「あんた、今週の土曜日、空いてへん?」

 と、祖母から聞かれたのは、三日前の夕方のことである。授業を終えて、草津市くさつしにある高校から帰宅したわたしは、制服のままこたつに寝転び、録画していた月9ドラマを見ていた。


「今週の土曜日?」

 テレビを見ていた顔を祖母の方へ向けた。わたしのことを見下ろす形で立っている祖母は、コーヒーの入ったマグカップを持っている。長年愛用しているので、すっかり色あせていた。


 わたしは週末の予定を思い浮かべてみた。所属している部活の練習はなく、尋ねられた時点で、友だちからのお誘いも入っていなかった。


「今のところ、なんも予定は入ってへんかな」

 わたしの返事を聞いて、祖母の顔が安心したように和らいだ。それから、

「ちょっと、付き合ってほしいことがあんねんけど」

 お願いされた。


「いいけど……どこ行くん?」

 すると、祖母は、「西武、行きたいねん」と、言った。


 西武とは、そごう・西武が運営するデパートの大津店のことである。大津市おおつしにおの浜という場所に地上七階、地下一階の建物を構える西武大津店は、一九七六年に開店。以来、多くの大津市民にとっての憩いの場となってきた。


 わたしたち家族が住んでいる滋賀里は、西武のある大津の中心部からは離れているが、これまで西武には何かとお世話になってきた。小学校の入学式・卒業式といった晴れ姿用の衣装や習っていたピアノの発表会で着たドレス、さらにランドセルもそこで買ってもらった。また、最上階にあるレストラン街では何度も家族みんなで食事をしている。


 語り始めれば、いろいろなことが思い返される思い出の場所、西武。しかし、最近は近くを通りかかることはあっても、建物内に入る機会は全くなくなってしまった。家族そろって出かけることがめっきり減ったことはもちろんだが、友だちとのショッピングも、京都や大阪に出て行くことが多い。最後に訪れたのは、いったい、いつだったろう。


「西武で何すんの?」

 わたしが質問すると、祖母は、

「ちょっと、ね」

 意味ありげな答え方をされた。


 祖母は現在、夫婦そろって無職だ。普段、わたしや両親が学校や仕事に出かけている日中は、買い物をするために近所のスーパーへ出かけたり、掃除に洗濯と、家事をして過ごしている祖母。唯一の趣味は読書である。読書家で家の中にはこれまで買い溜めてきた蔵書が本棚いっぱいに並ぶ。一度数えたことがあるが、簡単に百冊は超えていた。


 旦那である二歳年上の祖父は、よくソファに腰かけて新聞を読んでいるが、実はかなりのアウトドア派だ。日課は近所を散歩すること。毎日五千歩は必ず歩くようにしている。また、最近は至る所の神社仏閣を巡ることにはまっているらしく、この間も京都にある有名なお寺に行ってきたと、押してもらった御朱印を見せていた。


 趣味が正反対な祖母と祖父。以前、祖母に尋ねたことがある。


「な、おじいちゃんと一緒にどっか行ったりせーへんの?」

 すると、「わたしはこうやって家で本を読んでる方が好きやから」文庫本を持ちながら微笑まれた。


 それでも、夫婦の仲はまったく冷え切っているわけではない。喧嘩は一切しないし、二人の会話はいつも弾んでいる。祖母は生粋のインドア派なだけなのだ。


 そんな祖母が珍しく孫のわたしに、「一緒に出かけてほしい」と依頼してきた。幼い頃にわたしから、「公園に行こう」「お外連れてって」などと誘ったことは何度もあったが、祖母から誘われたのは、これが初めてだ。少し妙に感じてしまったが、


「なんか、欲しいもん買ってあげるから」


 ついこんな文句につられてしまった。まだまだ子どもみたいなところがあるな、自分でも思うも、約束した通り、土曜日の午前十時四十五分、わたしと祖母はくつを履いて玄関のドアを開けた。

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