第5話 4、新人侍女がやって来た日 中

 新人研修が行われている大広間は、正面玄関を入って、直ぐ左にある。権力を誇示したがるタイプの貴族は、無駄に邸宅内(美しく作り込んだ庭園や美術品等を見せるため)を歩かせ、奥のパーティー会場へ向かわせることもあるだろう。だが、クルム侯爵家は防犯に対する意識がとても高いため、大広間や来客者用サロン以外へ、お客様を立ち入らせることは無い。


 そこまで言い切れるのは、余所の人がクルム公爵やライラの生活エリアへ入って来たことは、過去に一度も(あの謎の魔女は別として)無かったからである。


 今回も、新人研修を大広間で行っているということは、侍女候補の二人が、まだ余所者として扱われているということだ。ベッキーと執事、そしてクルム侯爵の三人が認めなければ、彼女らは絶対にライラのいる領域へ入れないということである。


 また、ライラへの面会に関する鬼警戒プランも先日発動された。ライラは、今や鳥かごの中に閉じ込められているようなものなのである。


(大体、あの忌々しい呪いのせいで、今までお友達になりたい相手にも、笑顔を封印して、ワザと相手が嫌がるような雰囲気を醸し出して嫌われるように心がけて来たわ。本当は色々な人と楽しくお話したかったのよ。ずっと、ずーっと我慢していたのに!!)


 相手に好印象を持たれないよう、冷ややかな表情でいつも過ごしているため、誤解されがちなのだが、ライラは人と交流することが本当は大好きなのである。お茶会や夜会にも参加し、その際、相手が怯えて、ライラと目を合わせてくれなくても、しっかりと話だけは聞いているのだ。


(もう、そんなものと思ってやってきたから、相手(夜会で見かける貴族令嬢たち)も、私を偏屈な女としてスルーしてくれるようになっていたし、それはそれで上手く行っていたのよ。だけど、もうそれも終わりだわ。あんなに私へ会うための手順が煩雑になってしまったら、誰も会いに来てくれるわけないもの・・・)


 イライラしている感情を隠しもせず、険しい表情のままで正面玄関の近くまで歩いてきた。クルム侯爵家はまあまあ力のある侯爵家なので、無駄に敷地が広い。ライラは、ここへ至る道のりだけで息が上がっていた。


(は、はあーっ、えー、えーっと、玄関の方へ行ったら、警備のロビンに追い返されちゃうから、こ、ここは窓からのぞいた方が良いわね。それなら・・・)


 ライラは、一つ手前の曲がり角の脇にある使用人の通用口から、庭に出た。この庭は、大広間専用の庭で、ライラが生活しているエリアへは辿り着くことが出来ない。いわゆる来客が散策するためだけに作られた庭なのである。現在、大広間は新人研修中で、警備対象となるような貴族はいない。ならば、今ここは、警戒されてないだろうとライラは考えた。


「どれどれ、どんなご令嬢たちなのかしら」


 ライラは、自分の姿が見えてしまわないよう、木の陰に隠れて、身体を少ししズラして、大広間の中を覗き込む。


(人影が、ひとり、ふたり、さん・・・)


「・・・覗き?」


「うわっ!!」


 気配もなく、背後から話し掛けられて、ライラは飛び上がった。驚き過ぎて、心臓がバクバク音を立てている。腰も抜けてしまって、その場にヨロヨロとしゃがみ込んだ。


(この声は・・・。いいえ、そんなハズは・・・)


 ライラは、声の主に心当たりがあるのだが、否定したくて仕方ない。しかし、相手はそんなに甘くかった。


「ララ、覗き見は良くないね。どうしてそんなことをしたの?」


 軽やかな口調で、厳しいことを言われる。


(顔を上げたくない・・・)


 無駄な抵抗と分かっていても、目の前にいる人とどんな顔をして話して良いのかが分からない。あの、お見合いから一週間。適当な気分で話を進めたと思っていた人が、ここに居るのである。


(ここに居るということは、私のことを忘れてなかったってこと!?ん?えっ、違う、違う!そうじゃなくて・・・・)


「ラーラ!もう、俺をどうしたいわけ?」


「いえ、どうもしないですけど」


(わっ、つい答えてしまった!!)


 思いっきり低音の不機嫌な声で返事をした際に、顔を上げてしまったライラの目へ飛び込んできたのは、歩くフェロモンと呼ばれる第四王子キースヴェルの優しい笑みだった。


(何故、笑う?私に魅了の魔法でもかける気?)


 イラっとしたライラは、キースヴェルを睨みつける。


「ああ、これが氷の微笑かー!!ララ、とてもキレイだ。元が美しいから、どんな表情も魅力的だね。これから、毎朝その顔を眺められるのかと思うと・・・」


「はぁ?バカにしてるの?」


 キースヴェルの吐く甘い言葉に耐えられなくなったライラは悪態をつく。眉を片方上げて、にらみを利かしているその表情は貴族令嬢としてはアウトである。


「ぶっ、ふふふ。可愛い!!可愛すぎるだろー。ララ、素直過ぎるよ。俺、君の本心が分かるって言っただろう?だから、いいんだ。そのままの君でいて」


「何でも甘い言葉にするのは、病気なの?私の本心?あなたに私の何が分かるっていうのよ!」


「分かる。分かるよ。ララは、俺がノリで婚約話を進めて欲しいって言ったと思っていたんでしょ?だけど、俺がここに現れたから予想と違っていて焦ったんだよね?」


 ド直球で図星の回答をしてくるキースヴェルに、ライラは固まる。


「ララ、好きなだけ罵って。俺はちゃんと受け止めるから。お見合いの時に言った言葉は全部俺の本音だよ。ララを気に入ったから俺の妃にする。この一週間、毎日ララのことを考えていたんだ」


 何処までも甘い言葉を吐き続けるキースヴェルの調子に、完全に飲み込まれてしまったライラは、またどんな顔をしていいのかが、分からなくなってしまった。すでに顔も耳も真っ赤になっていて、それを見たキースヴェルがどんな気持ちなのかなんて、考える余裕もないくらいに・・・。


「そういえば、ララは、この部屋を覗いていたみたいだけど・・・。ええっと、何をしていたの?」


 キースヴェルが、話を急に戻したので、ライラは焦ってしまった。少し考えて話すという余裕もなく、素直に答えてしまう。


「私の新しい侍女の研修をしているって聞いて、気になって・・・」


「ふーん。新しい侍女か。クルム侯爵は守りの硬い人で有名だから、新しく人を雇うなら、かなり警戒しているだろうね」


「・・・・よくご存じで」


「ララ、俺のこと、もっと知った方が良いよ。君の夫になるのだから」


「ソウデスネ」


 ライラが、感情のない返事をしたというのに相変わらず楽しそうなキースヴェル。そして、次の瞬間、彼は信じられない行動に出た。


「そこの三人!!出て来てくれる?」


 大きな声で、大広間にいる三人へ話し掛けたのである。ライラは信じられないという目で、キースヴェルを睨みつけた。またしても、貴族令嬢としてはアウトな顔になっている。


 キースヴェルの声を聴いて、室内にいた三人が、掃き出し窓を開けて、庭へ出て来た。


「はぁ!?」


 そこにいた新人侍女たちは、アノ時の二人だったのである。


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