第12話 11、ライラの疑問
稲光の後に轟音が鳴り響く。先ほどから雨脚も強くなり、あのお見合いの日のようだと、ライラはため息を吐いた。しかし、このため息はお天気だけが原因ではない。
この国の第四王子キースヴェルと言えば、その容姿と物腰、そしていつも女性を伴っていることから“歩くフェロモン”とか、王位継承権とは無縁ということで“王家のお荷物”と言われている人物である。だが、ここのところ彼と一緒にいることが多いライラは、彼の二つ名に違和感を持ち始めていた。
(王子は巷の噂と全く違う人物のような気がするのよね。仕事も結構しているみたいだし、周りに女性も全然居ないわ。本当はどういう人なのかしら?)
「ねえ、殿下ってあなた達にとって、どんな人?」
ライラは室内に控えているエレノアとジュリアンへ向かって尋ねる。すると、二人は顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべた。
(そんなに困るような質問をしたつもりは無いのだけど?)
「遠慮なく、答えていいのよ」
ライラは窓辺から、ふたりの立っている壁際へと近づく。
「あのう、ライラ様。それはどういう意味合いの質問でしょうか?仕事や私的なことなど・・・」
エレノアは、ブツブツと言葉尻を濁す。
「そうねぇ、仕事ではどういう人なの?」
「鬼です!!」
エレノアとジュリアンの声が、きれいに重なった。
(なるほど、鬼なのね。確かにこの二人へ殿下は、あのお見合いの時からだいぶん無茶ぶりをしていたから、そう思われていても仕方ないわね)
「では、個人的にはどういう人?」
「・・・・・」
ライラの言葉に二人は言葉を詰まらせる。ライラは少し意地悪な質問をしてみることにした。
「カッコいいと思ったことは?」
「ありません」と、エレノア。
「最初だけ思いました」と、ジュリアン。
「最初だけって、どういうこと?」
ライラはジュリアンへ続きを促す。
「はじめてお目にかかった時、最初の十分くらいはカッコいいと思いましたが、すぐに鬼だと分かったので、全く評価が変わりました」
「なるほどね。ありがとう、あまり参考にならなかったけど、要するに鬼な性格が、すべてをダメにする人ということね」
「ハイ!!」
本日も護衛兼専属侍女たちの切れ味の良さは清々しかった。
――――昼食を終え、ライラは執事の元へ。
コンコンとライラは執務室のドアをノックした。
「ルークス(執事)居ますか、ライラです」
すると、返事もなく内側から、カシャっと、カギを開ける音がした。ドアを開き、ライラの前に現れたのは・・・・。
「え、何故?」
「何故って、ここはもう僕の家のようなものだろう?」
「はあ?乗っ取るつもりですか」
「そんな物騒なことはしないよ。さあ、中へどうぞ」
(王子がここに居るのなら、私がルークスにお茶会のことを報告する必要なんてなくない?)
ライラはキースヴェルにエスコートされて執務室へ入り、そのままソファに誘導される。
「殿下、手慣れすぎでしょう?ここに入り浸っているのですか?」
ライラは着席するなりキースヴェルに噛み付く。すると、机に座っていた執事のルークスがライラに向かって言う。
「ライラ様、殿下にそのような言い方はいけません。わたくし共の警備の甘さ等々を殿下にご指摘いただき、改善を図っている最中なのですから」
ルークスはベッキーの事件のこともあり、キースヴェルを信頼もとい崇拝しているようだ。
「執事どの、口添えをありがとう。だけど、大丈夫だよ。ライラは恥ずかしがり屋なだけだから」
キースヴェルはそう言うと、ライラの髪を一房持ち上げて唇を寄せる。ライラはその一房を取り返そうと掴んで引っ張ってみたが、腕力の差で取り戻せなかった。
二人の様子を見ていたルークスは笑みを浮かべ、視線を書類に落とす。これ以上、この二人を見ていてもむず痒いだけだと。
「殿下、来週のお茶会の話はルークスにしましたか?」
無駄な戦いは一時休戦し、ライラは本題を切り出した。
「うん、その件は執事どのにもクルム侯爵にも伝えてあるから大丈夫だよ。場所は、大広間の横にある庭園にしよう。あそこなら警備をする上でも安全だからね。ララも何か手伝いたい?」
「その質問自体がおかしいです。ここへお客様を招くなら、私がお茶会の用意するのが当然なのでは?」
「うーん、今回は僕が招いたから任せてくれないかな。相手も結構ツワモノだからね」
(ツワモノ・・つわもの・・・強者?)
ライラは首を傾げる。あの人の良さそうなご令嬢三人とご令息一人をご招待しただけなのに、何の危険があるというのだろう。
「ララ、今回誘った三家門はこの国の国防を担っている。あのご子息ご令嬢たちは見た目と違って頭も切れるし腕も立つんだ。慎重に準備をしないといけないよ」
キースヴェルはいつもよりも艶やかに微笑んだ。ライラはその表情を見て、背中がゾクッとする。
(笑っているのに、怖い・・・)
「まぁ、ララはお勉強はさておき、あの必殺技(回し蹴り)が出来るから大丈夫だとは思うけど、フフッ」
「―――――それは極秘事項です。口にしないでください」
地に這うような声でライラはキースヴェルへ釘を刺す。しかし、それがキースヴェルのツボにハマったようで・・・。彼は下を向いて肩を震わせていた。
(最悪。回し蹴りのことをこんなところで言われるなんて、本当に最悪だわ!!)
ルークスは、すでにこの部屋に居るのが嫌になっていた。早く誰か来て欲しいと、ドアへ何度も視線を向けてしまう。
そして、その行動からルークスが困っているとキースヴェルは気付いた。
「ララ、執事どのへの用事が終わったのなら、この後、僕は茶会メニューの打ち合わせで厨房へ行くのだけど、一緒に行かない?」
「まあ、ルークスへはお茶会をしますって言いに来ただけだから、私の用事は終わったと言えば、終わりましたけど・・・」
「じゃあ、一緒にいこう」
キースヴェルは、ライラの手を引いて立ち上がらせる。そして、執事にお礼を告げると、すぐに部屋を後にした。
―――――ルークスは二人を見送った後、ため息を吐く。
「旦那さまが、殿下とこんなに仲良くされているライラ様を見たら卒倒されるのではないでしょうかね~、あー、目のやり場に困りましたね」
そして、もう一度ため息を吐いた後、ルークスは再び書類に目を落とした。
―――――一方、厨房に向かったライラたちは直接厨房には行かず、一旦大広間へと向かった。
何故かというと、ライラが今日のように嵐だった場合、外で開催するのは難しいのではないかと口にしたからである。
「なるほどね。ララの言う通り、庭園側のカーテンを開け放っておくのもいいかも知れないね」
「ええ、殿下が見て判断してくださいませ」
キースヴェルはこの少しの時間で、ライラが茶会をとても楽しみにしていると確信した。いつもより生き生きとしている自分の婚約者が可愛い。つい顔が緩みそうになってしまうが、ライラに怒られてしまいそうなので必死に堪えた。
大広間の入口にある大きな扉を開いてライラは部屋に一歩踏み入れてから、くるりと振り返ってキースヴェルを手招きする。とても可愛い仕草と表情だったが、本人は無自覚だろうなとキースヴェルは苦笑してしまう。ライラに続いて大広間に入ると想像以上に立派な部屋で少し驚いた。が、しかし、調度品は色あせていて、何となく埃っぽい気がした。
「これは・・・。ララ、この部屋って使われているの?」
「私が知る限り、近年は全くないですね~。ご存じの通り、父は三年前に宰相へ選ばれてから激務でほとんど家に帰ってきませんから、パーティーなんて皆無です。祖母も亡くなって、女主人も居ませんから」
「――――そうなんだね。確かに使用人がとても少ないとは思っていた。だけど、それはララの身の安全のためにワザと少ない人員に絞っているのかなと」
「私の安全ですか。確かに私はクルム侯爵家の最後の跡取りではありますね。殿下と結婚したらこの家はどうなるのでしょう?」
「クルム侯爵家は王家と血縁のある血筋だから、僕たちの子が継げる。長子は流石に王家の者となるけど、二番目以降の子なら大丈夫だよ」
「それって、私が子供を沢山産むことが前提ですよね・・・」
「そうだね」
ライラの眉間に皺が寄る。
「ララ、大丈夫?心配なことは胸に秘めないで、口に出してくれると嬉しいのだけど」
「いえ、愛のない結婚相手と沢山の子を設けるのって、かなり不幸な人生なのではないかと・・・」
「えええっ、僕はララのことが可愛くて仕方ないのだけど!?伝わってない!?」
「はい、伝わっていませんというか、伝わっていたら死んでいます。というか殿下、私の呪いのことを、一体どこまで知っているのです?」
ライラはついに聞きたいことを明確に言葉にした。先日、馬車の中で何となく質問したのだが、キースヴェルに上手くはぐらかされてしまったのである。それ故、今日こそは真実を知りたいと思っていた。
ライラの真剣な様子にキースヴェルは真面目に答えることにした。一部の真実を除いて。
「君には愛に関する呪いが掛かっている。ただ、その呪いは高位術者がかけたものではないようだ。愛に触れると心臓が破壊される仕組みのようだけど、カギとなるのは愛を伝える言葉くらいで、人を愛する感情や営みでは何の問題も起こらないから安心して。それから、僕はその呪いを解くだけの力を持っている。ただ、いま解呪してしまうと相手にララの呪いが解けたと伝わってしまうんだ。だから、先に誰が何を目的にしてララに呪いをかけたのかということを解明したい。それが分かったら、必ずララの呪いは僕が解くと約束する。これで納得してくれる?」
キースヴェルが、ライラに視線を向けると、彼女の双眸からは涙が零れていた。
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