第19話 18、甘いお菓子と甘くない話

「ベルゼー辺境伯に乗り込んでもらおうと思う」


「――――ベルゼー辺境伯?」


 ライラが聞いたことのない名前だった。この国にそういう名の辺境伯は居ない。


「バイラ公国の辺境伯だよ」


 キースヴェルは飄々と答えた。


(隣国の辺境伯に乗り込んでもらうって、何かの隠語なのかしら。例えば作戦名とか?)


 ライラは、キースヴェルのいう話の意味が分からなかった。


「殿下。叔父への伝達は、このアニータにお任せください」


「ああ、三日ほどでいいと伝えてくれ」


「はい、かしこまりました」


「ええっと、ごめんなさい。もしかして、アニータ様の叔父様というのは、ベルゼー辺境伯さまのことなのかしら?」


 ライラは、アニータへ尋ねる。すると、アニータは目元を緩ませ笑顔になった。


「はい、ベルゼー辺境伯は母の弟なのです。叔父はサンチェスキー王国に友好的ですので、ご心配は無用です」


「そうなのね。それで、ベルゼー辺境伯さまには、どちらへ乗り込んでいただくのかしら?」


 ライラは先ほどから気になっていた疑問を口にした。すると、全員がライラの方へ、一斉に視線を向ける。


(もしかして、把握していないのは私だけ!?)


 キースヴェルは人差し指をくちびるの前に立てた。これは声に出して言うべきではない話題ということだろう。そして、彼は着座しているライラへ近づくとその耳元へ唇を寄せた。


「それは当然、我が国にだよ」


「―――はぁ?」


(隣国の辺境伯さまにお願いして我が国に乗り込んでいただくって、どういうこと?それに・・・乗り込むって、馬で駆けこんで来るとかそういう意味ではないわよね)


 ライラは飛んでもない計画を聞いて、つい間抜けな声を出してしまった。キースヴェルは、今一度、ライラの耳元にくちびを寄せ、更に詳しい説明を始める。


「偽りの宣戦布告をしてもらうんだよ。で、それを理由にして、堂々とバイラ公国を潰す」


「――――それ、ズルじゃないですか?」


「ズルではない。こういうのは奇策と言うんだよ」


 ニヤリと悪意のある笑み程を浮かべるキースヴェル。ライラはゾッとした。


(時折感じるこの恐怖感・・・。見た目がきれいな分、迫力があるというか何というか・・・)


「それから、第二王女メイスのことだけど、いい感じに見た目がララに似ているだろう。だから、魔女カッサンドラの囮に使っちゃおう。ジョージ、僕がクルム侯爵邸に彼女をララの身代わりとして連れて行くから、襲撃を受ける体で準備を整えてくれ」


 キースヴェルはジョージに命令した。ライラはキースヴェルの鬼畜な方針に開いた口が塞がらない。『第二王女メイスならケガをしても構わないよね!』くらいのノリだったからである。


(襲撃を受ける体でって、それ、魔女カッサンドラから殺されそうになれってことでしょ?殿下、酷くない!?――――まあ、あの王女(メイス)なら魔女を返り討ちにしそうだけど・・・)


「はい、かしこまりました」


 いつものグダグダではなく、シャキッと背を伸ばしてジョージは答えた。


(これは正式な命令と、それを受けたということね。『人道的にどうなの?』って、口を挟みたかったけど、そういう雰囲気ではなさそうだわ)


「そして、ララは第二王女メイスとして、僕と一緒にエスペン王国へ向かう」


「私が第二王女メイスのフリをして母国へいくのですか?それ無理がありますよね。だって、あの方のしぐさや人間性も知らないし、交友関係も分かりません。急に親しい人に出会ったらどうするつもりですか?」


 ライラは無理だと反論した。しかし、キースヴェルは自信満々にこう答える。


「細かなことは幻惑魔法でどうにかする。だから、心配は要らないよ」


 あっけらかんとした回答にライラはため息を吐いた。


(魔法でどうにかするですって!?そんな軽い感じで本当に大丈夫なの?他国へ行くのに??)


「まあ、一度、国王ラドクリフには会っておきたいんだ。そこで、僕の考えた打開案をエスペン王国へ提案しようと思っている。これ以上隣国の人々が苦しんでいるのを放置したり出来ないだろう。それとララと宰相閣下の今後のことも、ハッキリとさせたておきたいからね」


 キースヴェルの言う正論に、ライラは反論できなかった。


「では、サーニャとアニータはバイラ公国の対応をしてくれ。ロザリアは僕達のサポートを、ジョージは偽ライラ(第二王女メイス)をよろしく頼む!」


 キースヴェルは話を取り纏めると用意されていた椅子に腰かけた。ヨウカンの乗ったお皿をそれぞれの前にジュリアンが置いて行く。その背後からエレノアは透明感のある若葉色のお茶を皆のカップへと注いでいった。


「このお茶に使用している茶葉も東の国から取り寄せました。爽やかな香りとすっきりとした渋みが特徴のお茶です。甘いヨウカンと合いますので是非、ご一緒に召し上がって下さい」


 アニータは皆に向かってテーブルに置かれたお菓子とお茶の解説をした。ライラは見たこともない色のお茶に目を惹かれる。


(きれいな色だわ。まるで新緑のよう・・・。東の国の食文化は、未知の世界で楽しい気分になって来るわ)


「アニータ!!これ凄く甘いけど、旨いよ!!」


 皆がカップのお茶を眺めている間にジョージはヨウカンをパクっと食べて、一番に感想を述べた。


「何だかさ~、コレって、力が漲って来そうなお菓子だよねー!」


 モグモグと咀嚼しながら話す、ジョージ。


「あんた、食べてから喋りなさいよ。みっともないわ!!」


 ロザリアがいいタイミングで突っ込みを入れた。それを横目にライラはフォークとナイフを使って、ヨウカンをカットしようとしたのだが・・・。


(えっ、何コレ!?硬っ!!フォークを刺すのに物凄く抵抗を感じるのだけど!!ええっと、お豆で作られているのよね、どういう作り方をしたらこうなるのかしら)


 ライラは指先に力を込めてナイフを下ろし、ヨウカンを一口サイズにカットした。そして、それを口へと運ぶ。


 モグモグモグ・・・。


(あ、コレ美味しい!!上品な甘さと共にしっかりとお豆の味がする。そして、思っていたよりも硬く無いし、舌触りも滑らか!!)


 サンチェスキー王国の豆を使った料理は塩味が一般的なため、ライラは甘いお豆のお菓子とはどういうものなのだろうと考えていた。しかし、ヨウカンはそんな想像をはるかに超える一品だったのである。


(お豆の皮が入ってないのは、もしかして手間暇かけて皮を取り除いたってこと?それに、私の知っているお豆って、大体、中身もボソボソしているけど、これはしっとりとしていて食感がいいわ。東の国のお菓子作りの技術って、凄いのね!!)


「アニータ様、とても滑らかで美味しいです。このお菓子はどうやって作られているのでしょう?私の知っているお菓子作りでは、手順の想像がつかなくて・・・」


「ライラ様、ありがとうございます。ヨウカンは、まず、あんこという材料を作ることから始めるのだそうです。あんこ作りは、お豆を煮る・こす・練るという面倒な作業工程が必要だと聞きました。その際に大量のお砂糖も投入するそうです。そして、海藻から出来た寒天というものを使って、あんこを鍋で加熱しながら練り上げるとヨウカンが出来上がるとのこと。残念ながら、細かな手順や分量までは存じておりませんが、とにかく手間がかかるお菓子なのです」


「あら、そんなに手間がかかるの?だとしたら、真似して作るのは難しいでしょうね」


 ロザリアが横から会話に入って来た。ライラも彼女と同じようなことを考えていたので、うんうんと頷く。


「もし、僕が東の国へ行く機会があったら、職人をスカウトして来ようか?」


 キースヴェルが軽い口調で乗っかって来る。


(職人を連れて来るって発想がもう王族だわ・・・)


 その場にいた女性陣が若干引き気味だったのに反し、ジョージは喜んだ。


「殿下!いいアイデアですね。どうせなら世界中のお菓子職人を移住させて、サンチェスキー王国をお菓子の国にしませんかー?」


(―――お菓子の国って、おとぎ話じゃないのだから・・・。それに、ジョージ様のその発言は暗に世界中を巡ってお菓子職人をスカウトして来いと殿下に言っているようなものだと思うのだけど)


「ああ、いいかも知れないね。考えておくよ」


(あれ、ジョージ様の意見を否定しなかった。もしかして、お菓子のために世界一周しちゃうつもり?殿下、本当はお菓子が大好きだったの??)


 キースヴェルはライラがお菓子好きなので、ジョージの提案に乗っかっただけだった。しかし、ライラは自分が原因だとは思っていない。それもその筈、当の本人は、自分がお菓子好きだと自覚していないのだ。

 

 そもそも、キースヴェルが側近たちに世界のお菓子を集めさせてお茶会を催しているのも、一重にライラを喜ばせたいからだった。そんなキースヴェルの努力が、ライラに伝わるまでの道のりはまだ長いだろう。


 しかし、キースヴェルは、そんな小さなことはどうでも良かった。目の前で彼女の幸せそうな顔を見られるなら、それが一番の幸せだと思っているからである。


 何も知らないライラはヨウカンの最後の一口をじっくりと味わいながら、キースヴェルに向かって、呑気に笑みを溢していた。


 キースヴェルは、静かに心の中で誓う。


“ララ、君が望むこと、望むものを僕は与え続けると約束しよう。君が望んだから、エスペン王国の国民は必ず僕が守る。今回、第二王女メイスの身代わりなんて無茶なお願いをしてしまったけど、許してくれ”

 


ーーーーー

 皆は大雨が降り注ぐ中、次の作戦に向けて馬車で帰っていった。それを正面玄関から見送るライラとキースヴェル。ライラは突然脳裏に浮かんだ質問を、キースヴェルへ投げかける。


「殿下、バイラ公国の大公は何故、娘ローレンスをエスペン王国へ嫁がせたのでしょう?だって、私の母(リン王女)が即位したら、一生、日の目を見ないのですよ。それなら、もっと確実な方法を考えた方がいいと思いませんか?今更ですけど・・・」


「その原因は我がサンチェスキー王国にあると言ったらどうする?」


(バイラ公国の大公の悪だくみの種が、我が国にあるってこと???)


「それ、どういう・・・」


「僕の政敵、ピッツペートス公爵閣下が、リン王女に振られたって話があるんだけど聞きたい?」


「!?」

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