おくりもの

醍醐潤

 ⅠCカードリーダーに「ICOKA」をかざした瞬間、踏切の警報器が騒ぎ始めた。小さなプラットホームの先、ライトグリーンとダークグリーンに塗り分けられた電車が見える。


「おばあちゃん、電車来たで」

 わたしは券売機で切符を買っている祖母へ呼びかけた。しかし、その姿はここからはちょうど死角で見えない。


「わかってる、わかってる」

 切符売り場の方から祖母の返事が聞こえた。焦りの色がまったく感じられない言い方。祖母はマイペースな性格だ。


(乗り遅れへんかな)

 わたしは、少し心配になった。


 ガタン、ゴトン——。


 電車がゆっくりと浜大津はまおおつ方面のホームに入って来た。重たいブレーキ音が響き、電車は止まる。制帽を被った運転士が、運転台の窓から顔を出した刹那、祖母はカバンに愛用している深緑色の長財布をしまいながら姿を現した。


「めっちゃ、タイミングええな」

「そりゃもう、四十年以上前から乗ってますからね」

 ドアが開く。祖母が余裕そうな顔をしながら親指を立ててきたので、わたしは思わず笑ってしまった。


 二月第三土曜日、午前十一時十分前の京阪電車の車内は、これから遊びに行くのであろう、家族連れや若い人たちで、そこそこ混雑していた。わたしたちは空いていた座席を見つけ、並んで腰を下ろした。


 ドアチャイムが鳴って、ドアが閉まる。石山寺行きの電車は、ゆっくりと、わたしたちの家の最寄り駅、滋賀里しがさと駅を出発した。


 田んぼと湖西線の高架橋の向こうに広がる琵琶湖を左手に見ながら、電車は軽快に速度を上げていく。


 友だちからのメールをチェックしようと、わたしはカバンの中から携帯電話を取り出した。その際に、ちらりと横に座る祖母の顔を見た。


(なんか今日、楽しそうやな)

 今日の祖母は、とてもウキウキしている。


 かなり前からずっと一緒に暮らしてきたが、わたしがこんな祖母を見るのは初めてだ。


 何かに心を躍らせている——しかし、その理由を、わたしは知らない。


 車内アナウンスがかかる。一つ隣の駅、南滋賀みなみしがに停車するため、電車は速度を落とした。

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