第14話 13、真実を語った日
「殿下、バイラ公国のお話で出て来たベッキーって、私の侍女だったベッキーのことですか?」
ライラは四人組が去った後、キースヴェルに尋ねた。
「ああ、そうだよ。ベッキーはバイラ公国が送り込んだ隠密だ」
「何故、バイラ公国が我が家に隠密を?」
キースヴェルはライラから視線を外すと、顎に手を当てたままの姿勢で固まる。
(何か考えごと?それとも、私には言えないような内容なのかしら・・・)
「機密とかそういう類の話せない内容なら、無理に言わなくても構わないですけど・・・」
ライラは、フォローを入れる。
「うーん、そういう話ではないのだけど・・・。ちゃんと話したいから、場所を変えてもいい?」
「はい」
ふたりは侯爵邸の最奥にあるライラの部屋へ向かった。それは、この部屋が屋敷で一番安全な場所にあるからだ。キースヴェルは、エレノアとジュリアンへ廊下での待機を指示し、ライラの部屋に入ると防音結界を黙ってかけた。
「長くなります?」
「そうだね。きちんと話しておきたいから、少し長くなると思う」
「分かりました」
キースヴェルは、ベッキーの件を語り始めた。
一連の話は、二十年前、バイラ公国がエスペン王国に王女ローレンスを政略結婚の駒として送ったところから始まる。当時、王女ローレンスはエスペン王国の第一王子ラドクリフと結婚した。当然、次期王妃の座を狙って。しかし、エスペン王国は国王の第一子が王位継承権第一位となるため、第一王子ラドクリフの王位継承権は第二位だったのである。
「第一王子殿下の王位継承権が第二位というのはどういうことですか?」
ライラは、漠然と思い浮かんだ質問をキースヴェルに投げかけた。
「それは、国王の最初の子が女児だったからだよ。エスペン王国は基本的に第一子が後継者になる仕組みだから、後継者の性別は関係ないんだ。だから、エスペン王国の王位継承者の第一位は第一王女レン。ラドクリフ王子のお姉様ということだね」
「だけど、今のエスペン王国の国王はラドクリフ国王陛下ですよね?そのレン王女はどちらへ?」
「ーーーーー王女は留学先で亡くなったんだ」
(えー、一国の王女様が留学先で亡くなるなんて大事件じゃない!?全然知らなかったのだけど・・・)
「それはいつ頃の話?」
「二十年前の話だよ」
「二十年!?だから私は聞いたことがなかったのね」
「まあ、僕らが産まれた頃の話だからね」
「ええ」
(それにしても・・・・。二十年前、弟ラドクリフ王子へお嫁さん(ローレンス)が嫁いで来た頃に、お姉さん(レン)が亡くなるなんて、タイミングが良過ぎない?)
「ララ、疑問がありそうな表情だね。―――――何が気になったのか、口に出してみてごらん」
「もしかしてだけど・・・、王女レンって、殺されたの?」
「ああ、殺されたよ。間違いなく」
「―――――最悪」
「そうだね」
王女レンが亡くなった後、ラドクリフが王太子になり、王太子妃ローレンスは立て続けに女児を二人産んだ。エスペン王国は国王の第一子が王位を引き継ぐため、ラドクリフ王太子はまだ国王に即位していない状態で、次世代の心配が無くなったというわけである。
「だけど、当時、こんな噂があったんだ。レン王女には子供がいたと・・・」
「なっ!?それ、大変な話じゃない!!もし本当にお子さんが居たのなら、その子が王位継承権の第一位になるのでは?」
「ララ、その通りだ。話が早くて助かるよ。それでね、王妃ローレンスはその子を血眼で探して、探して、探し出したらしい」
“探して”と怖い表情と口調で話すキースヴェル。ライラはまるでホラー話を聞いているような気分になって、心臓がぎゅーっとなる。
「もう!!そういう話し方は止めて下さい!で、そのお子さんも、もしかして殺されちゃったの?」
「いいや、その子は何とか逃げ延びた」
逃げ延びたとはいえ、ラドクリフ国王陛下にとってレン王女の子の存在は王位を揺るがす脅威でしかない。もし、その子が名乗りを上げれば、レン王女が殺害されたことも明るみに出てしまう。そうなればラドクリフ国王は引退の上、処罰を受けるしかないだろうとキースヴェルは言った。
「あのう、話が大きくなって見失いそうになって来たのだけど、バイラ公国は何故、我が家にベッキーという隠密を送って来たのでしょうか?」
「それは、エスペン王国の王妃ローレンスが、レン王女の子を見張らせるためだよ」
「????」
ライラはここで話を見失った。キースヴェルが何を言っているのかが分からない。
(エスペン王国の王妃ローレンスさまが、レン王女の子を見張らせるために、我が家にベッキーを置いた・・・。誰を見張らせていたの?この侯爵邸は少ない使用人と執事と私しかいないのに・・・)
「殿下、誰を見張っていたのですか?我が家には該当する者がいない気がしますけど・・・」
キースヴェルは、黙ってライラを指差した。
「―――――はぁ?私!?そんなわけないじゃない!!大体、私のお母様は、お父様が留学先で出会った女性で・・・・・・。ん?んんん??まさか!?その女性が、レン王女さまだったとか???―――――えっ、本当に!?」
「そう、その通り。クルム侯爵の恋人は、レン王女で間違いない。僕が本人に直接聞いて確認したから」
(本人?レン王女は亡くなっているから・・・、あ、お父様!?そうか、殿下は、お父様からこのことを聞いたということね)
「あの秘密主義のお父様がよく教えてくれたわね・・・」
(おじい様やおばあ様が、何度聞いてもお父様は相手のことを言おうとしなかったのに、殿下には話しただなんて・・・、奇跡だわ!!)
ライラの口から本音が漏れ出る。サッと口を押えたが、キースヴェルは楽しそうな顔でライラを見ていた。
(くっ、余裕そうな表情が腹立たしいわー!!)
「僕はララが思っているよりも、侯爵に信頼されているんだよ」
「ソウですか・・・」
「おさらいすると、レン王女の忘れ形見であるララが表に出てきたら、王妃ローレンスは自分の立場が一気に揺らいでしまう。だから、実家(バイラ公国)の隠密ベッキーをララの見張りに置いた。王妃ローレンスは要注意だよ。勿論、バイラ公国もね」
「そうなのね・・・。もしかして、私に呪いをかけた魔法使いも、その仲間なの?」
「ああ、そうだよ。バイラ公国の魔女だ。すでに特定済」
「そ、そうなの?すごいわね」
(――――バイラ公国と王妃ローレンス、それに魔女。想像するだけで、悪質な人たちね。権力を手に入れるためにお母様を殺して、次は私を狙って・・・)
「で、第二王女を僕に送って来る目的って、何だと思う?」
「第二王女は余っているから、隣国の余っている第四王子に嫁がせようとか?」
「そんなわけないだろう?王妃ローレンスが噛んでいるんだから」
キースヴェルは苦虫を噛みつぶしたような顔を見せた。いつものポーカーフェイスは、お出かけしているようだ。
「ララ、この国の次の国王は誰だと思う?」
「第一王子のロスヴェル殿下ですよね?」
「表向きはね。だけど、ララなら分かるんじゃない?」
(この含みを持たせた感じ・・・。嫌な予感しかしないわ)
ライラは上目づかいでキースヴェルを見上げる。いつものようにニコニコしているのかと思ったら、真摯な表情で真っ直ぐに見詰められてしまった。
「まだ公言は出来ないから、これはただの独り言。サンチェスキー王国の王位継承権には産まれた順番よりも優遇される事項がある。それは魔力の強さだ。――――僕、王子キースヴェルは、五人の王子の内で唯一、魔法が使えるんだ」
「ということは・・・・」
「そう」
(なっ!?殿下が国王陛下になるってこと???ということは・・・、私が王妃???愛のない平凡な生活を望んでいたのに!?)
「殿下、いろいろと無理です。そんな話は聞いていません!!!詐欺です!!」
「詐欺?騙してなんかいないよ。だって、まだ公表されていないんだから・・・」
「むむむ、そんなズルい言い逃れを・・・」
「だけどさ、その非公表な話を、エスペン王国の王妃ローレンスは嗅ぎつけたんだよねー。僕を傀儡にすれば、サンチェスキー王国も手に入るって考えているんだろうけど。それに、エスペン王国から持ち掛けられた婚約の話は、僕がララに夢中って噂を流した後の打診だったから、第二王女は、君に見た目が似ているのかも知れないね。夜会で見たら分かるだろうけど」
「悪知恵が半端ない・・・」
ライラがため息を吐いた。キースヴェルは頷いて同意を示す。
(多くのことを一気に聞き過ぎて、目が回りそう。先ず、私のお母様が弟の妃に殺されて、お父様はそれを秘密にして私を守っていたってことね。あのお父様が、愛に生きるタイプだったなんて、それだけでも衝撃的だけど・・・。あと、腹黒いエスペン王国の王妃ローレンスは要注意!!)
無意識に頭を両手で抱えて唸っているライラを見て、キースヴェルは一気に話し過ぎたかと反省した。だが、この真実は舞踏会の前に話しておく必要があったのである。重い現実だが、二人で受け止めて乗り切るしかない問題なのだ。
「殿下。とりあえず、私が第二王女をギャフンと言わせたらいいのでしょう?」
「ブッ、ギャフンって!?」
キースヴェルが吹く。
「泣かして国に帰らせましょう。もう二度と来たくないって言うくらいに!!」
「ララ、君は僕の想像を超えて来るね!!」
キースヴェルは心配していた気持ちが一気に晴れた。ライラが相手をギャフンと言わせると言うのなら、乗るしかないだろう。
「よし!舞踏会の作戦を練ろうか?」
「ええ、練りましょう。私、最悪な女を演じます!!」
ライラは扇子を斜め前に突き出し、蔑むような視線を送って見せた。
「いいね。最高だ!!」
キースヴェルはライラを褒めながら、心の中で思った。ライラの“氷の薔薇”という二つ名は、作戦として上手く生かせるかもしれないと。
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