第20話 19、身代わりになった日

「ふざけるんじゃないわよ!私を誰だと思っているの!!」


 耳の奥に焼け付く金切り声。第二王女メイスは予想通り抵抗した。何故、自分がライラの身代わりをしなければならないのかと・・・。


(まあ、嫌だという気持ちは分からなくもないけど)


 ライラが、取り乱すメイスに少し同情した頃、キースヴェルはメイスに向かって何かを呟いた。すると、メイスは別人のように黙り込んでしまう。目は開いているが、その眼には何も映っていないようで、分かり易くいうと抜け殻のような状態になったのだ。


(初めて、目の前で魔法を誰かに掛けているところを見たわ。魔法・・・。こんなに怖いことが簡単に出来てしまうのね)


 知らない一面を目の当たりにして、ライラは一気に怖気づいてしまう。


 キースヴェルはライラの異変に気付いていた。そして、ライラが自分に対し、怖いという感情を持ったということも・・・。ただ、隠しておいたところで、今後、人生を共にするのなら、いつかは知れてしまうことである。それが今日だっただけだということ。キースヴェルは、ライラなら自分が何をしても受け止めてくれるだろうという根拠のない自信があった。


「ララ、メイスはライラ風になった。だから、ララにもメイス風になってもらうけど、心の準備はいい?」


「え、ええ、いいけど。もしかして、私もメイスみたいに意識が飛んだ状態になるの?」


「いや、ララには、メイス風に見える幻惑魔法を掛けるだけだから、精神にまでは干渉しない。安心して」


「――――分かったわ」


 ライラは、怖い気持ちを無理やりかき消して頷いた。キースヴェルは、ライラの頬へ手のひらを当てると呪文を唱え始める。何を言っているのかはライラには分からない。だが、手のひらからピリッと冷たい何かが流れ込んでくるような感覚がした。


「はい、終わり」


「終わり?」


 ライラは両手を広げて、大きな深呼吸をした。


(はー、緊張した!!)


 キースヴェルはライラの頬を優しく撫でる。ライラは笑顔を浮かべながら、彼を見上げた。


「メ・イ・ス殿、よろしく!」


「はい、キースヴェル王子殿下」


 ふたりはぎこちない(ワザとらしい)挨拶を交わした。


「あのう、早速ですが、ライラ様(中身はメイス)をクルム侯爵邸へ連れて行ってもいいですかー?」


 後ろで控えていたジョージが聞いてくる。キースヴェルはジョージに近寄り、小声で何か指示を出していた。内容は聞こえないが恐らく、魔女カッサンドラを誘導して、クルム侯爵邸を襲撃させるための段取りだろう。


――――ふたりのやり取りが終わる頃、陛下が部屋にやって来た。


「おや?もう入れ替ったのかな???」


 陛下は、ライラとメイスを交互に見ながら首を傾げる。


「父上、こちらがララです」


 キースヴェルが、ライラの方を指差す。


「ライラ嬢、隣国まで気を付けて行ってくるんだよ。キースヴェルが居るから大丈夫だとは思うが、念のため、これを・・・」


 陛下は懐から、紫色の布で包んである何かを取り出した。そして、その布を外す。中から出て来たのは紫紺色のブローチだった。陛下は、それをライラへ手渡す。


「イザという時にはこれを使いなさい。この王宮へ転移する魔法がかけてある。発動条件はブローチを握りしめて、戻れ!と願うだけだからね」


「――――ありがとうございます」


 ライラは、受け取ったブローチを直ぐに胸元へつけた。国王陛下は柔らかな微笑みを浮かべて、ライラを見詰めている。


「父上、これからジョージがライラ風のメイスをクルム侯爵邸へ連れて行きます。それと、かの辺境伯(ベルゼー辺境伯)が動くのは、二日後から三日間の予定です。この後、僕達はエスペン王国へ向かい、国王ラドクリフとは明後日面会します。三日後にサンチェスキー王国がバイラ公国から攻撃されているという連絡がエスペン王国へ入り次第、ここへ戻りますので、くれぐれも伝書鳥を僕へ飛ばすタイミングを間違えないよう気を付けて下さい。」


(大体、バイラ公国から攻撃を受けて、それを伝書鳩が伝えて、私たちがエスペン王国から慌てて戻るという計画に加えて、私達がエスペン王国へ行っている間に、魔女カッサンドラも囮を使った罠で捕まえようだなんて・・・。詰め込み過ぎじゃない?――――殿下って、味方だと心強いけど、絶対、敵にはしたくないタイプだわ!!それに第四王子が、この入り組んだ計画を作って国王陛下に指示を出すだなんて、冷静に考えたらカオスじゃない?)


 ライラは視線だけでキースヴェル、国王陛下、ジョージを辿った。彼らはこの第四王子キースヴェルが全権を握っているような状況に、一片の疑問も抱かないのだろうかという疑問と共に。


「ああ、その辺の段取りは宰相も把握しているのだろう?指示通りに進めておくから、心配は要らない。とにかく、キースとライラ嬢はケガをしないよう気を付けて行ってくるんだよ」


 相変わらず優しい国王陛下は、最後までライラとキースヴェルの身の安全を案じている。ライラはあの大嵐のお見合いで、ダメな親と心の中で罵ってしまったことを謝りたい気分になった。だが、口には出せない。代わりに笑顔で受け止めて、こう言った。


「国王陛下、ご心配して下さり、ありがとうございます。殿下と一緒にエスペン王国の現状を探り、より良い方向へ導けるよう頑張って参ります」


「ああ、苦しんでいる者が多いと報告を受けている。よろしく頼むよ」


「はい」


―――――――


 その頃、魔女カッサンドラは、王都郊外の森にある洞窟に潜んでいた。彼女は打開策が浮かばず頭を悩ましている。それはライラをどうやって襲撃しようかということ。クルム侯爵家は過去に侵入した時よりも、かなり警備が固くなっており、単独で乗り込むのは難しくなっていた。その上、彼女がサンチェスキー王国で、ライラに関することを探ろうとしても、何故か何も掴めないという状況が続いていたのである。


というわけで、時間だけが過ぎて行き、バイラ公国で大公と交わした契約が魔女カッサンドラの首を絞めつけていく。


「何か掴まないとあたしの命が吹っ飛んじまう・・・」


 魔女カッサンドラは懐から小さな水晶玉を取り出し、ライラの姿を映し出せと命令した。どうせ今日も何も映らないだろうと諦めていたが、ライラと騎士の男が馬車に乗り込んでいく情景が水晶玉に映し出される。


 慌てて身を起こし、水晶玉を覗き込む魔女カッサンドラ。ライラの周辺を映せと水晶玉に命じると騎士服を男が五人映った。しかし、あの忌々しい第四王子の姿はそこになかった。


 魔女カッサンドラは、第四王子キースヴェルに苦手意識を持っている。ライラの近くにいつもいて、ヘラヘラしているだけの王子。理由は分からないが、己の勘があの王子には近づくなというのだ。


 これはチャンスがやって来たのかもしれない。魔女カッサンドラは袖から小笛を取り出して吹く。これは鳥たちを操る笛。あのライラと騎士たちが、これから何処へ向かうのかを探らせるため、鳥たちを使うのだ。


 ふっふっふ・・・。真っ赤な唇を歪め、ライラの屍を想像する。


「――――あたしの勝ちね」


 自身の勝利を疑わない愚かな魔女の高笑いが、洞窟に響き渡った。

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