第4話 九年目にワニが来る

連休も終わって、テストも近づく今日この頃。

うちの学校は一応進学校と呼ばれている。

ここで悪い点をとったら、今後の進路に響くだろう。

気を引き締めて、授業に挑むわたしであった。


お昼休み。

わたしは、クラスメイトふたりと共にお弁当を食べていた。

同じ漫画が好きで集まった仲間。

その作品は、ちょっと古い、異能力バトルものだ。

わたしは母が薦めてくれたのがきっかけで読んだが、彼女らは年上の兄弟から薦めてもらったらしい。

片方が袋田、もう片方が史香という。

ふたりとも絵が堪能だ。わたしはおまんじゅうみたいな絵しか描けないので、ちょっと羨ましい。

両方とも理系志望なので、文系志望のわたしとは、いつかクラスも分かれてしまう。

それまでに、彼女らと親密な仲になっておきたい。


「あー、森山先生!ミステリアスだよね!」

元気に袋田が言う。

「なんか~、あの先生、学校中で話題になってるよね」

のんびりと言う、史香。

「いやだって……あんな先生がいたらね」

「それもそうか」

声を合わせていうわたしと史香。

「聞いた話によると、あの人、読書ノートつけてるらしいよ」

と、いう袋田に、ナニソレ?と疑問の声をあげる。

「本のあらすじとか、登場人物とか、関係図とか、ノートにまとめているらしい」

「うわ~、マメだねえ」

でもさ、と史香がいう。

「わたしも漫画読むけど、複雑な設定だと、なんかあやふやになってきちゃうんだよね」

「わからんでもないな……」

確かに、複雑に設定が練られている漫画だと、途中で頭の中がごちゃごちゃになってきてしまう。

「まあ、読書感想文みたいに簡潔にまとめられたらいいかもね」

「それだと、あとで読むときにやっぱり思い出せなくなってしまわない?」

「でも、必要最低限メモしておいて、また読み返せばいいじゃん」

そういうと、そうかなあ……とふたりが首を傾げる。

「そんなに本って読み返すかな?」

「うん。繰り返し読んでる」

「あーでも、漫画もたまに読み返して、これいいわ……って反芻する時あるよね」

袋田がそういうと、史香は納得したようだ。

「子供の頃に読んだ少女漫画とか、いいなあって思う時あるね~」

「でしょ?だから何度でも読めるんだよね」

「アニメ化した時に読み返すと、あ、こういう表現するの?!ってなるよね」

「わかるな~、アニメにしかない表現ってある」

「だから声優さんとか、アニメ会社って見ちゃうよねえ」

「わかる!このキャラならこの声優さんがいいなって思う!」

「そういう時にイメージボイスのキャスティングと一致したりすると、もう、ね……」

「いやでも、合わなかった時もそれはそれでいいんだよな~」

「わかるわ~」

「あ、もう午後の授業始まるじゃん」

「やば!」

慌ててお弁当の残りをかきこみ、ばたばたと教室に戻る。

今日は何の本を読もう。


ガチャリと図書室のドアを開ける。

今日のカウンターには、森山先生の姿はなかった。

席を外しているのだろうか。

なにか懐かしい本でも読もうかな、と思って、ふらふら本棚の隙間を巡る。

「お、これがいいな」

『星の王子さま』があった。

独特の可愛い挿絵で、幼い時からこれが大好きなわたし。

机に座って、ページを捲る。

風がわりで、わがままで、でも、憎めない。

そういう王子さまの言動にくすりとしていたら、図書室の扉が開いた。

「ホホ、いらしてましたか」

「あ、どうも」

「どうも。何読んでるんですか?」

そう言って、表紙を覗きこんでくる。

「ホホー、名作ですね」

「ですよね」

「じゃあ、同じ作者で……こういうのはどうですか?」

そういって取り出して来た本のタイトルは、『夜間飛行』。

「これ、訳がとってもロマンチックなんですよ」

「へええ……」

「版はいくつかありますが、私はこれが一番好きですね」

「どんなお話なんですか?」

「飛行機乗りの話です。作者である、サン=テグジュペリの体験を元にしています」

どれどれ、と本を開く。

星が印象的に描かれている。素敵だ。

わたしの住む町は、田舎なので、星がよく見える。

父に買ってもらった双眼鏡で星空観察をしたり、兄の遺したカメラで星空を撮影するのが好きだ。

その事を伝えると、森山先生はホホと笑う。

「私のふるさとも、田舎でしたよ」

「そうなんですか」

「はい。でも、ここは水がおいしいんですよね」

「え?」

それは意識したことがなかった。

「うちの地元は、とにかく、水がまずい。飲めたもんじゃありません」

「そうなんですか……」

「ま、海は近いので、魚はおいしかったんですけどね」

「それはいいですね」

わたしの住む場所は、山に囲まれていて、海がない。

だから、わたしは海に憧れている。

まだ見ぬ森山先生の故郷に行ってみたいと思った。

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