第9話 8、初めて一緒に出掛けた日 上
ベルフリー伯爵令嬢・リリアージュの主催するティーパーティーへ参加するため、ライラは久しぶりに早起きをして、入浴を済ませ、念入りにお肌のお手入れをした。
最初は、長年お世話をしてくれていた専属侍女のベッキーが、やんごとなき事情により、逮捕されてしまい、ライラは自力でドレスアップをする覚悟を決めていた。
しかし、それは無駄な覚悟だった・・・。
今朝、ライラを起こしたジュリアンに連れられてバスルームへ行くと、用意を整えたエレノアが待っていた。そのまま、全身のマッサージと顔のマッサージ、パックを施してもらう。湯上りにはレモンと蜂蜜の入ったソーダ水をジュリアンから手渡され、喉を潤した。
少し、休憩した後、エレノアがお化粧と髪結いを、ジュリアンはドレスの着付けをしてくれ、完璧な仕上がりとなったのである。
正直なところ、今までで一番楽だった。その上、センスもいい。
(軍所属と聞いて、侍女としての仕事には期待していなかったのに・・・)
予想外に、二人が優秀で且つ連携も取れていて、ライラは驚いてしまった。
気になって、ふたりの詳しい経歴を聞いてみると、エレノアは伯爵家出身のご令嬢で、ジュリアンは有名な伝統舞踏家の娘なのだという。
そして、エレノアは実家(伯爵家)が化粧品の製造販売をしている関係で、美容に対する知識を幅広く持っており、マッサージやお化粧、そして髪結いも得意なのだという。またジュリアンは、幼いころから、両親の指導の下、舞踊を嗜んでいたそうで、背筋がいつもきれいに伸びており、所作も素晴らしい。ライラは彼女たちを選んで連れて来たキースヴェルの人選の良さに感心してしまった。
(王子は、人を見る目があるのね。そこは褒めてあげてもいいけど、あの近すぎる距離感は、まだ慣れないわ・・・。というか、慣れる必要も無いわね。私たちは互いの利益のために婚約しているだけなのだもの)
ついでに、ライラはエレノアが伯爵令嬢だと聞いて、気になったことを本人へ聞いてみた。
「エレノア、あなたが軍に入ると言った時、ご両親は反対されたのではないの?」
「ええ、一度は反対されました。ただ、キースヴェル王子殿下の下で働くと伝えたら、了解してくれました」
「あら、逆に反対されそうだけど?」
(ご両親、まさかの妃狙い?)
「いいえ、キースヴェル王子殿下は、父のように貿易を営む貴族たちにとても人気があるのです。状況に応じて、他国と取引し易い制度を作ってくださったりしますから」
(へぇー、予想外だったわ。王子は女の子と遊んでいるだけじゃなかったってことね)
「そうなの。知らなかったわ」
ライラは、“王家のお荷物”と言われているキースヴェルが、真面目に仕事をしていたという、意外な一面を知って驚いた。続けて、ジュリアンにも気になっていることを聞いてみる。
「ジュリアン、あなたは・・・」
「ーーーーバンっ!」
ライラがジュリアンに質問し掛けたところで、部屋のドアが突然ひらく。
「ララー!」
ノックもせずに入って来たのは、勿論、キースヴェルである。
「マナーが最悪ですわね。あなた本当に王子なの?」
手元のセンスを手にとり、ライラは顔半分を隠しながら、あいさつ代わりの嫌味を投げかけた。キースヴェルは気にも留めず、ライラの元まで歩いてくる。そして、遠慮なく横にピッタリとくっついて腰掛けた。
「もう!近い、近いです!!離れて下さい。それに、ノックをしないで入室するなんて最低です。着替え中だったら、どうするおつもり?」
「それは・・・ラッキーだよね!ハハハ」
全く反省しない男は笑う。ライラは、もはや呆れた顔を隠そうともしなかった。扇子は膝の上に置かれたままである。
「それで、ご用件は?」
「茶会のパートナーとし・・・」
「要りませんけど」
ライラはキースヴェルの言葉を遮って、断りの文句を口にする。
「残念。この前の茶会リストの一番下に書いてあったよね。参加条件として、パートナー同伴って」
(え、ええ?そんなこと書いてあったかしら?)
「エレノア、先日の書面を取って来てくれる?」
「はい、畏まりました」
エレノアは、ライラの書斎へ向かうため部屋を出た。続いて、ジュリアンも「廊下で控えておりますので」と出て行ってしまう。部屋の中にいるのは、ライラとキースヴェルの二人になってしまった。
「ララ、今日も可愛いね。そのドレスとても似合っているよ。リボンが大きめなのが愛らしくて・・・」
「ストップ!!そういうの必要ないんで、言わないでもらえます?」
「えええ、どうして?可愛いから言ってるだけなのにー!!」
「いえ、私は可愛くありませんので、殿下の勘違いです。リップサービスは遠慮しておきます」
「フッ」
頑なに誉め言葉を受け取ろうとはしないライラに、キースヴェルは思わず笑ってしまう。すると、すぐさま横から、ライラがきつい視線で睨みつけて来た。しかし、本当にライラを可愛いと思っているキースヴェルにとって、これはただのご褒美でしかない。
「もう、素直じゃないんだから~。大丈夫。僕がララに本心を語っても、アノ呪いは発動しないから心配しないで」
キースヴェルはライラの手を取り、指先へ口づけを落とした。ライラは、その手を取り戻そうと引っ張るが、思いのほかキースヴェルの力が強くて、取り返せない。
「あー、もう!!勝手に口づけとか、本当に止めて下さい!!」
「そんなに照れなくても~」
コンコンとドアをノックする音と共に「戻りました」と、エレノアの声が聞こえて来る。
「どうぞ」
ライラが答えると、エレノアが部屋に入って来た。彼女はそのまま、ライラの元へ進み、一枚の紙を手渡す。これは先日、キースヴェルが持って来た茶会リストである。ライラは目を凝らして、書面を確認した。すると、文面の最後に小さな文字で、“パートナー要同伴”との一文があった。完全にライラの負けである。
「ほら、書いてあるでしょ?もう、ララってば~、そんなに嫌そうにしなくてもー。今後、厄介な隣国王女が参加する夜会も控えているし、今のうちに練習しておくって、考えたらいいんじゃない?」
ライラは返す言葉もなく、プーっと頬を膨らませた。その姿はキースヴェルだけでなく、エレノアも可愛いと感じてしまったのだが、口に出すとライラが怒るので胸の内にしまう。
「では、そろそろ出発しようか、僕のお姫様」
キザなセリフを吐きながら、キースヴェルは先に立ち上がり、ライラへ手を伸ばす。ライラはイラっとしつつ、一文を見落としていた自分が悪かったので、今回は素直に折れることにした。キースヴェルの手に自分の手を重ね、ゆっくりと立ち上がる。
そして、キースヴェルの馬車で、ふたりは茶会の会場へと向かった。
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