第2話 1、二人が出会った日 上

 空は厚い雲に覆われ、北風が吹き荒れている。今日は初夏だと言うのに、身震いをしてしまいそうなほどの冷え込み。これは一体どういうことなのだろうか。誰かこの国に呪いでもかけたんじゃないのか?と真剣に疑いたくなる。


 確かに、昨日まではこの国の誰もが夏の訪れを感じていた。小鳥がさえずり、新緑は陽の光をたっぷりと浴びながら、穏やかに揺れていたのだから。


 というわけで、とても縁起の良い日とは言えない状況ではあるが、この国一番の色男で、歩くフェロモンと言われている第四王子キースヴェルと、性格に難があり過ぎて、氷の薔薇と呼ばれているクルム侯爵家のご令嬢ライラのお見合いは、異常気象くらいでは中止にはならなかった。


―――――それにしても、不名誉な二つ名を持つこの二人が、お見合いをするなどと誰が想像するだろうか?


 このお見合いを提案したのは、長年息子の行動に頭を抱えていた陛下だった。クルム侯爵は氷の薔薇と呼ばれようと娘ライラを溺愛しているため、話を持ち掛けられた当初から女にだらしないと有名な王子に、娘ライラが苦しめられるくらいなら、陛下の不評を買ってでも断ろうと一度は決意していたのである。


 ところが、ライラに今回のお見合いの話をしたところ、彼女は第四王子に会うと言い出した。“陛下からのご縁談を簡単には断れないでしょう?難ありと判断いたしましたら、私がその場で断りますから、お父様は黙っていて下さいな”と冷ややかに微笑みながら・・・。


 ライラに釘を刺され、不本意ながらお見合いを見守ることしか出来なくなってしまったクルム侯爵は、どうかこのお見合いがご破算となりますようにと神に祈りを捧げるしかなかったのである。


―――――お見合い場所は、ベルガモットの良い香りが漂うティールーム“メイソンズ”の一室が選ばれた。


 この格式が高いティールームは会員制で個室になっており、秘密会議や密会の場として貴族たちに人気がある。常ならば王子の参加するこのような会(お見合い)は王城で執り行う。だが、如何せん話題を集めそうなこの二人のお見合いであるが故、人目に付かず、安心して話が出来るこのティールームの方が良いだろうという話になったのである。


 その話題に事欠かない一人目、サンチェスキー王国・第四王子キースヴェルは、口から息を吐くように女性を口説くと言われており、常に複数人の女性を連れている。そのため、歩くフェロモンという二つ名が付いた。


 当然、一人の女性に絞ることが出来ないのだから、婚約者はいない。そして今月、とうとうキースヴェルは十九歳の誕生日を迎えてしまった。通常ならば幼少期に婚約者を決め、二十歳になる前に婚姻を結ぶ王族たちにとって、キースヴェルは“王家の頭痛の種”なのである。


 そして二人目、氷の薔薇という二つ名で呼ばれるご令嬢ライラは、サラサラの金髪と澄んだ碧眼が印象的な美しい女性であるにもかかわらず、ツンとした性格が難点でお見合いを断られること九回。こちらも先月、十九歳の誕生日を迎えた。ライラもまた“クルム侯爵家の胃痛の種”と言われる存在なのである。


 さてさて、この問題ありの二人、お見合いは上手くいくのだろうか?


――――――――――


 (そもそもが・・・?いいえ、全てが間違っているわね)


 ライラは心の中で突っ込みを入れた。お忍びスタイル国王陛下夫妻と一緒にカフェへ現れた第四王子キースヴェルは、二人の女性を同伴している。


(しかも、女の子たちと腕を組んじゃっているし・・。コイツ(第四王子)がバカなのは置いておいて、注意しない国王陛下夫妻も頭がおかしいわ)


 ライラは横に座っている父親を窺う。


(お父様はあのバカ王子を見ても動じていない!?というか口元がニヤッとしていて嫌な予感・・・)


 この時、クルム侯爵はこのお見合いは失敗に終わるだろうと確信したためニヤリと笑ったのだが、ライラには伝わらない。


「宰相、遅れてしまい申し訳ない。キースヴェルがこの通り、二人の友人を連れて行きたいとゴネて時間が掛かったのだ。彼女らも同席して構わないだろうか?」


(んー、えーっと、陛下!?何をおっしゃられているのかしら?普通、お見合いをする男が複数の女を同伴して登場とかありえないでしょー!ちゃんと、息子に注意しなさいよ!!)


 ライラの眉間に自然と皺が寄る。その様子をキースヴェルは見逃さなかった。


「あっれー、ララ。眉間にお皺は良くないねー。可愛い顔が、台無しになってしまうよー」


(第四王子殿下!いきなり私を愛称呼びっ!?チャラい、チャラすぎる!!無理!!)


「殿下、先ずは自己紹介を・・・」


 クルム侯爵は、協調性や気遣いも全く期待出来ないメンバーを目の前にして、仕方なく音頭を取ることにした。普段、宰相の任についているので、人を纏めることは得意なのである。


「あ、クルム侯爵、そうだね。初めまして、僕は第四王子のキースヴェルだよ。好きな食べ物はチョコレートのかかったエクレア!!ララは何が好き?」


(あのー、今日って合コンか何かですか!?)


 氷の薔薇らしく、冷たい視線を送るライラ。


「いやー、そんなに見詰められるとドキドキしちゃうよねー」


(あの、どなたかあの人の口を塞いで下さい!!そして、今日のお見合いはもう無かったことにしてくれないかしら・・・。私、何故このチャラ王子とお見合いをしますって、安易に言ってしまったのー。お父様、ごめんなさい)


 軽いノリについていけないライラは、返事をしなかった。


「やだー、ライラさまって、ノリが悪いのねー!」


「ねー」


 取り巻きのA(茶髪・縦ロール)とB(黒髪・ストレート)が余計な合いの手を入れてくる。


(と言うか、あなたたち誰!?)


 ツンとして、視線を明後日の方向へ向けてしまったライラを見て、クルム公爵は無意識にため息を吐いた。


 本日の縁談が失敗するのは大歓迎なのだが、これで娘のお見合い失敗数はとうとう二けたになってしまう。そう考えると何とも複雑な気分になる。


「ほう、キースはライラ嬢に興味津々なようだな。今日の良き日にこのような席を設けてくれたことを感謝する。宰相(クルム侯爵)」


 国王陛下は、場の空気を全く無視して、縁談を纏める気満々のようだ。ライラは、この場から走って逃げたいと真剣に思った。


(もう、いつもみたいに私がこの会をブチ壊すしかないわね。お父様、先に謝っておきます。ごめんなさい)


「あのう、殿下。今日はお見合いと言うことで私はここへ来たのですけど、その女性たちは一体、どういうおつもりで連れて来られたのでしょうか?私、浮気をする男性はお断りですの。ですから、あなたとはご縁がありませんわ。もう帰ってもよろしくて?」


 ライラは嫌味たっぷりなセリフを、冷たい表情でキースヴェルへと投げかけた。ライラの言葉を聞いたキースヴェルは両肘に縋りついていた女性たちへ何かを囁いている。程なく、女性たちは腕から離れて、ドアの外へ出て行った。


「これで、問題ないだろう?ララ」


(ん?問題しかないわよ。取り巻きの女を外に出しただけじゃない)


 ライラは、無意識に首を傾げていた。それを見逃さなかったキースヴェルは間髪を入れず話し始める。


「父上、母上、そして、宰相、良ければララと二人きりで話をさせてくれない?」


 国王夫妻とクルム侯爵は互いに目配せをし、一緒に頷いた。ライラは簡単には諦めてくれそうにない相手にため息を吐く。


(お父様、まさかこの縁談を纏めたいの?最初は断るって言っていたのに、どういう心境の変化よ!)


 ぞろぞろと親たちが退席し、室内にいるのはキースヴェルとライラだけになった。


「ララ、これで気軽に話が出来るだろう?言いたいことを言っていいよ」


「いえ、特に話をするほど、殿下のことを存じてもおりませんので・・・」


「僕は君のことを知っているよ。同世代の男女と付き合わない氷の薔薇でしょ?だけど、そんなにキレイな顔をしているのだから、色恋の一つでもしたらいいん・・・」


「あー!もう止めてください!!色恋をしたくないからここにいるのです!!私は愛を語らなくてもいい政略結婚を希望しています。どうやら、殿下とは致命的に合わないようです。本日のお見合いはどうぞ殿下から、遠慮なくお断り下さいませ!!」


(先方が王族じゃなかったら、今すぐにでも断りたいわ)


 啖呵を切ったライラを、穏やかな瞳で眺めていたキースヴェル。少し考えるような仕草をした後、こう答えた。


「うん、君にする。よろしくね、ぼくのララ」


 柔らかな笑顔と落ち着いた声で、紡がれた言葉の意味をライラは理解出来なかった。先ほどからのやり取りで、何処にそんな結論を導き出すものがあったのか、と。


 ここで少しこの国の話をするならば、サンチェスキー王国はこの大陸の三分の二を国土としている大国である。周囲には小さな国が三つほどあるのだが、国同士の関係は悪くない。多分。


 そして、この国では王家も平民と同じく一夫一妻制で、国王陛下と王妃様の間には五人の子供が産まれた。しかも、全員男児である。すでにキースヴェルの上の三人の王子は結婚し、女児ばかりではあるが子供(孫)にも恵まれている。この国が滅びる可能性はゼロであると断言してもいいくらいの状況だ。


(殿下が結婚出来なくても、別に何の問題も無さそうだけど)


「あの、お断りしたいという私の言葉は聞こえませんでしたか?」


「ああ、それは却下する。僕は君が良い」


 ライラは頭を抱えた。仮に、もし万が一にも、このチャラ男を好きになってしまったりしたら、己は死んでしまう可能性があるのだ。クルム侯爵が何度お見合いを持ってこようとライラは一生涯断り続けると決めている。今回は身分の高い方からのご縁談話で、ここまでくる羽目になってしまったが・・・。


(こうなったら実力行使よ。ツンで乗り切るしかないわね)


「私は殿下とは上手くやっていけませんわ。お断りします」


 ライラがピシャと言い返すと、キースヴェルの表情がガラリと変わった。先ほどまでのヘラヘラした顔ではない。姿勢も正して、真っ直ぐライラを見据えている。


「ララ、僕のことをしっかり観察して見てごらん。君が本気を出せば、見えないものが見えて来るハズだよ」


 ライラは首を傾げる。


「君、呪い持ちだよね?」

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