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車輪の軋む音を轟かせながら、電車は
わたしと祖母は、電車とホームとの間にできた隙間に注意しながら降車した。この駅でJR琵琶湖線に乗り換えることができるため、狭いホームは電車を降りた人たちで混みあっている。人の波にのまれてしまったわたしたちは、前の人のくつを踏まないようにしながら進む。構内踏切をわたり終えると、わたしはICカードリーダーに「ICOKA」をタッチして、駅の外に出た。切符を買った祖母は少し遅れてやって来た。
「おばあちゃんも『ICOKA』作ったら?」
交通系ICカードが入ったカードケースをわたしは祖母に見せる。「いちいち駅員さんに切符もらってもらう手間、省けるで」
京阪膳所駅には自動改札機がない。そのため、購入した切符は待機している駅員さんに手渡して回収されるのだが、この際に軽く渋滞が発生する。駅員さんが手慣れているので、少しつかえる程度のことだが、列に並ばず、すぐに出られる点で圧倒的に「ICOKA」は便利だ。
「それに、電車乗る以外にも、コンビニとか使える場所いっぱいあるし」
持って損をすることはないのだが、祖母は、
「でも、わたしはええかな」
「なんで?」
「昔から切符買うてるさかい、それに慣れてもうてるんよ」
なんやそれ、わたしはくすっと笑いながらつっこみをいれた。
石坂線の駅前踏切を越えると、なだらかな坂道が琵琶湖方面に向かって続く。「ときめき坂」と呼ばれるこの坂の両サイドには、たくさんの店が軒を連ね、一帯は商店街となっている。
「大津の竹下通り」
家がこの近くにあるという学校の友だちが、膳所駅を出てすぐ伸びるこの坂道のことをこう言っていた。
わたしは竹下通りにはおろか、東京自体にまだ行ったことがないので、竹下通りについてはテレビからもたらされる情報でしか知らない。しかし、特集されるたびに、若者たちが行き交っている映像が流れる東京の坂道と比べ、今、祖母と歩く下り坂ですれ違うのは、ほとんどが高齢者。雰囲気も古めかしい。実際、その時の彼女の口調は自虐的だった。
坂は途中で二つに分かれ、道幅もより狭くなった。市立小学校の前を通り過ぎ、少しすると、旧東海道とぶつかる。ここを境に道幅はかなり広くなり、それまであまり見えていなかった西武大津店の建物が、いよいよその全体の姿を右手奥に現した。
におの浜二丁目の大きな交差点を渡り切ったところで、わたしは立ち止まり、西武の建物を見上げた。白タイルの外壁が冬の陽射しに照らされて眩しい。建物のデザインは、テラスをひな壇状に作り、その両端は何本もの螺旋階段が設置されるというもの。幼い頃はなんとも思っていなかったが、改めてよく見てみると、なかなかアクロバティックな外観だ。
正面出入り口からわたしたちは入店した。自動ドアをくぐった瞬間、店内の温かい空気が身を包み込んできた。
「あったか」
思わず吐息交じりに口から漏れた。今日の気温は五度。加えて山を駆け下りてきた風が吹いていたこともあり、膳所駅から歩いた七百五十メートルの道のりはかなり肌寒かった。
首に巻いていたマフラーをほどいていると、
「お腹、空いてる?」
横から祖母が尋ねてきた。
「まあ、ボチボチ空いてきたかな」
「ほな、先にご飯、食べてしまわん?」
そう言うと祖母は、左腕につけられた腕時計を見せてきた。時計の盤面の針は、午前十一時二十七分を示している。「もう少ししたら、レストラン、混み出すはずやから、早めに入っとこうや」
祖母からの提案に頷くと、エスカレーターに乗るため、歩き出した。
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