第22話 21、エスペン王国のお家事情を知った日 上

「殿下、面会したいという女性がお見えになられていまして・・・」


「誰?」


「ダイアナという女性です」


「ダイアナ?もしかして、第一王女のダイアナか?」


 ダイアナは一切情報が掴めない王女という認識がキースヴェルにはあった。これまで諜報員を送り込んでも、彼女が今何をしているのかを掴むことが出来なかったからである。そんな相手が自らやって来るとはどういうことなのだろう。


「いえ、それが・・・。侍女の恰好をしていらっしゃいましたので、彼女が王女殿下かどうかは・・・。わたしには分かりかねます」


 ロザリアは先ほど廊下で王子に会わせて欲しいと足元に縋りつきながら懇願してきた侍女の姿を思い浮かべた。あれが第一王女だという確信は全くない。


 キースヴェルは少し考える。エスペン王国の第一王女の情報は異常なくらい少ない。しかし、第一王女が果たして侍女の服を着て王宮を歩いて回るだろうか?別人?それとも何か大きな事情があるのか・・・。これは考えても答えが出ないと判断し、ロザリアへ返答した。


「連れてこい」


「はい、承知いたしました」


 隣室で仮眠(お昼寝)しているライラを起こしに行くべきか否かと悩んだが、一先ず、キースヴェルは一人でダイアナと名乗る女に会って話を聞くことにした。必要なら隣室に居るライラを呼びに行けばいいだろう。


 コンコン。


「連れてまいりました」


「入室を許可する」


 先程とは違い、硬い返答をする。察しの良いロザリアは音を立てずにドアを開けると、恭しく礼をしてから一人の侍女を連れて部屋に入って来た。


 侍女はうつむいたままで、キースヴェルの言葉を待っている。


「顔を上げろ」


 侍女がゆっくりと顔を上げていく姿を見て、キースヴェルは背筋が凍っていくような感覚がした。目の前にいる侍女の顔が第二王女メイス以上にライラとそっくりだったからである。彼女は第一王女のダイアナで間違いないだろう。


「名はダイアナと言ったか。用件は何だ?」


「突然訪問してしまった無礼をお許し下さい」


 侍女は深々と礼をした。


「私はダイアナと申します。普段は侍女をいたしておりますが、実は、この国の第一王女でして、妹に会わせていただきたく参上いたしました」


「ちょっと待て、“普段は侍女”とはどういうことだ」


「はい、私は国王の私生児なので普段は王宮の侍女として働いております」


「私生児?あなたは王妃ローレンスの子ではないということか?」


 ダイアナは自分の母親はエスペン王国のチャーリー公爵家の長女ベアトリーチェだとキーズヴェルに告げた。そして、エスペン王国の知られざるお家騒動を語り始める。


 チャーリー公爵家の長女ベアトリーチェはラドクリフ(現国王)の婚約者だった。二人の婚姻はラドクリフが十八歳を迎える年に行われると決まっており、ふたりは幸せな結婚を夢見ていたのだという。ところがあと半年後には結婚するという時になって、ラドクリフ宛にバイラ公国から婚姻話が持ち掛けられた。


 仲介者はサンチェスキー王国のピッツペートス公爵。断れば、エスペン王国に圧力を掛けて来ることは目に見えている。当時の国王は頭を悩ませた。当たり障りがないように断るため、ベアトリーチェとの間に子を儲けてはどうか?とラドクリフ王子に提案したのだという。


 バイラ公国との縁談を先延ばしにし、時間を稼いでいる間にベアトリーチェは予定通り身籠った。彼女の妊娠を公表してバイラ公国からの縁談を断ろうとしたタイミングで王女レンが何者かに殺害された。


「色々と指摘したいところが多いが、話を続けて・・・」


 いつもなら鋭い指摘をするところだが、気を遣うキースヴェル。既にダイアナが大きな瞳から涙を流していたからである。


「は、はい、聞いてください」


 国王は次期女王として育てて来たレンを殺害され、ショックの余り倒れた。急遽、国家の舵取りを担うことになったラドクリフは、ベアトリーチェのことを公表すべきかで悩む。姉と同じように彼女も殺害されてしまうのではないか?と。


 情けなくも妙案が思いつかなかったラドクリフは、チャーリー公爵とベアトリーチェの三人で今後のことを話し合った。


「そして、祖父は私の母を嫁がせないことを決めました。そして、王家の血を引く赤子の存在はチャーリー公爵家一族の命を危険に晒してしまう可能性がある。だから責任を取って、赤子は王宮で育ててくれと父へ言ったそうです」


「何ですって!!!!」


 大きな声を上げ、扉を開いて入って来たのはライラだった。キースヴェルは咄嗟にメイスと呼ぶべきか、ライラと呼ぶべきかで躊躇してしまい不覚にも言葉に詰まる。


「あ、あの・・・」


 ライラの勢いに押されて、ダイアナは目を泳がせる。


「ダイアナ、話の続きを聞かせて頂戴!!」


 ライラはメイスの身代わりということをすっかり忘れて、エスペン王国のお家騒動の話に踏み込んだ。


 生まれた子を王宮で育てて欲しいと言われても無理があるとラドクリフは反論する。それは愛するベアトリーチェを手放したくなかったからだ。彼女を諦め、赤子だけ育てろと言うような案には頷けない。


 しかし、チャーリー公爵は冷たく言い放った。『赤子は渡すが、我が娘には今後一切近づかないでいただきたい』と。


―――――七か月後、一人の侍女が女の赤子を連れて王宮へ上がった。


「私を連れて王宮に上がったのはチャーリー公爵家の侍女レリアンでした。彼女は母(ベアトリーチェ)の専属侍女で、父(ラドクリフ)は母に会いに行くといって彼女と密会を重ねていたという筋書きにする予定でした。しかし・・・」


「その後、あなたの本当のお母様は・・・。いえ、想像するだけでも心が千切れてしまいそうだわ。愛する子を手放さなないといけないなんて・・・」


 ライラの瞳から自然と涙が零れる。一方、キースヴェルはこれくらい良くある話だと思っていた。王家なんてロクなものでは無いということを知っているからだ。ただ、ここで本音を言うのは無神経というものだろう。


「母は私が王宮に連れていかれた日に・・・・命を絶ちました」


「あああ、もう無理!!!」


 ライラはテーブルに突っ伏して泣き始めてしまった。釣られて、ダイアナも大粒の涙を溢し始める。初めて会った二人が身の上話で意気投合して号泣。


 キースヴェルはこの状況をどうしたらいいのかと視線を彷徨わせた。だが、視界に入ったロザリアまで目元をハンカチで押さえている。もしかすると、ここで涙一つも溢さない自分の方がおかしいのかも知れない。だが立場上、話の続きを促さなければならないので、仕方なく口を挟んだ。


「泣きたい気持ちは分かるけど、続きを聞いても?」


「あ、はい、チャーリー公爵の立てた筋書きは上手く行きませんでした。母は長年病気を患っていて亡くなったことになり、その三か月後にバイラ公国の王女がエスペン王国へ輿入れして来ました。その腕に私を抱えて」


「えっ、待って!!どういうことなのかしら?」


「父(ラドクリフ)に子が生まれたと知ったバイラ公国は、その子をローレンスさまの子として育てることを提案して来ました」


「何故、そんなことを・・・」


「それは簡単なことだよ。ローレンスの子とした時点で、エスペン王国の次の女王はバイラ公国の王女の娘ということになるからね」


 輿入れの日付と各国へ発表した婚姻の日にズレがあるのは、赤子に会わせて日付を調整したからだという。そのため、世間ではレンが亡くなる前にラドクリフとローレンスは婚姻していたことになっている。妊娠を理由に婚儀を後送りにしたと言えば、不自然だとは思われない。


(先に生まれた子が次の世代を担うという王位継承の方式を悪用しているということなのね)


「――――はい、そうです。ですので、私はローレンスさまの地位を確立するために必要な手駒となったのです」


 しかし、第二王女メイスが生まれたことでダイアナの使命は終わった。彼女は侍女として王宮で働き、しかるべき時が来たら命を奪われる予定だったのだという。ところが王妃は突然変死。そして、第二王女メイスはサンチェスキー王国で拘束されるという事件が立て続けに発生した。ダイアナは何が起きたのかが知りたくて、キースヴェルの元へ来たのだと言う。


「なるほどね。彼女らが居なくなれば、あなたが死ぬ必要もないからね」


「殿下、言い方が酷いです」


「いえ、その通りなので・・・」


 ダイアナは視線を床へ落とした。死ぬしかなかった運命が変わるかもしれないと突撃したものの、そんなに都合のいいことがあるだろうか?と不安になって来たのである。


「ええっと、ダイアナ。先ず、顔を上げてくれ」


 ダイアナはキースヴェルの指示に従い、顔を上げた。


「ねえ、彼女の顔を見てどう思う?」


 キースヴェルはライラを抱き寄せ、彼女の顎を掴んでダイアナの方に向かせる。ダイアナはそこで初めてライラの顔をしっかりと見た。


「お嬢様はメイスに似ていますが違う方ですね。大変失礼ですが、どなた様でしょうか?」

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