第13話 12、お菓子って奥深いと知った日
「もう、どうしてこんなに嵐なの!?」
未明に雨が降り出し、夜明けと共に風まで強くなってきた。今日はクルム侯爵家が主催するお茶会の日。せめて、茶会開始の午後二時までに雨脚が落ち着いてくれたらいいのにとライラは願っているのだが・・・。
「ララ、僕達には嵐が似合うってことだよ。諦めた方がいい」
背後でキースヴェルが他人事のように笑う。そこへ、ドーンと落雷の音と振動が同時にやって来た。
「あ、これ庭木に落ちたかもしれないね、アハハハ」
(笑う意味が分からない!!何が楽しいの。庭木に落雷って、大変な事態じゃない!!)
「殿下、やはりお茶会は中止した方が宜しいのでは?」」
扇子を口に当てて、冷静に告げるライラ。楽しみにしていたお茶会が中止になることを、とても悲しんでいるとキースヴェルに悟られるわけにはいかない。
「いや、それは大丈夫だよ。彼らはこれくらいの嵐で中止になるなんて思わないだろうから」
「殿下は気にしないのでしょうけど、結構、荒れていますよ。皆さん、ここへ辿り着くのも大変だと思いますけど?」
ライラは視線を窓の外へと送った。強風で飛んできた葉っぱが、ガラスに張り付いている。降り始めてからずいぶん時間が経つのに雨粒は大きいままで勢いも収まっていない。これは、河川の氾濫くらい起こっていてもおかしくないほどの豪雨だ。
それに、クルム侯爵家は王都の中心を流れる二級河川・モーリス川を渡った先の小高い丘の上にある。中心部から来るには、モーリス川とその支流に架かる数本の橋を渡り、最後は見通しが良くて雷が簡単に落ちて来そうな坂を登らなければならない。
「それから、(聞きたくもないですけど)殿下は、何故ここにいるのですか。まさか、昨夜、我が家に泊られたのではないですよね?」
「お泊りというか・・・。僕は今、侯爵の仕事を手伝っているからね。執事殿が部屋を用意してくれたんだ。しばらく滞在する予定だから、よろしくね」
「はぁ、事後報告ですか。殿下はやっぱり我が家を乗っ取るおつもりなのでは?」
「いや、僕はこの家を乗っ取らなくても困らないから」
(困らないって、そりゃあ“王家のお荷物”と言われても王族ですからね。生きて行くのには困らないでしょう)
ライラは、本日も理解し難いキースヴェルに頭を悩ます。
―――――――
午後一時を過ぎたが、まだ雨脚は弱らない。これはなし崩し的に中止になるのではないかと、ライラは正面玄関の脇にある柱の陰から外を眺めていた。すると、ロータリーに一台の馬車が入って来たのである。
(まさか・・・)
馬車を操る御者はずぶ濡れだった。彼が馬車の扉を開くと、黒いフードを被った四人組が小走りで玄関へ飛び込んで来る。
「嘘っ・・・、本当に来たわ!?」
「ララ、僕の言った通りになっただろう?」
「うわっ!!!!」
気配もなく、背後からキースヴェルが話掛けて来たので、ライラは飛び上がってしまった。神出鬼没なキースヴェルにライラの心臓はドクドクと強い音を立てる。
「すみませんが、安易に驚かさないでください。いつか心臓が止まりそうです」
ライラは胸に手を置き、呼吸を整えた。
「あー、それはごめん。癖でつい気配を消してしまうんだ」
(癖で?どうしたらそんな癖がつくのだか。適当な言い訳は信用出来ないわね)
ライラたちが言い争っているうちに執事とエレノアとジュリアンが四人組の濡れたフードを預かり、彼女らは使用人から受け取ったタオルで肩や顔を拭いていた。
「ごきげんよう、皆さん。本日は足元がとても悪い中、クルム侯爵家までお越し下さりありがとう」
ライラはキースヴェルを置いたまま、みんなに挨拶をしに行った。数歩遅れて、優雅な佇まいで現れたキースヴェルもキラキラの笑顔で挨拶を述べる。
「ごきげんよう、皆さん。嵐の中ありがとう。今日はゆっくりしていって下さい」
(堂々と、自分の家のように言うのね。やっぱり、乗っ取りする気なんじゃない?まさか、我が家に婿入りしようとか思ってないわよね・・・)
ライラが明後日の方向へ思考を傾けている間に、キースヴェルは本日の茶会会場へ彼らを誘導して歩き始める。
(あ、待って!!)
ライラは慌てて、後を追った。
――――――
「そうか、ポルク橋付近が・・・」
「ええ、小一時間ほどで決壊しそうでした」
エレノアとジュリアンがお茶を淹れている間に、四人組とキースヴェルが話している内容はライラの知るお茶会とは違って、とても真面目なものだった。
雨量が平年のこの時期では考えられない量だとか、河川の氾濫が起こりそうな箇所の指摘、避難指示を出した方がいいエリアなどの情報交換などなど。
これは災害対策本部会議なのでは?と思う内容が飛び交っている。
「皆さま、お待たせいたしました。お茶とお菓子をどうぞ」
ジュリアンが優美な所作で運んできたのは、デルハド王国の伝統菓子バームクーヘンとコーヒーだった。デルハド王国はエスペン王国の北にあるペニー山脈を超えた先にある。しかし、この山脈は標高が五千メートルを超える険しい山々が連なっており、道が整備されていない。そのため、この国からデルハド王国へ行くには一度、東のサンバルドン王国に向かい、北上しなければならないのである。
「これはこれは、珍しいものを!!」
最初にバームクーヘンが珍しいと口にしたのは、ダントン子爵家のご令嬢アニータだった。彼女は世界のお菓子に興味があるのだという。
「お菓子を観察するとその国が見えて来るのです。先ず、お菓子の材料は地元の農産品を使っていることが多いですね。そして、加工方法が複雑なほど、知識と技術があるという指標になります。また、見た目に気配りをしているなら、美的感性を大切にしている国だと言えますし、清潔な梱包への配慮が素晴らしい国は衛生管理の意識が高いと言えます!」
アニータは一気に捲し立てる。ライラは一言一句逃すまいと必死に聞いていた。こんなに面白い話をしてくれるお友達は今までいなかったからである。
いつものお茶会では誰が誰の親戚だとか、新しい何かを買っただとか、特別な何かを持っているだとか、そんなくだらないことばかりで軽く聞き流していたのだが、アニータの話を聞いていると、お菓子一つで世界の国々や文化のことを考えたり、作っている人や食べている人のことを考えたりと想像を膨らませることが出来るのだ。
「アニータさん。今までで一番印象深かったお菓子はありますか?」
お茶会で、自分から質問などした記憶がないライラ。しかし、今日はもっとアニータの話を聞いてみたくなった。キースヴェルはこの様子を見て、目論見通りだと心の中でガッツポーズをした。なぜなら、ライラを楽しませることが今日一番の目標だったからである。
彼女の呪いはキースヴェルの能力で解除できる程度の呪いである。だからこそ、呪いのことなんて気にせず、楽しい日々を送って欲しいと願っていた。
また、幼いライラに呪いなんて悪質なものをかけた某国の黒幕は、厳しく断罪しなければならないとも考えている。
「そうですねー。やはり、東洋と呼ばれる地域。この大陸の東の端にあるのですけど、そちらのヨウカンというマメを原料にしたお菓子が印象的でした。そのお菓子は、マメを大量の砂糖で煮て練り上げているのですが、形もレンガのようにきれいな形で揃っていて、長期保存も出来るのに美味しいのです」
「保存食なのに美味しいの?」
「ええ、美味しいんです。正直なところ、保存食の仲間に入れてしまうのは勿体ないと思います。食感も程よい柔らかさと硬さがあり、マメの種類によって色や味も変化するんです」
「なるほど・・・。それは食べてみたくなるわね」
「宜しければ、次、手に入ったら一緒に食べませんか?」
「ええ、是非誘って!」
ライラが、ウキウキとしている様子をその他三人とキースヴェルはお菓子を口に運びながら、眺めている。
「ねえ、そのヨウカンを食べる会に僕も参加していい?」
マイアード伯爵家のご令息ジョージが、自分も参加したいと名乗りを上げた。
「あんた!言葉遣い!!ライラ様と王子殿下がいらっしゃるのよ!!」
ジョージの腕を、隣に座っている双子の姉ロザリアが引っ張る。
「大丈夫だって、お茶会だよ!気心が知れたメンバーの会ってことだろう?」
(気心が知れたメンバーの会!?私もその中に入っているのかしら・・・)
ジョージは全く悪気がないというか、反省していないようだった。
「それでも、“ねえ”は無いわ!」
「あー、“ねえ”はダメかぁ~」
「そう。せめて、“ちょっと宜しいですか”とか、“あのう”とかが親しみやすくて、失礼でもないし良いと思うわ」
「ロザリアは賢いね。ありがとう」
「ええ、どういたしまして!」
「相変わらず、仲がいいわね」
バーベル伯爵家のサーシャが会話に加わる。
「仲がいいというか、この子(ジョージ)は世話が焼けるのよ~」
ロザリアは、苦笑している。
「サーシャ嬢、この一週間は隣国に入っていたらしいね」
キースヴェルがサーシャに尋ねた。ライラはバームクーヘンを味わいながら、二人のやり取りを何となく聞いている。
(これ、バターの風味が凄い~!!香りも良いし、甘くてふわふわで美味しいわ!!後で料理長にお礼を言わないと!!)
「ええ、バイラ公国へ潜入していました。ベッキーは殿下の予想通りバイラ公国の大公家所属のようです」
(え、ベッキー?ベッキーって、あのベッキー?)
「そうか・・・」
「殿下、僕からも情報を一つ。エスペン王国から王女を殿下に送ると決めたのは、王妃ローレンスさまだそうです。第二王女メイスさまが夜会に来ます」
「国王ラドクリフは既に傀儡と化しているということか」
「はい。かなり、バイラ公国の者が入り込んでいる様子です。具体的にはエスペン王国の諜報機関は既に機能していません」
「分かった。ありがとう」
「殿下、もしかして、縁談のお話?」
「ララ、そうだよ。僕には君がいるのに腹が立つよねー。ただ、どうもこの縁談には裏がありそうなんだ。だから、この国を担う外交チームの手を借りることにしたんだよ」
キースヴェルは、茶会メンバー全員へ視線を巡らせる。
「外交チーム・・・ですか?」
(どう考えても、さっきの話の内容から察すると諜報の仕事のような気が・・・)
「そう、外国とお菓子が大好きな仲間たちだよ」
「―――――そういうことにしておいた方が良さそうですね・・・」
ライラが含みのある返事をすると、その場にいた全員がコクコクと頷いた。
「まあ、僕はララが一番だし、ナメてくるような奴らは容赦しないつもりだよ」
一体、エスペン王国の第二王女がやって来る夜会には、どんな陰謀が渦巻いているというのだろう。ライラは、キースヴェルがチラリと見せた殺気に背筋がゾッとした。
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