「CASA」での昼食が済むと、わたしたちは、デパート四階、紳士服などが並ぶフロアへと向かった。


 祖母は、祖父へあげる初めての結婚記念日のプレゼントをまだ決めていなかった。


 理由は、


「何を買ったらええか、ほんまわからへん」


 一人での買い物は無理だと感じた結果、わたしを同行させることを思いついたらしい。


「そんなことやったら、もっと早いこと言ってくれたらよかったのに」


「行く前にあんたに教えてもうたら、絶対、おじいさんとかお母さんに言うやろ。あんた、おしゃべりなんやから」

 下りエスカレーターを降りた際、笑うしかなかった。


 紳士靴や革小物、バッグ売り場などを巡って、良さそうな品物を探す。話し合いながら、歩き続けること三十分以上。帽子売り場で祖母の足が止まった。


「これ、いいと思わへん?」

 祖母は陳列棚中央に置かれていた帽子を手に取って言った。黒色でワインレッドのリボンが入っている中折れ帽である。


「めっちゃ、おしゃれやん!」

 ダンディーさに溢れているこの帽子は、きっと、とても祖父に似合うはずだ。「これにしようよ!」


 わたしが後押したのもあり、祖母はこれを四十回目の結婚記念日のプレゼントに決めた。店員さんを呼んで、選んだ商品を購入することを告げる。レジに移って、会計をした。帽子を収めた白い箱は、プレゼント用に包装してもらった。それが紙袋に入れられて手渡された時、祖母は、まるで子どものような笑顔を浮かべた。


 祖母にねだってロフトの限定コスメを買ってもらった後、わたしたちは三時間あまりを過ごした西武大津を去ることにした。


 わたしが見慣れたダンディーな後ろ姿を見つけたのは、ときめき坂を上がり、まもなく京阪膳所駅に着こうかという時だった。


「あれ、おじいちゃんちゃう?」

 一瞬、「えっ? どこ?」と戸惑った祖母に、「ほら、あそこあそこ」遮断機が上がるのを待つ祖父の背中をひとさし指の先で示した。


 わたしは祖父に気付かれないよう、そっと駆け寄った。


「わあっ!」

 遮断機が上がった瞬間、背中に飛びついた。祖父の体がぶるっと震える。振り向いた時に見せた顔は、かなり引きつっていた。祖父は、反射的に手に持っていたものを隠した。


「えっ、なんでいるん?」


「ちょっと、ね」

 いたずらな笑みをまだ驚いている祖父に見せていると、祖母が急ぎ足で追いついてきた。「おじいさんっ」


 さらに面食らった様子だ。わたしと祖母が並んだところで、

「いや~、こりゃ、まいったな」

 はにかみ笑いになった。「毎年のように、家で渡そうと思ってたんやけどな」


「おじいちゃんも、西武に行ってたん?」


「ああ、これを取りにな」

 頷いた祖父は、背中に隠したものを明かした。


「えっ!」


 祖父が買ったもの——バラのブーケであった。赤と白のバラが十二本。花のいい香りに顔の筋肉が緩んでしまう。


「節目やし、ちょっと、こんなん作ってもうててん」

 ブーケを受け取った祖母は、ひまわりのように明るい表情になった。だが、プレゼントはこれだけではなかった。


「これも、君への」

 もう片方の手に持っていた西武の紙袋を渡した。中には、赤いリボンがつけられた箱が。少し重たい。


「……新しいマグカップ」

 祖父は言った。「いつも、古くなったコップ使ってるの見てたさかい……。おしゃれなカップ見つけたんや」


 祖母が毎日使っている色あせたマグカップ——思わず、「あっ」声を出してしまった。


「おじいさん……」

 逆に驚かされてしまった祖母は、目に涙を浮かべている。一方、祖父は、愛する人の喜ぶ姿を見ることができ、照れくさそうな笑顔になった。


(結婚したら、こんな夫婦になりたい)


 見つめ合う二人の姿は、今、わたしの憧れだ。そして、この光景を一生、何があっても忘れることはないだろう。

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