第7話 1人の語り手と3人の聴き手

 ☆ 2016年 6月 (南波 あき 中3)


 夏のコンクールの正規メンバーに選ばれて私はうれしかった。

 やっと、私、新見風香を認めてもらえたんだって。

 それまで私は、「私」を見てもらえていなかったような気がしていた。

 

 小学校の高学年に上がるぐらいだっただろうか。

 だんだんと周りの女子は男子と遊ばなくなっていた。

 おにごっこやサッカーをしてみんなで遊んでいたはずなのに気が付いたら女子は私たった一人になっていた。

 なんでだろうとは思っていたけど私はあまり気にしていなかった。

 ただ純粋に遊ぶのが楽しくて幸せだったから、周りが変化していることに気が付くまでは。

 あの日私は休み時間に一人でお手洗いに行くとクラスの女子の話し声が聞こえてきてしまった。


 「風香ちゃんって男子にこび売ってうざいよね」


 一人の女の子が言った。

 そしてまた別の女の子が、


 「ちょっとかわいいからって私たちとは違うんですって感じだよね」

 「うんうん」


 最初の女の子がうなずく。

 そうすると別の女の子が、


 「しかも前なんて、男子に上目遣いしてぶりっ子してたらしいよ?」

 「えーきもーい」

 「きもすぎ~」


 私はそれ以上聞けなかった。聞きたくなかった。

 だってその日もその女の子たちと普通にしゃべってたし笑ってたじゃん……。

 全部うそだったの?

 

 「なんで……私、そんなつもりないのに……」


 ただ涙があふれる。

 行く当てもなく走る。

 泣き顔を見られたくないから。どこか……。


 「ねえ、おまえ新見すきだろ?」


 走ってると私の名前がまた聞こえて立ち止まって物陰に隠れる。

 今度は男の子の声。


 「そ、そんなんじゃないもん」

 「ふーん。じゃあ、新見は俺のだからな?おぼえとけよ」

 「ふ、風香ちゃんは君のじゃないよ!」


 すこしおびえてた男の子が涙を浮かべながら一歩前に出る。


 「へー俺にそんな口きくんだ。もう遊んでやんなーい」

 

 もうやめて……。

 私はただ、みんなと仲良くしていたいだけだったのに。

 なんでみんなかわっちゃたの。

 もうこんなことなら一人で良い、誰にも好かれなくていい。

 その日から私は小学校に行かなくなった。

 

 知っている人のいない中学に入学してもまだ私は人におびえていた。

 顔が見えないように長い髪で顔を隠し、別に目は悪くないけど大きな眼鏡をするようになった。

 だれもからも私が見えないように。

 入学ほどなくして、私は吹奏楽部に入った。

 理由なんて別にないと思ってた。

 周りの人たちが何かの部活に入って、担任にあなたもどこかの部活入ったら?って言われてとりあえずで体験に来て、なんとなく入った。

 最初は全然できなかったけど先輩たちに教えられて、ちょっとずつできるようになってそしたらたくさん褒められてそれがうれしかった。

 「私」が認められた気がしてうれしくてもっと褒められたくて毎日練習した。

 毎日毎日、パートグループの中で一番練習したと思う。

 そして二年生になって夏のコンクールで私は正規メンバーに選ばれた。

 選ばれてから数日、私は調子に乗っていたのかもしれない。

 練習した結果が認められてうれしくて、先輩方にもお礼を言って。

 そんな中、正規メンバーが同じ楽器の人たち全員の前で個人演奏することになった。

 もちろん私は全力で演奏した。

 自分の努力を出すように。

 演奏が終わると今日の部活は終わりとリーダーに言われたので、個人練習する場所どこかないかと校内を探し歩いてると、


 「新見さん、あんな演奏されたら私らどうやってもかてないよね」


 先輩の声が聞こえた。

 あんまりしゃべったことのない、練習グループの違う先輩。

 

 「わかる。才能っていうのかな。やっぱ違うよね」

 「結局才能ゲーじゃん。あーあ、つまんな」


 ちがう……ちがう!

 私だって努力したのに。

 がんばったのに。あなたたちはそれを見てないのになんでそんなこと言えるの?

 なんでもっと私を見てくれないの……。

 涙が私の視界をぼんやりとさせる。

 あぁもうだめ、泣きそう。

 でも、ここで泣いたらこの人たちに見つかっちゃう。

 そう思った瞬間私は走り出した。

 もしかしたら足音が聞こえていたかもしれない。

 でも今はそんなのどうでもいい。

 ただ、ここから遠くに行くことができるのなら。

 ただがむしゃらに走って人のいないところを目指した。


 旧技術準備室


 普段はほぼ誰もつかわない教室、いや倉庫?

 そもそもこのフロア自体ほとんど人が来ない。

 人が来ないなら今はなんでもいい。

 勢いよく扉を開けてすぐに占める。

 そして、


 子供みたいに大きな声で嗚咽しながら泣いた

 疲れてもう泣くことができなくなるまで泣いた。

 そしてばたっと床に倒れると、


 「気がすんだ?」

 「ふぇ?」


 驚きすぎて変な声が出た。

 だれもいないと思っていたはずのこの場に男子が一人いた。

 上履きの色的に中3らしい。


 「俺ここでねてたら急に君入ってきて泣き出すから出ていくにいけなくて……」


 申し訳なさそう。

 

 「い、いえ私もだれもいないと思ってましたし……」

 「まあ、そうだよね。で、何があったか聞いた方がいいやつ?」


 泣いていた私に気を使ったのか変な質問になってる。

 すこしおかしいのでわたしはぷっとふきだしてしまった。


 「なんで笑うんだよ、心配してるのに。あ、君吹奏楽部?楽器持ってるじゃん」

 「は、はい。一応」

 「一応って変なの。ねえ、今から用事ある?」

 「いや、今日はもう部活終わりなんで暇です」

 「そっか! じゃあさ、なんか聞かせてよ」

 「嫌です」


 私は断った。

 だってフツーに嫌でしょ。


 「え、じゃあ何があったか聞かせてよ」


 この絶対先輩性格悪い。


 「それもいやです」

 「なんだよもう。俺君の演奏聞きたかったのに。たくさん努力した音聞かせてよ」

 「あなたのために努力してないんで」

 「それも確かに。でもさ、多分だけど誰もためにも努力してないでしょ。自分のためですらない」


 胸がぎゅっとする。

 周りから見られないためにこの格好して、でも誰かに認められたくて努力して……ただわがままで矛盾してるじゃん。


 「わかんないです」


 ただ一言私はそう言った。


 「君の努力聴かせてよ。ずっと聞いとくから。君を教えて」


 初めて会った人なのにちょっと上から目線なのがむかつくけど、今はこの人で良い。

 努力を聴いてくれるなら。


 「新見風香です。君ではありません」

 「そっか。ごめんごめん。俺は南波あき、コンサートの予約はできてるかな?」

 「飛び入りですよ、南波先輩」

 「俺しかオーディエンスいないから貸し切りだね」

 「演奏中はお静かに」



 夕日が落ちて月が昇りどのぐらい時間がたったか覚えていない。

 ただ、巡回に来た教師か警備員に見つかるまでコンサートは続いた。

 


 


 



 



 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る