第3話 2、二人が出会った日 下

 ライラは、キースヴェルの言葉に一切反応しなかった。勿論、心中は穏やかじゃないのだが、長年の修行により、表情のコントロールだけは自信がある。


(何故、私が呪われていると分かった!?こいつ何者なのよ!ただのチャラ男じゃないってこと???)


 冷たい汗が背中を伝う感触がしていようとも、ライラは氷の微笑を浮かべ、心の内を探られないようにと細心の注意を払う。しかしながら、キースヴェルには全くと言っていいほど効果が無かった。


(何で、笑顔を浮かべているのよ・・・。私が冷たい表情をしても全く気にしていない?バカなの?それとも、まさか食わせ者なの?この王子・・・」


 ライラは急に不安になって来た。他の貴族たちとキースヴェルの態度が余りに違い過ぎるからである。


(いつもなら、私が氷のような冷たい視線で睨みつけた相手は、すぐ退散したのに・・・)


 ライラが思案していると、キースヴェルが一歩ずつゆっくりと近づいて来る。逃げようにも室内なので難しい。


「ララ、僕にその顔は無意味だよ。で、何の呪いなの?」


 ライラの眉間に皺が寄る。この信用出来そうにない王子へ自分の呪いのことを話して良いものだろうかと。


「そこまで警戒しなくても、良くない?僕、そんなに嫌そうな顔をされると、傷ついちゃうんだけどぉ・・・」


 言葉とは裏腹にニヤニヤしながら、キースヴェルはライラの頬を指でつついて来る。ライラは嫌悪感を隠そうともせず、後ろに仰け反って避けた。


「バカ!近づかないで!!」


(あっ、シマッタ!!)


「ふっ、バカって言った。ふふふ、ララ最高!!やっぱり俺と婚約してー!!」


(俺?・・・さっきまでは僕って言ってなかった?!)


「嫌です。浮気する人は大嫌いなので」


「じゃあ、しなければいいってことだね」


「いやー、殿下が浮気をしないなんて無理じゃないですか?」


「えー、何でー?俺、そもそも、女の子と付き合ったことなんて無いから浮気とかしたこと無いよ」


「うわっ、最低!!付き合わずに遊ぶタイプなのですね」


 ライラは目を細めて、キースヴェルを睨んだ。


「立場上、簡単に付き合えないから仕方ないじゃん」


(ケラケラ笑っているけど、何が楽しいのよ。というか、チャラ男ってみんなこんな感じなの?王子なんだから、侯爵令嬢の私なんかじゃなくて、他にもっといい人を探してもらいなさいよ)


「ララ、ちょっと手を貸してくれない?」


 キースヴェルは、ライラの手を掴もうとする。


(えー、絶対嫌なのだけどー!!)


 ライラは拒否するために、ワザと両手を後ろで組んだ。ところが、この行動は悪手だったと後に大きく後悔することとなる。


 次の瞬間、キースウェルは、ライラの両肩を掴み、強く引き寄せたかと思うと、そのまま唇を重ねて来た。


(えっ!?嘘!!!)


 強制的にキスをされた状態で抱き込まれてしまったライラ。暴れて抵抗しようにも、キースヴェルの力が強くビクともしない。キースヴェルの突然の暴挙に悔し涙が溢れて来る。


(最悪、本当に最悪!!!王子だから何でもしていいと思っているの???許せない!!ぜーったい許さない!!!)


 キースヴェルは、一旦、ライラのまなじりにサッと唇を寄せ、涙を掬い取った後、再び唇を重ねた。ライラは抵抗する気持ちは山ほどあるのに、逃げ出すことが出来ない。


ーーーー静かに時間だけが過ぎて行く。


(と言うか、長過ぎない?最初は嫌がらせかと思ったけど・・・。何かこの行動に意味でもあるのかしら?)


 怒りの気持ちから、もしかして何か別の思惑でもあるのか?と思考が切り替わった頃、漸くキースヴェルはライラの唇を開放してくれた。


 ライラが、ぎゅーっとと閉じていた瞼を上げると、キースヴェルの翡翠色の瞳が、ライラを見詰めている。こんな間近に異性がいると言うことが、ライラにとっては、イレギュラー過ぎて、すっかり動揺してしまった。ついには氷の微笑の仕方までも見失ってしまう。


(うーん、私、今どんな顔をしてる?ダメだ。頭の中が真っ白!!)

 

 すっかり、素に戻ってしまっているライラは、真っ赤な顔でキースヴェルを見上げていた。当然、本人は無自覚である。キースヴェルは、そんなライラにため息を一つ吐いてから、口を開いた。


「ララ、君が禁じられているのはアノ言葉だけであって、人と愛し合うこと自体は何の問題もないみたいだよ。俺なら、上手くやれると断言できるけど・・・。それでも断る?」


 キースヴェルが、とんでもないことを言い出した。ライラはポカーンと口を開けてしまう。チャラ男もとい、王子キースヴェルは、ニコっと笑った後、ライラの返事も待たずに、再びチュッと軽く音を立てて、彼女の頬へキスをした。


(なっ!何なの。チャラい男の人って、そんな簡単に女性へキスするものなの?もう何が何だか分からなくなって来たわ・・・)


 やりたい放題のキースヴェルに、氷の薔薇ライラは全く太刀打ち出来そうにないと、すっかり諦めモードになってしまう。しかし、ライラはここで一番重要なことを思い出した。


(そういえば、私は愛のない政略結婚を求めていたのだったわ!このチャラ男なら、ある意味バッチリなのかも・・・。だって、私のことを愛しているから結婚するってわけでもなさそうだし。私もキースヴェル王子は、全然好みのタイプじゃないもの。だとしても、浮気は許さないけどね)


 そこへ突如、終了の合図が入った。外からドアがノックされたのである。


「そろそろ話は終わったかい?」


 国王陛下は、ドア越しに優しく問い掛けてきた。


(あっ、陛下だわ。あなたの息子さん、シレっと罪を犯してますよ!と大声で叫んでやりたい。でも、身分が・・・。うっ、身分がぁ・・・、悔しいわ!!)


 ライラは心の中で叫び声を上げる。その横で、キースヴェルは陛下の質問へ淡々と返事をする。


「父上、あと少しお待ちください」


「分かった、あと少しだな」


「はい、すみません」


 キースヴェルはドアの外へ、あと少しの猶予を申し出てから、漸く腕を緩めた。ライラは平手打ちの一つでもお見舞いしたい気分だったのだが、先ほどの腕力の差を鑑みて、暴力に訴えるのは止めておいた方がいいと冷静に判断し、言葉で諭そうと試みる。


「ええっと、殿下。これって犯罪ですよ。私、同意していませんからね!」


「そう?君は僕の顔が好きなんだろ?」


「ひどい自惚れですね」


「現に噛みついたり、抵抗したりはしなかったよね」


「怖くて、そんなこと出来ません!」


「ふっ、嘘つきだねー。何故、俺が秘密を知っているのかが気になって、ずっと考えていたくせにー」


(んんん??まさか・・・、まさか!?私の心を読んでいる?そんな馬鹿なことは・・・)


「正解だよ。俺の秘密を教えてあげる。僕は魔・・・」


 ライラはキースヴェルの口を手で塞いだ。


「聞いていません!私は何も聞いていませんからね!!」


「ふっ、遅いよ。俺の秘密を聞いたのだから、もう逃がしてあげない」


「それ絶対、あちこちの女に言ってるでしょ!?」


「いや、君にしか言っていない。ほら、さっさと諦めて。俺と結婚しよう!!」


(婚約しようが、結婚しようにグレードアップしている・・・)


 ライラは天を仰いだ。この厄介な王子から逃げられる気がしない。


(私の人生、あらゆる意味で積んだ!?)

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