第18話 17、二回目のお茶会が開催された日
本日、急遽、クルム侯爵家に気の知れたお茶会メンバーもとい四人の諜報員が集められた。バーベル伯爵家のサーニャ、マイアード伯爵家の双子の姉ロザリアと弟ジョージ、そしてダントン子爵家のアニータである。
「あー、今日も大雨・・・。どうして!?」
「ララ、もう諦めた方がいい。僕達は雨男と雨女。だから、ふたりが一緒にいるとパワーアップするんだ!!つまり、僕らは大雨カップル!!」
「―――――そんな宣言は要りません!!」
ライラはキースヴェルにツンとした態度で言い返す。もはや“ツン”の効果は全くないのだが、癖なので仕方がない・・・。
「殿下、イチャつくのは後にしていただいてもいいですか?」
ロザリアがこの場を取り仕切る。開催されるタイミング的にもロザリアの声色からしても、これは楽しいお茶会というわけではなさそうだ。ライラは気を引き締める。しかし・・・。
「ねえ、ヨウカンは?」
ジョージは空気を読まなかった。
「―――――あんた!バカなの?空気を読みなさいよ!!しかも、また“ねえ”って言っているじゃない」
「あー、ごめんロザ。だけど、もしかしたら、アニータのことだから手に入れてるかもって思ったんだよー!」
反省しているのかしていないのか、微妙なジョージの発言をロザリアは眉間を揉みながら聞いている。
(ロザリア様、多分、怒りを抑えている?姉弟って大変なのね・・・)
「ロザリア様、実は・・・」
アニータは申し訳なさそうにロザリアへ話しかけた。しかし、ロザリアは彼女の話を最後まで聞かずに遮ってしまう。
「もう、ごめんなさいね、アニータ。ジョージの無神経さを謝るわ。気にしないで!」
「いえ、違うのです。これを・・・」
アニータは木の皮に包まれた何かをテーブルへ置いた。
「今朝、東の国からの船が入りましたのでお持ちしました。これが前回お話したヨウカンです。切り分けを使用人の方にお任せしても宜しいですか?」
「ええ、勿論。エレノア、お願いできる?」
「はい、ライラ様。直ぐに切り分けてお持ちいたします」
エレノアはライラにそう答えるとアニータからヨウカンを受け取り、一礼して部屋から出て行った。
「あ、あら、本当に持って来て下さっていたのね。アニータ」
「はい。ですので、ジョージ様のことはどうぞ許してあげて下さいませ」
「え、ええ、そういうことなら・・・」
「ほら!僕の読みが当たったじゃん!!アニータありがとう!!」
アニータとジョージは視線を交わして微笑み合う。ロザリアは複雑そうな表情で二人を見ている。ライラは何だかその様子が面白くて、つい笑ってしまいそうになり、下を向いて堪えた。
(アニータ様とジョージ様は仲が良かったのね。ここで笑ったら、アニータ様のためにジョージ様を叱咤したロザリア様が傷ついてしまう。絶対笑ってはダメよ、私!!)
「では、使用人の方を待っている間に、わたしから新しい情報を皆さまへお伝えしても宜しいでしょうか?」
一番冷静そうなサーニャが、キースヴェルに了解を求める。
「ああ、頼む」
「バイラ公国に置いている配下の報告に寄りますと、先日の夜会で故リン王女の夫と娘が見つかったという情報は大公へ翌日の午前中に伝わったとのこと。また、その翌日の夜、大公の娘でエスペン王国の王妃ローレンスが亡くなったという情報が入り、彼は側近を招集しました。それから、魔女カッサンドラの件ですが、殿下が予想されていた通り、クルム侯爵閣下とライラ様の暗殺を目論んで、バイラ公国から姿を消しました。現在はサンチェスキー王国内に潜伏しており、居場所も把握しています。彼女の足取りは引き続き、配下の魔法使いに追わせます。王都に近づき次第、迅速にご連絡いたします」
(サーシャ様、バリバリと仕事が出来る雰囲気がカッコいいわ。―――――側近を招集したというのは、流石にバイラ公国の大公も娘が死んだと聞いて動揺したのかも・・・)
「魔女カッサンドラの件は分かった。で、大公は側近を集めて何をした?」
キースヴェルは、大公に関する詳細の報告をサーシャに求めた。
「大公は側近を集めて、エスペン王国の王妃ローレンスの葬儀は体調不良を理由に欠席すると決めました。つまり、ローレンスを一連の隣国侵略プランから切り捨てるということで、側近達と利害が一致したようです。ただ、魔女カッサンドラの動向次第で、彼らは掌を返すように方針を変える可能性もあるので引き続き注視していきます」
(なっ、娘の葬儀に仮病!?ロクな父親じゃないわね。一瞬、同情しそうになっていたけど・・・損したわ!)
「そうか。やはり切り捨てたか。本当、ロクな奴らじゃないな!」
(そうよ、そうそう!!)
「いえいえ、殿下もなかなかですよ!」
(えっ?どういうこと??)
横から余計な合いの手を入れたのはジョージだった。間を置かず、ゴツッと重い音が響く。ロザリアがジョージの頭上に拳骨を落とした音だった。
「痛ーっ!!!」
ジョージは両手で頭を抱えてしゃがみ込む。
「では、次はロザリア。エスペン王国の情報を教えてくれ?」
(え、殿下!?ジョージ様のことを無視しちゃうの???)
ライラは動揺した。ジョージは誰かに構って欲しいのか、大げさに頭を撫で回している。その様子を見ていると段々と居た堪れない気持ちが湧いて来た。
「はい、報告させていただきます。エスペン王国の王宮は、多くの出来事が重なり混乱しています」
ロザリアの話によると、混乱の原因となっているのは全部で三つあるとのことだった。
先ず、一つ目は、先日の夜会で第二王女の護衛騎士が抜刀しようとしたことにより、我が国で関係者全員が事情聴取を受けていること。二つ目は、故リン王女の夫と娘が見つかり“故リン王女は、現王妃ローレンスにより殺害された”という話が出て来たこと。そして、三つ目は、その犯人かも知れない王妃ローレンスが、国王ラドクリフの目の前で変死したということである。
「全て想定内だ。他には?」
「エスペン王国の貴族の間では、王妃ローレンスがタイミング良く変死したこともあり、故リン王女を殺害する指示を出したのは彼女で間違いないだろうという見解が強まっています。ただし、実行犯に関しての情報は出ていません。また、現国王の進退について、議論を始めようとする動きも出て来ました。そして、王妃ローレンスに傾倒していた者たちは、国外へ逃亡を目論んでいるようですが、我が国の国境を超えることは困難でしょう。反ラドクリフ派は、王妃ローレンスが表舞台から消えたことをあからさまに喜んでおり、故リン王女のご家族の帰国を願っているようです。最後に現在、国王ラドクリフは。王妃ローレンスの変死を目の当たりにし寝込んでいます」
(王妃ローレンスの死をあからさまに喜んでいる?それって、どうなの!?国内の状況が余程悪いということかしら、それにしても人の死を喜ぶのは良くないわね)
「寝込んでいる場合じゃないだろう・・・」
キースヴェルは呆れた声を出した。
(目の前で妃が死んでしまったのは、確かにショックだったでしょうけど、この一大事に寝込んでいるだなんて、国王ラドクリフ・・・。そして、己の身を守ろうと国外逃亡を企てる貴族たちも最悪!!何より、一番可哀そうなのは、そんな人達に統治されている王国民たちよ。――――もっと、詳しい現状を知りたいわ)
「ロザリア様、エスペン王国の国内情勢を教えて下さらない?」
ライラは初めて質問した。ロザリアは、にっこりと微笑んでから口を開く。
「はい、国内は一言でいうと破綻しています。王家の浪費と言いますか・・・、バイラ公国にかなり高額な資金が流れているようです。まあ、搾取されていたと言った方が良いかもしれないですね。他には一部の貴族も私腹を肥やしており、荒れ放題の領地も一つ、二つではありません。具体的に言うと貧困層が急増しております。ここで疫病の一つでも流行れば、かの国は壊滅するでしょう」
(貧困層・・・。この大陸は豊富な資源があって、比較的豊かだと言われているのに???)
ライラは眉間に皺を寄せる。
「ララ、エスペン王国は既にバイラ公国から乗っ取られている。もはや、国としては機能しておらず、バイラ公国の資金源として存在していると思った方が良い。ただそれも、そろそろ枯渇しそうになって、バイラ公国はエスペン王国・第二王女メイサを使い、我が国に手を伸ばそうとしたんだ」
「そんな・・・。国民たちはどうなるの!?」
全員の視線がライラへ集まる。そこへ、エレノアが戻って来た。先ほど切り分けて欲しいと言われたヨウカンをワゴンに乗せて・・・。
「もしかして、タイミングが悪かったですか?」
エレノアは空気を読んだのか、バツが悪そうに近づいて来る。ジュリアンが壁に向かって肩を揺らしている(笑っている)のは見なかったことにしておく。
「いいえ、切り分けていただきありがとうございます。皆さま、甘いものを食べると頭の回転が良くなると書物で読んだことがあります。一度、休憩を挟みませんか?そして、いいアイデアを出し合いましょう」
アニータはエレノアへお礼を告げた後、全員に向かって休憩を挟もうと提案した。
「わー、それがヨウカン!?黒っぽいんだねー!!」
真っ先にショージがヨウカンへの興味を示す。その他の者たちは互いに目配せをして、休憩にしようと頷き合った。
(話の内容が重いというか、重要過ぎて安易に進められないというか・・・。ここで、一度休憩を取るのはいいかもしれないわね)
「では、皆さま。一度、椅子に座りましょう」
アニータに促されて、皆は室内に用意されたテーブルセットの方へと移動していく。しかし、キースヴェルだけは腕を組み視線は床に落としたままで、その場から動こうとしない。
(ん?殿下。何か考え中??)
ライラは横目で気にしながら、先に椅子へ座った。数分程、皆で静かにキースヴェルを待っていると・・・。
「――――ええっと、みんな、ちょっと聞いてくれないか?」
キースヴェルは顔を上げ、静かな口調で大胆な作戦を語り始めた。
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