6
「プレゼント?」
きょとんとした顔で、反復してしまった。「誰にあげるつもりなん?」
「……おじいさん」
恥ずかしそうに祖母は言った。顔が淡い桃色に染まっている。「実は……今日、わたしたちの結婚記念日やねん」
「えっ、そうなん?」
わたしは目を見張って驚いた。そういえば、これまで一度も祖父母の結婚記念日について聞いたことがなかった。「知らんかった……」
「まあ、言ったことなかったしな」祖母は言った。「四十年前の今日、二月十三日にわたしは、おじいさんと結婚しました」
四十年前。十七のわたしからすれば、想像できないぐらい昔。正直、ゾッとした。
「四十年って、すごいな」
「すごいと思うやろ? でもな、案外あっという間やったで」
感嘆としながらわたしは言ったが、祖母は首を横に振る。「正直、『もうそんなに経ったんですか?』って感じ。だから、逆にびっくりしてるわ」
祖母の気持ち、少し分かる気がした。
昨年の八月三十一日に、わたしは十七歳の誕生日を迎えた。その時に、母や祖父母がわたしの写真が収められたアルバムを引っ張り出してきて見せてくれたのだが、写真右下に印字された日付を確認するたび、軽く衝撃を受けたものだ。あの時からもうこんなに経ってしまったのかと。
何気ない毎日の繰り返し。だからこそ、普段あまり時間のはかなさに気が付けない。記念日はそれを再認識することができるので、しみじみとなる。
「あっという間。でも、ずっと幸せやった」
「おばあちゃんとおじいちゃんって、どうやって出会ったん?」
「同じ仕事場で働いてた友だちが紹介してくれてん」
祖母は言った。「二十九歳の時やったかな。『こういう人いるんやけど、一回会ってみいひんか』って提案されてね」
その頃の祖母は、まさしく仕事一筋だった。毎日、朝早くに職場へ出勤しては、夜遅くまで残業をし、終電で帰宅した。現代の「バリキャリ」という言葉をあてはめれば、聞こえがいいかもしれない。
しかし、実際は、仲がとても悪かった母親がいる自宅に帰るのが嫌で、少しでも家のことから逃避しようとしていたからだった。
「ただ、このままずっと仕事だけし続ける人生を送るのはどうなんやろなって、悩んでてんな。そしたら、そういう話があったさかい、ちょっと会ってみようかなって思ってん」
「若い頃のおじいちゃんって、どんな感じやったん?」
すると、祖母は「フフッ」と笑った。「めちゃめちゃ、おとこまえ」
わたしは思わず口を手で塞いでしまった。
「マジで?」
「肌はきれいで、身体はすらっとしてる。映画に出てくる俳優みたいやったもんな。そのうえ、ものすごくええ性格やし。何回かその後、一緒に出かけたりして、この人と結婚しようと決めたな」
最初の出会いから十六ヶ月後、二人は結婚した。同じ年にはわたしの母が生まれ、祖母はかけがえのない幸せを手に入れた。
「結婚してから、一番思い出に残ってることってある?」
「そんなん、選べられへんわ」
徐々に前のめりになるわたしに、祖母は左右に手を振った。「でも……結婚記念日は毎年、嬉しくなるな」
うっとりとした表情で祖母は続ける。
「おじいさん、毎年、わたしにプレゼントを買って来てくれはるんよ。四十年間一回も欠かさず……ずっと、もらいっぱなしやねんけど。あっ、これやって、そやからな」
祖母はカバンの中に手を突っ込んだ。取り出したのは、いつも使っている深緑色の長財布だった。
「これは、五年前の結婚記念日に、ここで買ってきてくれはったもんやねん」
愛用の財布であることは知っていたが、まさか結婚記念日のプレゼントだったとは。「かわいいやろ、リボンがついてて。めっちゃ、お気に入りやねん」
「ぜんぜん知らんかった……」
と、わたしが言うと、
「そりゃそうよ」
「どういうこと?」
「おじいさん、シャイなところがあるさかい、こういうこと、こっそりとしかやらへんからね」
また、祖母は「フフッ」と笑う。「夜、みんなが寝たのを確認してから、わたしらの部屋でこっそりと渡してくれんねん。そん時に、『いつも、ありがとう。君と結婚してよかった』って、毎年、言ってくれるんよね」
とても嬉しそうな祖母の顔。わたしは、祖父から祖母へと注がれる図り切れない愛情に、胸がいっぱいになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます