第7話 6、お茶を淹れるのは誰?

「大変申し訳ございませんでした」


 膝をつき、お詫びの礼を取る女性が二人。ライラは、展開の速さにまだついていけない。


「ええっと、それは何に対するお詫びなのかしら?」


 腕を組んで斜めに立ち、彼女らを上から威圧する。


「それは・・・。ご主人様に不敬な言葉を吐き続けたことです。今後は、御身を預かる護衛として、正しい言葉を使い・・・」


「ん?ちょっと待って、あなた達の軽口ってワザとだったの?」


 ライラは言い訳をする取り巻きA、もといエレノアの言葉を遮って、質問した。


「はい、キースヴェル王子殿下のご指示により、軽薄なご令嬢を演じておりました」


 顔を伏せたままで、答えるエレノア。隣にいるジュリアンも無言で頷いた。ライラは彼女らの横に立っているキースヴェルへと視線を向ける。


「何故、こんな回りくどいことを!?」


「敵を欺くにはまず味方からでしょ?それにララは僕を警戒していたからね。最初から本当のことを話しても、信じてくれなかったでしょう?」


(まぁ、確かに信じなかったでしょうけど・・・)


「とは言っても、先日のお見合いの際に、護衛を二人連れて来たと言えば、これほど疑うこともなかったですけどね。無駄にイライラしてしまいましたわ」


 ライラは腰のポケットから優雅に扇子を出して口元を隠す。キースヴェルは、ライラが嫉妬心を素直に出してしまっていることに、本人が気付かないのが、可愛くて仕方ない。


「ララ、どうしたの?僕に愛人がいないって分かって安心したの?」


「なっ、そんなことは思っておりません。私は愛など求めておりません。どうぞ、今まで通り、ご自由に恋愛をお楽しみくださいませ!!」


(あ、ちょっと言い過ぎたかしら。ベッキーから守ってもらったのに、この言い草はあんまりだった!?)


 だが、キースヴェルはライラの戸惑い一つも見逃したりはしない。つい下を向いて、クスっと笑ってしまった。


「な、何を笑ってらっしゃるのですか!!」


「そのララのツンがさ~」


「ツン?」


「それを怖いって思っている人って、実はいないと思うんだよねー」


(ああ、王子がまたおかしなことを言い出した!?)


 ライラが呆れ気分で、床に跪く二人へ視線を戻すと、ふたりも大きく頷いていた。


(な、何なんなの!揃いもそろって三人で・・・)


「ほらね。ララって、無自覚過ぎるんだよ。可愛いのに必死でツンとするからさ。ますます可愛いんだよ~」


 キースヴェルの態度にカチンときたライラが反論する。


「私は可愛くありません。この件に異議は認めません。話は終わりです。そこの二人、しっかり働いてもらうわよ。早く立ち上がりなさい!!」


 ライラの命令で、エレノアとジュリアンはシャキッと立ち上がった。顔つきがさっきと全く違っている。


(軍人って、こんなに切り替えが早いの!?別人みたいじゃない)


 エレノアとジュリアンは、明らかに視線が鋭くなり、背筋もシャキッと伸びて、隙がない。両手は背中で組み。胸を張って立っている。


(これなら、刺客が来ても安心だわ)


「そういえば、殿下はまだお帰りにならないのですか?もうご用事は終わったのでしょう?」


「うーん、そんなあからさまに追い払われると、傷つくんだけどー!?僕に帰って欲しいの?」


「はい、用事もありませんので、どうぞ引き取り下さいませ」


 冷たく言い捨てるライラに、キースヴェルが頬を膨らませる。


(何よ、そんな可愛い顔をしても引き留めたりしないわよ!!)


「ララが、お別れのキスをしてくれたら、帰ろうかな~」


 ニコニコと甘えた笑みを浮かべるキースヴェル。ライラはジト目で睨む。


(全然懲りてないじゃない。何がお別れのキスよ・・・)


「もう、ララってば、恥ずかしがり屋さん!」


 キースヴェルは、大きく一歩踏み出すとライラの頬に手を当て、軽くチュッとくちびるへキスをした。


「じゃあ、帰るね。ララ、また明日!!」


(は?また明日!?いや、そうじゃない!!キスを簡単にしすぎでしょ!もう~!!)


 手をひらひらと振りながら、キースヴェルはあっさりと部屋から去っていった。


「んーもう!?王子のバカ!!」


 ライラが地団太を踏むと、本日専属侍女兼護衛になったばかりの二人が揃って後ろを向いた。


「な、何なの?」ライラが、二人の向いている方へ回り込むと、エレノアがブッと吹いて笑い出した。釣られてジュリアンも・・・・。


「何を笑っているのよ!」


 ライラが腰に手当て、プンプンと怒りだすと、エレノアはもう我慢できないと言った感じで口を開いた。


「ライラ様、可愛すぎます!ほどほどにしてください」


「えっ?」


「あの、ライラ様、怒っても可愛いのって才能だと思いますので・・・」


 ジュリアンは、エレノアをフォローしようとして失敗してしまう。ライラは自分が“氷の薔薇”と言われることに、ちょっぴり誇りを持っていたので、ショックを受けた。


 あからさまに元気がなくなってしまったご主人様に何と声を掛けたらいいのか分からないくなってしまったエレノアとジュリアンは廊下へ飛び出し、叫んだ!


「殿下!!戻って来てください!!」


(はっ!な、なにを叫ぶのよ!!自分たちで何とかしなさいよ!!)


「も、もう!殿下は呼ばなくていいから、あなた達、私の話し相手でもしなさい!!」


 ライラは廊下に出た二人を部屋に戻し、テーブルセットの椅子に着席するように命令した。二人は素直に座る。


「ええっと、まずお茶を用意して貰いましょう。少し、待ってて」


 ライラは廊下に出て行った。


 残されたエレノアとジュリアンが顔を見合わせる。


「ねえ、エレノア。それって私たちの仕事じゃない?」


「そうよね?」


「今まで、ライラ様ってご自分でされていたのかな?」


「流石に、ベッキーって侍女がしていたんじゃないの?」


「だよね?だとしたら・・・」


 ふたりは席から立ち上がり、廊下へ出た。


「ライラ様―!!お茶なら私たちが淹れますから~」


「戻ってきてください~」


 大声で叫びながら、何となくライラといると楽しい日々が待っていそうだと感じたエレノアとジュリアンは、無意識に笑顔を浮かべていたのだった。

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