第5話 ある多重人格者の告白
テスト期間が終わり、気が抜けたのか、熱を出して寝込んでしまった。
昔から、知恵熱が出やすい体質だ。
こういう時は、アイスノンを枕カバーの下にしいて、厚手の毛布を掛けて寝るに限る。
枕元には、大切な蔵書たち。
これらを読みながら、うとうとまどろむ。
「ほっけおじさん、調子どう?」
「大分戻ってきたよ。今、父が作ってくれた鳥のお粥食べながらBD見てる」
「それって、お母さんが買ったってやつ?毎年買ってるんでしょ?」
「うん」
「いや~親子で同じコンテンツ推すってすごいね」
ワハハと笑う、彼女の顔をわたしはまだ知らない。
ゲーム感覚で遊べるコミュニケーションアプリを使って、今、わたしは会話をしている。
そのグループには、アイドル部、という名前がついている。
わたしたちは、写真投稿型SNSで繋がった仲間だ。
同じアイドルゲームが好き、という共通点を持っている。
わたしは、「ほっけ」と名乗っている。
たまに自分のことを「おじさん」とおちゃらけていうので、みんなから「ほっけおじさん」とか呼ばれる。
ここに集まったのは、わたしも含めると六人。
五人の名前はそれぞれ、orange、背負子、お茶、イリ、ななという。
みんなわたしと同じ高校生だ。
「ほっけおじさんは無理するところあるからな~」
orangeがいう。彼女の担当アイドルは、風変わりなちびっ子だ。独特の感性を持っていて、そこが目が離せなくて可愛いと彼女は熱弁する。
「本当にさあ、無理するなって」こっちが背負子。彼女の担当アイドルは、ヴィジュアル系を愛するゴスパンッ子だ。独特の美学を持つ女の子って格好いいじゃん!なんてよく言っている。
「そだよ。お茶、無理しないもん。駄目な時は駄目ってはっきり言うよ」
お茶はメカクレギザ歯のお姫様を応援している。もはや偏愛に近い。
「本当さ~、おじさんはな~。治ったらおいしいもの食べな」
心配そうに言ってくるイリ。彼女の担当はエキゾチックな美貌を誇る同人作家。彼女も漫画を多く読むから、共感してしまうらしい。
「ほっちゃん、無理しんといてな。うち、心配や」
柔らかな方言を使っていうのは、なな。彼女はすぐに心中したがるヤンデレアイドルの担当。とても温和でのんびりしているのに、何故かメンヘラ体質の子に弱い。
「母の話でさあ、相談があるんだけど」
「何?」
「それがさあ……」
例の件を切り出すと、あ~~~と一斉に呻くみんな。
「おじさんママ、本当に変な人だね」
「でしょ」
「いや、その先生も大分おかしいけど……どんだけ本読んでるの?おじさん以上でしょ?」
「本当にね……その人のおすすめした本、全部読んだことないよ」
「まあでもさ~、うちらのジャンルでも、出身地って重視されるじゃん?県民性ってやつ?」
orangeが言った。
「あ、そっか!なるほどね!」
「その先生、どんな人なの?」
イリが言う。
「うーん……一言でいうと、博識?」
「いやそれは分かるって!十分伝わったって!」
「あとなんだろ……あ、なんか地元に伝わる方言があるって言ってた」
「どんなの?」
「だいたい午後四時ぐらいの時間帯……こんにちはとこんばんはの間に言う挨拶があるって」
「なるほどね……」
「お茶の地元、そういう言葉、ある!おじいちゃんとか言ってる!」
弾んだ声でお茶が言った。
「アタシもあるわ。年寄りが言ってる」
背負子もそう続く。
「マジか。ちなみに今更だけど、みんなの出身地知らないから、この際どこの地方だけでも言わない?」
おそるおそるそう切り出すと、いいよ、と言ってくれた。
「orangeは上越だよ~」
「背負子は北関東」
「あ、お茶も北関東!」
「イリは南関東だよ」
「うち……あ、ななは北陸やよ」
お礼を言いながら、わたしも出身を告げた。
「そうなんや!うち、今度行こうかな!」
ななが優しく言ってくれる。本当にいい子だ。
風邪が治ったら、希代のメンヘラ男、太宰の『魚服記』でも借りよう。
この扉を見るのも久しぶりだ。
そう思いながら、図書室のドアを開ける。
「おや、お久しぶりですね」
「ハイ、風邪を引いていて」
「それは大変。もう大丈夫なんですか?」
森山先生の目が丸くなった。
わたしは、力こぶを作って見せて、完全回復ですなんて言ってみせる。
「ところで、先生」
「はい、なんですか?」
「先生はこのゲームやってますか?」
アイドルゲームの名前を出すと、彼女はかぶりを振った。
「いえ、私はもっぱら擬人化ゲームが好きでして」
うーん、残念。ここから会話のとっかかりを見つけられればと思ったのに……
「ちなみに、何やってるんですか?」
「ずっとこれをやってます」
そういって、見せてくれたのは、わたしがよく知らないブラウザゲームだった。
「この子が好きなんです」
ちょっとおどおどしていそうな女の子だ。森山先生なら、もっと知的な女性とかを好むのだと思っていた。
「可愛いですね」
「ホホ、この子に出会って、人生が変わりました。それで、今日は何を読むんですか?」
「『魚服記』を」
「承知致しました。では、今度も私のおすすめを持ってきますね」
森山先生が持ってきたのは『雨月物語』という本だった。
「『魚服記』が元ネタにした作品と、同じ作品を元ネタにした作品が収録されています。『夢応の鯉魚』というものです」
「おもしろいですか?」
「ええ。ただ、高校生には難しいかも。分からなかったら、教えますよ」
どれどれと捲る。確かに、これは古典文学を勉強したての私には難易度が高い。
じっくりと取り組もうとしたら、先生がこんな台詞を放つ。
「ショウタロウ・コンプレックスって知ってる?」
「え……」
絶句した。ショタコンってやつだよね……?高校生に何を言うのか。
「『雨月物語』にも、ショウタロウ・コンプレックスのお話、出てきますよ。全五編のうち、二つ」
「多くないですか?!」
「この本の作者、上田秋成の時代には珍しくなかったんじゃないでしょうか」
「は、はあ……」
「時代って移り変わりますからね。おおらかな時代もあったんですよ」
ホホ、と微笑む森山先生。やっぱり不思議な人だ……
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