page.9 つまりはそういうことだな

『ごめんね怜……お母さんがもっとちゃんとしてたらあなたに悩ませなくて済んだのに……』


なんで――なんでそんなこと言うんだよ――俺は――ただ――っ!


「……!? はぁ……はぁ……」


思い出したくもない過去、消し去りたかった過去、ずっと忘れていたはずなのになぜ今になって思い出したのかは分からない。

ただ一つ言えるのは完全に忘れたのではなくて、忘れようとして記憶の奥底にしまい込んだのだ。


「昨日玲奈と話したからかな……」


過去の話なんて玲奈とはしないつもりでいたのだが、いつ何が起こるかは誰にもわからない。怜が実の父親、否元父親を忌み嫌うように自分の持つ才能の腹立たしさをずっと記憶の片隅にしまい込んで引っ張り出すことなく夜狼怜として生活してきた。


ふとした瞬間に記憶の中から一瞬でも出て来てしまったのだろう。


「母さん元気にしてるかな……」


怜が一人暮らしを初めて半年が経つ。

半年以上あっていない状態が続き、連絡もたまに心配のメールが来るのと近況報告をするくらいで、それ以外の話に花を咲かせたことは一度もない。

そのため最近何をしているのかは把握しているわけではないのだ。


「考えても仕方ないんだけどなぁ」


一人ベッドの上で呟いていると誰かが廊下を走ってくる音が聞こえ、次の瞬間――


バンッ!


「お姉ちゃんが来たよー!」


「……」


部屋の扉が勢いよく開いて中にずかずかと入ってきたのは、これまたハイテンションなブラコン姉の玲奈である。

普段学校ではゆるふわ系の母性溢れる優しいマドンナなのだが、誰も見ていない兼怜の家ではこのような形でハイテンションになる。


「朝からうるせぇ……」


「え? 誰が?」


「お前だお前、この歩くスピーカー」


「ひどい! 私ロボットじゃないよ!?」


「そういう意味じゃねぇよ声量がでかすぎるから歩くスピーカーなんだよ」


「あーなるほど」


「なっとくしちゃったよ……」


テンションがあっちに行ったりこっちに行ったり、朝からそれなりの体力を使わせて来る姉に深くため息とジト目を向けつつベッドから降りる。


「つーか、何でいるんだよ。今日休みだから薫先輩と遊びに行くんじゃないのか?」


「そうだよ~でも、二人だけだとつまらないから怜くんも誘いに来たってわけ」


「なんで俺まで……」


「葵ちゃんも来るみたいだから、先輩の間に挟まれると緊張しちゃうかな~って」


「あー、あいつ真面目だから先輩に気を遣うのか」


「そういう事。だから同学年の誰かいればいいなって思ったけど、渚君は部活で来れないし、他の子に頼もうとすると身が持たないって言われちゃった」


(そりゃそうだ)


学園三大美姫と一日遊ぶなんて荷が重すぎて一日が終わる前に体力(いろいろな)が持たずに昇天すること間違いない。

誰もが憧れる三人と遊ぶにはそれ相応の覚悟がいるのだ。


つまりは三人と分け隔てなく、遠慮もなしに話して遊ぶことの出来る怜にお保八が回ってきたわけで。


「まぁ、暇だし仕方ないか」


「さすが私の弟!」


「着替えるからリビングで待っててくれ」


「あと少ししたら薫ちゃん来るからコーヒー淹れて待ってるね~」


「うぃー」


久しぶりの外出になるが、普段は部屋着と制服しか着ていないために外出用の服を選ぶのに手間がかかりそうとか思っていたのだが、その心配はいらないらしい。

机の上にこれを来てくださいと言わんばかりの服が置かれている。

玲奈の仕業だと早急に予測がついたのだが、ファッションセンス皆無の怜からすると割とありがたかったりする。


「待たせた」


「やっぱり似合ってるね~」


「お邪魔しています怜さん。その、お似合いですよ」


「ありがとうございます先輩」


怜が着替えて準備をしている間に薫が到着したらしく玲奈と二人でコーヒーを飲んでいたところのようだった。

相変わらずボーイッシュな服装の薫には見慣れているのもあって特に突っ込むことなく玲奈たちの前に座る。


「葵は?」


「用意にもう少しかかるらしいよ~なかなか服が決まらないんだって」


「葵って普段私服ってどんなの着てるんですか?」


「大体私と似たような感じですよ。たまにワンピースとかも着たりしてますけど、基本的にはズボンが多いですね」


「まぁ、イケメン女子だからズボンの方が似合うのか」


葵は学園屈指のイケメン女子で、運動神経がいいのも相まって女子からの人気が異様に高い。

制服はスカートだが、足の長さが長いためにスカートも限界まで下ろしたとしても膝にぎりぎり届くか届かないかの所になっている。


――ピンポーンッ


「来たかな?」


「俺が出るよ」


インターホンが鳴って玄関を開けるとそこには眼鏡をかけた葵が立っている。

つい数日前に見たばかりなのだが、今日は私服というのも相まってそれなりにかっこよさやら可愛さが際立っている。

ただ、怜はそういった感情がほとんど欠如しているため、似合っているなくらいにしか思わない残念な男なのである。


「待たせてごめん。服選ぶのに時間かかった」


「玲奈たちも来てるから呼んでくる。ちょっと待っててくれ」


「わかった」


葵を玄関先で待たせてからリビングに向かい、玲奈と薫を呼んでくる。

パタパタと二人を連れて来てから四人はマンションを後にした。


「それで、今日はどこに行くんだ?」


「始めは映画を見てからご飯を食べて、そのあとはショッピングモールで買い物かな」


「怜くんホラー映画とかって大丈夫な人?」


「まぁ、怖いものがあまりないから得意な方だな」


「そっか。最近話題になってるホラー映画で、超絶怖いって有名なんだ。ほらこれ」


葵のスマホをのぞき込むとそこにはホラー映画№1と書かれた記事が映っていた。

【口から心臓が飛び出るかと思うくらいに怖かった】

【怖すぎて途中から何考えていいのかわからなくなった!!】

【流石は年齢制限掛けざる負えないくらいの怖さだ】


などなど、怖さを実感したブロガーたちがコメントを残していた。

「ホラー映画に年齢制限があるのは当然では?」とか野暮な疑問を持つと一部の人からなんて言われるか分からないから何も口に出さないが、絶対に年齢制限をかけなければならないと言われるくらいのホラー映画、怜はほんの少し興味を持った。


「姉さんがホラー映画好きで、たまに家で見てるんだけどね。ボクは少し苦手なんだ」


「苦手なのに見るのか? しかもこんな映画」


「ま、まぁ、怖かったら目を瞑ればいいしぃ?」


(視覚的に見えなくしても聴覚的に見てるのと同じだろうに……)


ホラー映画の見どころはもちろん飛び散る血やトチ狂ったキャラクターが魅力的だが、それを更に引き立たせるのが音声だ。

音声と映像がマッチしてこそホラー映画は完成する。


音を遮断しても映像でどんな声だったり音が出ているのかは大体人の頭の中で再生されてしまうし、映像が無くても音声のせいで映像が想像できてしまう。

つまりは何をしようとホラー映画で怖い思いをしないという選択肢はない。


結果――


「めちゃめちゃふるえてんじゃねえか」


「……べ、別に震えてないよぉ?」


「やっぱ葵ちゃんには厳しかったかな?」


「そうだね。私や玲奈、あと怜さんは怖い系の物に恐怖を感じない性格なので得意分野なんだけど……」


想像以上にホラー映画で上映中葵は怜の袖を摘まんでいた。とはいえ葵は自覚していないのもあって言った時点で拗ねるか否定するかの二択なのはわかりきっているのもあって、わざと口にする必要もないわけだが。


(ここまで震えられると少し困るな……)


少し苦笑しながらファミレスに向かうことにした。

ただ、どうやらまだ余韻が残っているらしくファミレスに入るまで怜の服の袖をちんまりと掴んでいて、それを見た通りすがりの人から小声で「かわいい」と言われる始末になってしまった。


怜としてはいつも学園の中で王子様感を漂わせている葵がホラー映画で怖がって幼い子供の様になっているのがギャップも相まって可愛いとか少しだけ思ってしまっている。

可愛いと思うだけでそれ以外の感情は皆無なのだが。


「二人とも何頼む?」


「じゃあ、俺は明太チーズパスタで」


「えっと、ボクも夜狼くんと同じで」


「りょうか~い。二人とも水取りに行ってくる~?」


玲奈と薫に注文をお願いして葵と怜はウォーターサーバーに水を取りに向かった。


「大丈夫か?」


「何が?」


「さっきのホラー映画、相当ビビってたみたいだから。無理したんじゃないかって思ってた」


「気遣いありがとう、もう大丈夫だよ。情けない所見せちゃったね」


「情けない?」


「うん。普段のボクからは想像もつかないでしょ? 怖いものが苦手とか、実は相当なビビりだとか」


「まぁ、そうだな。ギャップがあるな」


日常生活の中での葵は王子様そのもの。そんな風格があるように見える。それが周りからは怖いもの知らずの姫野葵と認識されている。

王子様なら怖いものが無いのは当然。おとぎ話の王子という存在が割り当てられ入る。


「ボクにだって怖いものくらいあるよ。姉さんみたいに強くないし、姉さんみたいに怖いもの知らずじゃないんだから。君もそうじゃないの?」


「さぁな。人よりも感情の起伏が薄いからよくわからん」


「感情の起伏がないのは自覚してるんだ」


それから注文した料理が来て、四人できれいに完食してからレストランを出たのだが、偶然にも玲奈と薫のクラスメイトに出くわして二人は少し話してから合流することになった。


「どうする? あの二人、しばらく動けなさそうだぞ」


「そうだね。仕方ない、ボクたちだけで服屋に行こうか」


「おう」


玲奈と薫に一声かけたのちに葵と怜は服屋に向かった。

服屋が立ち並ぶフロアには思った以上に女性が多くて、男子高校生が女子高生(学園のマドンナの一人)と二人きりで歩いてると、周りからはそれなりに視線は集める訳で――


「いたたまれねぇ……」


「え? なんで?」


 言うまでもない。周りからは男からなら嫉妬と羨望のまなざしを向けられ、行きかう女性やら店員からは暖かい視線を向けられて、何か勘違いをされている気しかしなくて非常に怜はいたたまれないのだ。

そしてその元凶を担っているであろう葵は素知らぬ顔をして怜の隣を歩いている。その距離わずか数センチで。


「姫野は慣れてるのか? こんな感じの視線を向けられるのは」


「まぁ、慣れない方がおかしいっていうか、嫌でも視線っていうのは感じるものだし。ボクは気にしてないよ。それに今は夜狼くんが隣にいるから邪な目を向けられる心配もないし」


「抑止力にはなってるってわけね」


「そゆこと。ボクを含めて玲奈さんや姉さんだけだったらナンパも毎回あるから男の人が一人でもいてくれるだけでも助かるんだよ。あ、理由はそれだけじゃないけどね?」


「玲奈だろ? 渚は部活でクラスの男子には頼めず、手が空いてて誘いやすい人って言えば俺くらいだし、俺がいれば薫先輩も武力で制圧することもできなくなる」


「相変わらず鋭い洞察力な事で」


普段玲奈と薫の二人で外を歩いているとナンパにあわないということを聞かなかったことはない。

ただ、その度に薫が武力(正当防衛)で制しているため大事になる前に収まっているのだが、それでも毎度そうしていればいずれ問題も起きかねない。

それを防ぐための抑止力が必要なのだが、学園内でそんな適任がいるわけがない。


主に男子は役に立たない。学園三大美姫とお近づきになるチャンスとか勘違いをして遊びに行く人がいるのもあって絶対にお願いをすることはない。

女子はというと、イケメン清楚美女の薫と母性溢れる学園のマドンナ玲奈に挟まれながらは心臓が持たない。


つまりは二人の事をよく知っていて、長い関係のある怜が適任になってくるわけだ。


「おかげでいつもみたく声をかけられることは減ってるから助かってるよ。玲奈さんたちもクラスの友達と別れたらこっち向かうみたいだし、もし声をかけられても人の多いとこをを通ってくるだろうね」


「学園の秀才の二人だからな。それくらいの対応は簡単だろうな」


「そういうこと。だからボクたちは気軽にお店回ってよ」


「そうだな」


話している間に周りからの視線は気にすることはなくなっていた。

ただ、視線を向けられていたのは葵だけでなく怜でもあることはこの二人は知らない。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

お疲れ様です。

今回のお話は長文になってしまいました。書くことが多すぎてね。

頑張って最後まで読んで下さり有難うございます。

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