に囚われているようにしか見えなかった。そもそも、第二王女メイスは気性が荒い性格だったため、黙って歩いているだけで王宮の侍女や衛兵は十分驚いていたのである。


 “あの第二王女メイスが弱っている”と。

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