第4話 知らない男の子と知らなかった女の子

 ☆ 2016年 6月 (南波 あき 中3)


 梅雨のジメジメした雰囲気が学校を覆うなか、吹奏楽部は残り2か月を切ったコンクールに向けて全パートでの合わせが多くなっていた。

 私、西野朱里は中学2年生となってコンクール出場者の補欠に選ばれた。

 私が通っている中学は吹奏楽部の部員は100人を超えていて大会に出られるのは3分の1もいない。

 そもそも中3の先輩達でも出ることができずに引退を迎えることも少なくない。

 そんな中、中2で補欠に選ばれたことは、私にとって誇りだった。

 

 「すごいね、西野さん」

 「朱里ちゃん、さすがだね」

 「さすがです、朱里さん!」

 

 部活の同級生や先輩、後輩みんな私をほめてくれた。

 いっぱい練習した、たくさん練習した。

 一番遅くまで練習したし、一番早く来て練習した。

 私ががんばった、努力した結果。

 なのに、なんで……


 新見風香


 たった一人中2から選ばれた正規のメンバー、運動部だとレギュラーと言われるポジション。

 私が喉から手が出るほど欲しかったポジション。

 私が一番頑張ったのに、一番努力したのに。

 なんでなんでなんでなんで!!

 しかも私と同じパート。

 怒りと悲しみと嫉妬が私の心を覆いつくしていくのがわかる。


 あの子がいなければ……


 ふつ……ふつ……と浮かび上がったそんな気持ちが一瞬で今にも吹きこぼれそうなほどぐつぐつとわいてきた。

 新見風香、いつも長い髪と大きな眼鏡で顔を隠していてちゃんと顔をみたことすらないかもしれない。

 同じ楽器だけど練習は少人数グループで、新見風香とは違うグループ。

 正直ぱっとしない子。演奏もちゃんと聞いたことないかもしれない。


 



 そんな気持ちが続いて数日たった部活のある日、パートリーダーが同じ楽器の人たち全員を集めた。


 「はーい、今から正規メンバーが一人で演奏するので補欠の人やそうじゃない人も聞いてくださいねー」


 というと、正規メンバーは教室の黒板の方に立った。

 私たち補欠は前半分の席、それ以外は後ろの席や座れない人たちは立ってみていた。


 「はーい、じゃあ、演奏する前に名前を言って演奏し始めてね。演奏するところは最初からこの繰り替えし記号まで。わかった?」

 

 パートリーダがそういうと、まずは私からねといって演奏を始めた。

 うまい。やっぱりリーダーはうまい。

 私も来年この人みたいになるんだ。

 

 リーダーの演奏が終わるとわっと大きな拍手が教室をつつんみ、演奏を聴いていた部員たちから尊敬の言葉が漏れている。

 じゃあ、次は私が……と次々に正規メンバーの先輩方が演奏をしていく。

 うまい。まだ、私は先輩方には全然達していないのが自分でわかる。

 ただ、これからもっともっと練習すれば来年には先輩方に追いつけるかもしれない。

 遠く、まだぜんぜん遠くだけど先輩方の背中を見ることができた。


「じゃあ、最後よろしくね」


 リーダーが最後の演奏者、新見風香を見てにこっと笑う。


「は、はい。新見風香です。よろしくお願いします」


 髪と眼鏡で顔もよく見えないその女は、おどおどして演奏の準備をする。

 ほかの部員も注目をしているのか教室には新見風香の準備する音だけが響く。


 「ふぅ」


 大きく深呼吸をして新見風香は演奏を始めた。


 

 

 

 なんでなんで…………

 こんなに努力したのに、毎日毎日がんばったのに。

 かなわないじゃん。

 大粒の涙がこぼれおちる。

 あんな演奏されたら、私の努力じゃ勝てないじゃん。

 ずるいよ、ずるいって……。

 そんな才能見せつけられたらもう無理だよ。

 声にならない音を出しながら泣いて、泣いた。

 ただただ悔しくて、悲しくて、そして嫉妬で。


 すこし落ち着いて私はふと気が付いた。

 ここは……?

 たしか新見風香の演奏の後、パートリーダーが今日の練習は顧問が急用とかいってなしになったんだっけ。

 そのあと堪えてた涙があふれそうになって、でもだれにも泣いてるとこみられたくなくて無我夢中で走って人がいないクラスに飛び込んだんだ。


 「涙、おちついた?」

 「え?」

 「ごめんね 出るタイミング見失っちゃって」


 すこし中学生にしては背が高くて、でもまだ高校生ではないようなあどけなさ。

 そしてなにより、


 「うちの制服じゃない……?」

 

 うちの制服ではなかった。いつも見慣れてる制服じゃない。

 うちより頭がいい、地域で一番の中学の制服。


 「うん、今日はちょっと用事があってもうおわったんだけど、わすれものしちゃって」


 あははとその男の子は笑う。


 「えっと用事だとしても、別の学校の教室に一人でいるなんてありますか?」


 私はすこし強気に言った。不審がるとかではない。

 ただちょっと機嫌が悪いから、ほとんどやつあたりかもしれない。


 「あはは、ごめんね。ここの教室を使わせてもらってね。そこでこれ忘れて」


 着替え?がはいった袋を私にみせる。

 

 「そう……ですか」


 正直この人がどんな理由でここに居るのか興味はなかった。

 多分法律に反しない答えならなんでも受け流したと思う。


 「ねえ、なんで君ないてたの?」

 「それ聞くんですか?初対面で」


 この男、やばい。


 「初対面のほうがそういうの話やすくない?親しい方がきつかって僕はしゃべれないかも」

 

 悔しいけどなんかわかる。


 「だからさ、まあ聞くよ?」


 私はなぜかこの男子にいままでのことを話した。

 毎日努力して努力してでも、圧倒的才能でメンバーの座を取られて悔しくて、でもあの演奏聞いたらどこか納得して自分もいて。もうなにをしたらいいか、努力したらいいかわからないと。

 私の話を聞いてる間、その男子はじっとゆっくりたまに相槌をして優しい顔になる。


 「もうやめたい?」


 私の話が終わって一言目がそれだった。私の目を、じっくりとみて。


 「わからない」


 それが本音だった。

 多分どれだけ努力しても新見風香には勝てない。技術とかそんなんじゃない。音楽にはその人がもつ音色がある。あれには勝てない。私の汚れた音では。


 「すこしついてきてよ」


 その男子はそういうと教室をでてどこかへ向かう。


 「ねえ、あなた別の学校の人でしょ?なんでそんあうちの学校の理解してるの?」

 「いや、知らないよ?」

 「え?」


 明らかにこの人はどこか目的地があって進んでる。でも知らないって意味がわからない。


 「この上ぐらいだと思うんだけどなぁ」

 「ここ、だれもつかってないところですよ。私も初めてきた」

 「そうなの?でもこの上から聞こえたんだよなぁ」

 「きこえたってなにが……」


 そう言い終わるまえに聞こえてきてしまった。

 間違いない。

 この透き通るような、じめじめした梅雨をまったく感じさせない一人だけどこか遠くで演奏しているような音色。


 「ここだ」

 

 旧技術準備室


 こんなところほとんど来たことがない。文化祭の準備で道具を1回取りに来たかそのくらいだ。

 扉の前まできて男の子が私の方に振り返った。

 そしてゆっくりと私の耳元まで来て、


 「あける?」

 「ひゃっ」

 「何その反応」


 この男子は相当性格が悪いらしい。人の反応みて楽しそうに笑ってるし。

 まあ、と私は言って深呼吸をしてつづける


 「ここで聞きましょ」


 私は本能的にそう思った。開けるべきではないと。

 なんでそう思ったかはわからない、でもそう感じた。

 私が階段にすわると男の子も私の横に座る。

 窓ガラスから差し込む月明りが居心地いい。


 どれぐらいたっただろうか。5分か10分か、30分ぐらいたったような気さえする。

 

 「努力、どっちもしてたね」


 よこの男の子はふといった。


 「うん」


 "どっちも"

 そう男の子は言ってくれたけど違う。

 多分、新見風香は私よりもここで練習してたんだ。

 今だって音が途切れることがなかった。

 もちろん才能もわたしなんかよりあるとおもう。でも、努力でも負けてた。

 その人の努力をしらなくていや認めなくて、でも自分の努力は正当化したくて。


 「かえろっか」


 横の男の子が立ち上がる。


 「ごめん、新見さん。かってに憎んで、かってに嫉妬して。今年のコンクールはお願いね。来年は負けないよ」


 そう呟いて私も立ち上がり階段を下りた。


 


 教室にもどり荷物をもって校舎をでる。

 男の子は今日は親の送迎らしい。

 私は自転車だから校舎からでてすぐ反対方向になる。


 「じゃあね」


 その男の子が手を振る。


 「うん。じゃあね。えっと……」


 そういえばまだ私この人の名前知らない。


 「な、名前教えてくれませんか?あ、私は西野朱里です。中2です。」


 別に緊張するはずもないことなのになぜか心臓がバクバク言ってる。


 「三木良太だよ、中3。西野さん?またどこかでね」


 そう言った三木良太という男の子は背中が見えなくなっていった。



 

 この出来事から数か月後の夏のコンクール

 私は本番のステージに立っていた。

 新見風香がいなくなった代わりとして。


 

 

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る