第11話 10、初めて一緒に出掛けた日 下
キースヴェルから、ダントン子爵令嬢アニータを茶会へ誘ってきてと言われ、ライラは勇み足で、ご令嬢が沢山いる方へと向かおうとする。それを、慌てて止めたのはキースヴェルだった。
「ちょっと待った!勢いで行くのは危険だよ。あの集団は、ピッツペートス公爵家のご令嬢イザベラを中心としたグループだよ。僕の指示したアニータ嬢は彼女のメンバーには入っていない。だから、攻めるなら、あっちだよ」
ライラはキースヴェルの視線の先に目を向けた。すると、美味しそうなお菓子が積み上げられたテーブルで、見知らぬ三人組が楽しそうにお喋りをしている。
(お茶会でお菓子を食べて、あんなに幸せそうに笑っている集団なんて、初めて見たかも。大体、お茶会は戦いの場なのよ。あの子達・・・そんなに美味しそうな顔をして、一体、何を味わっているのかしら・・・)
最初こそ場違いな雰囲気の三人組に毒気づいたライラだったが、眺めているうちに楽しそうにしているご令嬢達が段々と羨ましくなって来た。そして、彼女たちが美味しそうに食べているお菓子にも興味が湧いてくる。
「殿下、あのお菓子って・・・」
「殿下じゃなくて、キース」
(そんな人前で!?殿下には恥ずかしいって気持ちがないのかしら)
ライラは、他の人たちに聞こえないよう、キースヴェルの袖を引っぱって、少し屈んでもらった。
「キース、あの美味しそうなお菓子は何?」
「ああ、あれは、最近王都で流行っているスフォリアテッラだよ」
「ス、スフォ?」
「そうそう、スフォリアテッラ」
「スフォ・・・それって、どんなお菓子なのかしら?」
「あのテーブルに行けば分かるんじゃない?」
(確かにそうだけど、知っているなら、もう少しくらい説明してくれてもいいと思うのだけど!!王子って時々、意地悪よね)
ライラは扇子を口元に当て、キーズヴェルをツンと睨む。そして、キースヴェルはいつも通りライラへ優しく微笑んで見せた。
周りの人々は、見ていると気付かれないようにしながら、しっかりと二人のことを観察している。
「キース、一緒にあちらのテーブルへ行きましょう」
ライラが目的地のテーブルを指差したところで、背後から声が掛かった。
「キーズヴェル王子殿下、お久しぶりでございます」
振り返ると、父親(クルム侯爵)と同じ世代の御仁が三人ほど並んで立っている。
「ララ、僕は少し挨拶をしてから向かってもいいかな?」
「分かったわ。では、私は先に行っておくわね。皆さまごきげんよう」
無表情のままで、三人の御仁へ軽く挨拶をすると、ライラはキースヴェルから離れた。
(あー!!なんてタイミングなの!!殿下が、ずっと一緒にいてくれると思っていたのに!私が一人で行って話しかけても、きっと誰もお喋りなんかしてくれないわ?どうやってお茶会に誘えばいいのよ~)
ライラは三人のご御仁に向けて悪意を放つ。社交の達人キースヴェルがいなくなり、心中穏やかではなかったが、表情だけは長年培ったポーカーフェイスもとい、氷の微笑を浮かべる。
(グダグダ考えても仕方ないわ。真っ直ぐ目的のテーブルへと向かおう・・・)
ところが、目的のテーブルに向かって歩いていると、なんと別の集団から声を掛けられてしまう。
「ごきげんよう。クルム侯爵令嬢。私たちとお茶をいかが?」
高位貴族のライラへ、堂々と声を掛けて来たのは、社交界の華と有名なヴィクター男爵家のリーザロッテだった。彼女の実家、ヴェクター男爵家は一昨年爵位を買って貴族の仲間入りをした新興貴族である。
そもそも、ヴィクター一族は貿易商として有名だったのだが、数年前、金鉱山を掘り当てたとのことで、莫大な資産が手にした。その恩恵に預かりたいのか、名前だけの弱小貴族がすぐさま取り巻きとなり、結構、大きな派閥となっているらしい。
(まったく!感じが悪いわね。明らかに私の行く手を阻んだわ!)
ライラは口元を扇子で優雅に隠し、斜め上から睨む。
「お断りします。私はあの方々とお茶をいただきたいので」
ライラは冷ややかな声で言い放つと、バシッと扇子を閉じ、行きたい方向へその先を向けた。リーザロッテの視線が扇子の先へ向く。すると辺りに、ピリッとした空気が流れた。
(な、何なの?この緊張感は・・・)
「あら、あのお方たちとクルム侯爵令嬢では格が合いませんわ。品のないお方たちとお話になられたら、クルム侯爵令嬢の格も下がりますわよ」
傲慢で高飛車な物言いを当然のようにするリーザロッテ。ライラは、差別的な物言いにイラっとした。
「あらあら、格が云々というのなら、私はあなたに発言する許可を出しておりませんわ。あなた、独り言がお好きな方なのね。そうやって、ずっと、ここで好き勝手なことを言っているといいわ」
ライラは相手を凍らせるような冷たい視線を再びリーザロッテとその取り巻きへと投げつけた。そして、何事もなかったかのように、当初の目的であるお菓子を美味しく食べている三人組の方へと歩き出す。背後で歯ぎしりをしているような音が聞こえたのは、きっと気のせいだろう。
(ああ、怒ってるみたいだけど諦めてくれて良かった。しつこく食い下がられたらどうしようかと思ったわ)
「ごきげんよう。クルム侯爵家のライラと申します。ご一緒しても宜しいかしら?」
優雅な笑みを浮かべてライラは三人組に挨拶をした。本当にライラが自分たちの方へ来るとは思っていなかった三人組は何と答えたら良いのかが分からず、顔を強張らせている。
「あら、驚かせたようでごめんなさいね。その皆さんが美味しそうに食べていらっしゃるお菓子が気になってしまって・・・」
「――――お、お菓子ですか!?」
赤毛でそばかすが印象的なご令嬢は、動揺を隠さずライラの質問に答える。
「ええ、そうです」
「これは、スフォリアテッラというお菓子です。ザクザクとしたパイ生地と中に入った甘いリコッタチーズが堪らない美味しさの一品です。他国のお菓子なので中々手に入らなかったのですが、最近、王都に新しいスイーツショップが出来まして、そちらで手に入るようになりました」
「そうなのね。わたしも一つ頂いてみてもいいかしら?」
「はい、こちらにレモン味とピスタチオ味もございますので、是非!」
「ありがとう!いただくわ」
「では、こちらへ」
(良かった!!!断られなかったーーーー!!)
赤毛のご令嬢が、ライラを自分の横の席へと案内してくれた。彼女の侍女らしき女性が横に用意された準備台で、ライラ用のお茶を淹れてくれるようだ。
「突然だったのに温かく迎えてくれてありがとう。お名前をお聞きしても?」
(こんな聞き方で大丈夫かしら・・・。殿下――――っ、早く来て―!!)
「ご挨拶もせず、失礼いたしました。わたくしは、ダントン子爵家のアニータです」
「わたしはバーベル伯爵家のサーシャです」
「ぼくはマイアード伯爵家のジョージです」
(ん?ぼく!?えっ??えーっと、赤毛のご令嬢が殿下の話していたアニータ嬢ね。そして、サラサラの黒髪のご令嬢がサーシャ嬢、そして、性別不明の茶色いふわふわカールのご令嬢がジョージ嬢・・・。いや、どっちなの???気になるけど、こういうデリケートなことをこういう場で聞いてはダメよね???)
ライラはジョージのことが気になって、眉間に皺を寄せてしまう。アニータたちはその理由が分かってしまい、クスッと笑ってしまった。
(えっ、笑ってる?何故??)
「ララ、お待たせ~!あれ?ジョージじゃないか!女装なんかしてどうしたの?」
「殿下!ダメです!今日のぼくはジョージ嬢の日なので、余計なことは言わないでください」
「ああ、罰ゲーム?」
「そうです。リアに負けました」
キースヴェルは、ライラにジョージが女装している原因についてライラに教えてくれた。ジョージには双子の姉ロザリアがいて、いつも二人で賭けをしては、負けた方が罰ゲームをしているのだと。
(ふーん、おもしろい姉弟ね。それで、このテーブルはずっと笑っていたのかしら?)
「皆さん、ララを迎え入れてくれてありがとう。そうだ!ララ、皆さんをお誘いしては?」
(殿下!凄っ!!流れるように話を持って行ったわね)
「ええ、そうね。皆さん、来週の金曜日に我が家でお茶会をしようと思っているの。良かったら来ていただけないかしら?」
「へぇー、鉄壁のクルム侯爵家に入れるの?ぼく行く!!姉も連れて来ていい?」
ジョージは間髪入れずに参加を表明した。
「ライラ様、わたくし、子爵家の者なのですが、本当にお邪魔しても宜しいのですか?」
アニータは謙虚に確認してくる。
(いえ、あなたに来ていただかないとダメなのよー!!ぜひ来てー!!)
「そんなこと気にしなくて大丈夫よ。アニータさん是非来てください」
「ありがとうございます」
「わたくしも、是非、お邪魔させてください」
サーシャは遠慮がちにいう。
「サーシャ嬢もありがとう。ララ良かったね。みんなが来てくれると楽しい会になりそうだ」
「ええ、皆さんありがとう」
(恐ろしいくらい簡単に話が纏まってしまったわ。これでミッションは達成したことになるのかしら。あと、スフォリア・・・を早く食べたい!!)
ライラの願いが届いたのか、アニータの侍女が紅茶とスフォリアテッラをライラの前に用意してくれた。
ライラは、キースヴェルが隣に来たことで、すっかり緊張もほぐれ、アニータたちと雑談を楽しんだ。そして、念願のスフォリアテッラは想像以上に美味しかった。ザクっとした食感とふわりと軽いクリームが印象的なそのお菓子はいくらでも食べれそうだと・・・。
ーーーーー帰りの馬車でキースヴェルが言った。
「ミッションは無事達成!ララ、頑張ったね。だけど、ずっと笑顔を振りまいていたのはいただけないな。次は、氷の薔薇らしくツンとしていてね」
茶会を楽しみ、無意識で笑顔を振りまいていたということを指摘され、ライラはショックを受けた。
(マズイ・・・。皆さんとあまり仲良くなってしまったら、私の心臓がバラバラになる確率が・・・)
突然、悲壮感の漂う表情になるライラへ、キースヴェルは言葉を補足する。
「違うよ。君の心臓をバラバラになんてさせないから、その件は心配しなくても大丈夫。それよりも、君の可愛い顔を見られるのが嫌なだけだから・・・」
(は?殿下、私の呪いのことを本当に全部知っているの?)
ライラは、キースヴェルの瞳を真っ直ぐに見つめた。
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