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「ん~悩むなぁ……」


玲奈たちといったん分かれて葵と先に服屋に来てた怜。

この服屋さんは季節に合った服はもちろん、季節が違くても着ることの出来る服を取り扱っており、女性客からはとても人気のある服屋さんになっている。


玲奈もよくここに服を買いに来ている。


「夜狼くんはこっちの長ズボンとスカート、どっちがいいと思う?」


「どっちもお前になら似合うと思うんだが? 足長いし」


「だよねぇ。ボク的にはスカートの方がいいと思うけど、ズボンの方が動きやすいからなぁ……」


基本的に葵はズボンをよく履いている。

理由としては動きやすいのもあるが、もう一つはキャラ的に似合わないと思っているからだ。周りからの視線や噂を耳にしていないわけではない。

王子様と呼ばれるくらいに自分が女子高生ではなくて、イケメン女子のような面構えをしているのは家の鏡などでも自覚している。


それも相まってなかなか女子の着るような服に手を付けられていないのだ。


「制服はスカートなのにな」


「あれは、まぁ、学校でくらいは多少女子高生として過ごしたいからね。さすがに学校でもズボンでいる訳にはいかないし」


「薫先輩もそうだしな。スカートとズボン、どっちを履くかは個人の自由だからまぁ文句はないけど」


「私は制服のスカートは気に入ってるよ? 足長く見えるし、何よりデザインが最高なんだよねぇ~」


青薔薇学園のスカートには学年が分かるように内側に学年の色が使われいる。

もちろんリボンも学年カラーになっているのだが、付けている人と付けていない人と分かれるのもあって基本的にスカートで見分ける方が楽になっている。


「ちょっと試着してくるね」


「んー」


いくつかの服を持って試着室に向かった葵を横目に怜は男物の服が並んでいるコーナーに向かった。

女性ものだけでなく男性向けの服も置いておいてくれているあたりこの店が人気出るのもうなずけてしまう。


「始めて見るけど、意外とそろってるもんだな……」


あまりの種類の多さに驚いていると後ろに気配を感じた。


「何か用ですか?」


「ありゃ、バレた?」


なぜか聞き覚えのある声が聞こえて後ろを見るとそこに立っていたのは店名の入ったエプロンを付けた楓だった。


「お前……なんでここにいるんだ?」


「なんでって、ここあたしの姉ちゃんが経営してる服屋だし」


楓が顔をカウンターの方に向けると、そこにはこれまた美人な女性が立っている。


「あれ、うちの姉ちゃん。大学卒業して今はこの店でいろんなお客さんにファッションのアイデアを教えてあげたり、服のデザインを考えたりしてるんだ~」


「お前はその手伝いってわけか」


「そゆこと~私も大学卒業したら服屋さんで働きたいからさぁ。今は姉ちゃんの所で勉強しつつ手伝わせてもらってるんだぁ~」


「ギャルっぽく見えてちゃんと夢はあるんだな」


「ギャルっぽくしてるのはそうした方がみんなと絡みやすいからだよ? 実際ギャルは周りからモテるし信頼もされるからね」


部活以外での楓は基本的にギャル要素全開で、誰でも絡みやすい性格を演じているのだが、中身は真面目で大人しめである。

ギャルとしてふるまっているのはそうすればスクールカーストのトップになれて弱い者いじめをする人がいなくなるという計画性があってこその演技だ。

楓がスクールカーストのトップにいる限り、周りは楓に逆らおうとしなくなる。結果的にいじめという行為はクラス内では起きていない。


ただ、当の楓は自分は誰かの上に立つことは興味がないため、それとなく上位勢としてふるまいつつ周りに引っ付く取り巻きを上手いこと利用してクラス内での統率を取っている。


「あたしはギャルってものがよく分からないからそれとなく演じて、それとなく似たようなことを言っておけば周りが勝手に従うからそれで統率を取ってるだけだよ」


「学園の中では必ずしもいじめとかが起こらないわけじゃないからな。お前みたいなやつが一人いるだけでそれなりにまとめられるってわけか」


「何気に君も人のことよく見てるんね。今のあたしの話を聞いただけであたしのやり方が間違いとか関係なしにクラス内での差別感が生まれない原因だって解釈したみたいだね」


「憶測だ。実際に統率を取ってるのはお前じゃなくてお前の取り巻きだろ? お前はなんとなくの支持係、違うか?」


「あっはー、そこまでバレてるんだ」


「まぁ、薫先輩も助かるだろうよ。青薔薇学園ではいじめが発覚した場合は停学、もしくは生徒指導だ。その抑止力になってるのが風紀委員の薫先輩だからな」


「あたしのおかげでいじめがないってこと?」


「間に割って入る必要がないってことだよ。万が一お前のクラスでいじめが発覚しても神崎の立ち位置なら止めることだってできなくはない」


一般的に学校内でいじめが発覚しても停学ではなく生徒指導が当たり前なのだが、青薔薇学園理事長の一ノ瀬青葉の教育方針は『生徒は教師が預かる宝物であり、生徒を危険から守るの教師の役目。宝に手を出し傷つける者は許すな』というもので、青薔薇学園が開口して青葉が理事長職に就いてからというものいじめは一度も起こっていない。


「あたしは自分のためにやってるわけじゃないよ? あたしは自分の容姿も能力も自覚してるし、それを傲りにしたことなんてないもん。だからあたしは今の立ち位置のままで誰かを救えるような人になりたいんだよ」


「それはお優しいことで」


「あっは~それを君が言っちゃう? 君だって優しいじゃん?」


「俺はそんな大層な人間じゃない。やりたいことをやりたいタイミングでやってるだけだ。そこに理由なんてねぇよ」


「謙虚やんね。まぁ、自分で自分は優しい人間ですなんて言わないか普通は」


「そりゃあな。自意識過剰だろもはや」


「だねぇ~あ、そうそう。さっきから君の後ろに悶々としたオーラをまとったお姫様がおるよ?」


楓の言葉聞いて振り返ると明らかに不機嫌そうな葵が顔だけのぞかせていた。


「今日って俺の命日か何かか?」


「かもね。頑張って~」


それだけ言ってひらひらと手を振りながら立ち去って行った楓を後回しにして振り向くと、ほぼ真後ろに葵が立っていた。

忍者か何かかな。


「何してるんだ……」


「むっすぅー」


(いや自分でむっすぅーって言ってるし)


明らかに不機嫌なのはわかる。ただ、心当たりがない。

学園のマドンナを拗ねさせてしまっている以前に葵が拗ねているのを見るのは初めてで正直驚いてる夜狼怜(16歳)。


「もしかして神崎と話してたことに拗ねてるのか?」


「別に……ただ、今日はボクの友達としていて欲しかったのに……」


(友達……とも、だち……? ん???)


葵の口から出た言葉に思考が停止した怜。


(待て待て、今日俺が誘われた理由って玲奈たちの買い物に付き添うのと抑止力の為だよな? なのになぜこの子は今日は自分の友達として俺がいるって思ってるんでしょうか? 本来の目的をお忘れでは? いやでもありえなくはないのか……姫野と友達の関係になったのは姫野が自分を取り繕うことなく接することが出来るから……)


――この間わずか3秒ほど。


自分のルックスは誰よりも分かっている。ルックスには見合うようなキャラでいなくちゃいけない。そこで葵は王子様として学園では生活している。


そこには男子からの視線も向けられることだってある。でも葵は人の目を見れば誰が何の感情を抱いているのかは一目見ただけで判断できる。


そのほとんどが下心のある連中が多い。スポーツ部に所属してる先輩は簡単に近づいてきて勝手に髪に触れようとすることなんて当然の様にふるまって来る。


だからこそ心から落ち着ける空間がなく、薫のように武力を有しているわけではないためにイケメン女子として振舞うしかないのだ。

だからこそ怜は葵にとっての救世主のような人でもある。


「神崎とは学校の話をしてただけだ。特にこれといった話はしてないから姫野が気にすることでもない」


「そう? ならいいけど、一つ夜狼くんに言っておくよ。ボクは君を信頼してて、君はボクにありのままのボクでいいって言ってくれた友達だから……だから、その……二人の時はボクの側にいてほしい……」


途中で恥ずかしくなったのか頬を赤色に染めて手に持っていた服で自分の顔を隠してしまう。

おそらくこの様子をクラスメイトでも見たらキュン死をする人が続出することだろう。


「はいよ。二人の時は基本的に近くにいる様にする」


「うん……え、えっと、買って来るね……!」


小さくうなずいてからそそくさとレジに向かった葵の背中を見送りつつ背中に感じる生暖かい視線に呆れて振り向く。


「狙ってたな貴様」


「おやおや、狙っていたとは侵害じゃないかい? ラブコメの王道『ヒロイン(マドンナ)が自分以外の女の子と楽しそうに話しているのを見て嫉妬! いなくなった隙を狙って恥ずかしがりながらも側近宣言!』萌えるくない?」


「黙れこのオタク脳。てか姫野が嫉妬してるとかありえないだろ」


「おいおい、あの様子を見ておきながら嫉妬していないと言えるのかい? あれは確実に嫉妬してまっせ。てか姫野さんといつの間にあんなに仲良くなったん?」


「まぁ、かくかくしかじかあってな」


「なるほど……学園の王子と友達関係を築くことを拒みながらもだんだんとその魅力に惹かれ挙句の果てには……ブツブツ……」


「おいこら人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇ。ちゃんと段階は踏んだわ」


「およよ? 惹かれたわけじゃないの?」


「あいつの意思だ。理由は話せんが友達関係になりたいんだとよ」


「ふぅん。てなわけで改めて頑張ってね?」


言葉の意味が理解できずに小首を傾げると何やら寒気がした。


「や・が・み・くん?」


「⁉ あ、いやこれは……!」


バッと隣を見るもいつの間にか立ち去った神崎。とりあえず今日の人生終了を察して頷く。


「約束破ったからクレープ奢ってね?」


「はい……」


アルカイックスマイルに負けて2500円もするクレープを奢ることになり、玲奈たちと合流した後は一度も口を開くことはなく、トボトボと葵の横を歩く羽目になってしまった怜であった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

怜って意外と鈍感なんですよ。ついでに渚の姉の影響を受けて若干オタク脳化してしまっているので神崎とは相性がいいんですよね。そこに姫野葵というラブコメヒロインを追加してしまったらオタク脳全開ボケ担当の神崎とツッコミ役になる怜が出来る訳ですね。

まぁ、怜の鈍感さとクールキャラを少し崩した性格をお楽しみに

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