第8話 7、回し蹴り炸裂

 「ララ、ララ、ラーラ?」


 ライラは誰が自分を呼んでいるのか直ぐに見当がついた。だが、何となく気付かないふりをしてしまったのである。それが今日の悲劇、いや喜劇の始まりだった。


 ライラが寝ているフリをしていることくらい、キースヴェルにはお見通しだった。天蓋のカーテンを力任せに引いて、勢いよく・・・。


 ボフッ!!


「うううう、な、な、なんなのー!!」


 ベッドに飛び込んだキースヴェルは、ライラをブランケットの上からギューッと抱きしめた。まさかキースヴェルがベッドへ飛び込んで来ると思ってなかったライラは、さすがに動揺してしまう。


(ま、まって!!何なのよ、この状況は!?)


 キースヴェルは驚きを隠さないライラを完全に無視して、彼女を抱き締めたまま、頬へキスをする。


「もう!!殿下!それ犯罪だって言ってるでしょ!!」


「ララー、僕のことをキースって呼ばないと止めないよ~」


「止めて!キース!!」


「可愛い!!」


 止めるどころか、ギュウギュウと更に抱きしめてくるキースヴェル。ライラは、目の前にあったキースヴェルの耳をカプッと甘噛みした。キースヴェルはビクッと驚き、ライラの顔を見る。


「キース、苦しいからはなして・・・」


 先ほどの威勢は何処へやら、ライラは、一変して弱弱しい声で訴える。キースヴェルは、慌てて彼女を抱き締める腕を緩め、上半身を起こした。しかし、これはライラの作戦だったのである。次の瞬間、キースヴェルの身体はライラが横から繰り出した強い蹴りによって宙を舞い、ベッドの外へ。


 ドシン!!!


 重く大きな音が響くと、廊下で控えていたエレノアとジュリアンが勢いよくドアから室内へと駈け込んで来る。


「これは一体どういう・・・」


 床に転がされたキースヴェルと、ベッドの上でガッツポーズをするライラに専属侍女たちは困惑してしまうのだった。


 

―――――十分後


「それでは、私たちは廊下に控えておりますので、何かございましたら声を掛けて下さいませ」


 エレノアとジュリアンは一礼すると部屋出て行く。ソファで向かい合わせに座っているライラとキースヴェルは気まずそうにその姿を見送る。


「ライラ、さっきはごめん。少し悪ふざけが過ぎた」


 先に謝ったのはキースヴェルだった。


「いえ、私も寝たふりでやり過そうとした挙句、殿下の隙を狙っての回し蹴りは、やり過ぎでした。不敬ということで婚約は破棄していただいても・・・」


「しない。しないからね!!」


(何で諦めないの?さっきの蹴りは結構キツかったはずなのに)


「それで、殿下?何か御用ですか」


「御用がなかったら、来ちゃダメ?」


「まあ、そうですね」


 ライラは冷たい視線を送る。しかし、キースヴェルはにっこりと微笑んで返す。


「用事はね、僕に縁談が来たんだ」


「はぁ?縁談ですか。それはおめでとうございます。でしたら、私とのご縁はなかったということで・・・」


「違うよ。新しく来た縁談は断るから。そんなに怒らないで、ね?」


「別に怒っていませんけど」


 キースヴェルは人差し指を左右に振る。その仕草が無駄にライラをイラっとさせた。


「勿体ぶらないで、早く話の続きを言ってください」


 ライラがしびれを切らす。キースヴェルは、ふざけるのを止めて、本題に入ることにした。


 王宮に今朝方、早馬が入った。


 馬でやって来たのは、“そちらへ使節団を送った”という旨が記された手紙を持った隣国の使者だったという。しかし、先に使者を送り、お伺いを立ててから、その後、訪問するという打診方法が一般的であって、出発後に使者を送るという手法は相手の国へ対して、とても失礼な行為に当たるのだとキースヴェルはライラへ説明してくれた。


 しかも、その使節団には王女が同行しており、第四王子の妻として差し出すという内容も記されていたという。


「それ、押し付けられたってことですよね?」


「ああ、そうだね」


「それで、そんな失礼なことをしたのは何処の国ですか?」


「エスペン王国だよ」


「あの山間にある小国?」


「そう、小国だね」


「何様なの?」


 「ブッ」とキースヴェルが吹く。ライラは片方の眉を上げて、何?という表情を見せているが、キースヴェルにとって、この“何様なの?”というライラの言葉は、彼女が自分に味方してくれているような気がしてとても嬉しかったのである。当然、ライラは無自覚なのだが・・・。


「ララ、お願いがあるんだ」


「嫌ですと言ったら?」


「僕が君のことを、皆の前で好き勝手に惚気のろけてもいいのなら・・・」


「それは止めて下さい。で、何?」


「使節団をもてなす夜会に一緒に参加して欲しい」


「それ、了承しても、断っても私には何のメリットもないじゃないですか」


 ライラは不服そうに頬を膨らました。もちろんこれも無自覚である。


「これを・・・」


 キースヴェルは懐から、一枚の紙を取り出した。ライラは手に取り内容を確認する。


「参加します!!」


「ありがとう。ドレスやアクセサリーは僕が用意するからご心配なく」


 ライラはキースヴェルの言葉が頭に入ってこなかった。先ほどの紙に書かれていたことに気持ちが持っていかれたからである。


 その紙に書かれていたのは、ライラが今後参加する茶会のスケジュールだった。家から出してもらえなくて拗ねているライラを慮って、キースヴェルが出かけられるようにと手配してきたのである。


 そこにはクルム侯爵のサインもしっかり入っているという抜け目の無さ。だが、まだライラは気付かない。目の前の王子が、ただの王家のお荷物&歩くフェロモンではないということを・・・。

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