page.8 不器用でも仲は最高にいいから
※少し長いです
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「はぁ……」
「どした、無理やり二酸化炭素を出したりなんかして」
「なんだよその例え」
「いい例えでしょ」
遅れて教室に入ってきて近くに来るや否やため息を独特な例えで表した渚にジト目を向けつつ再びため息をつく。
「姫野と友達になれたはいいけど、問題が出来てな……」
「問題?」
「そ、姫野と薫先輩の関係を取り持たないといけなくなった」
昨夜、薫から聞いたあの雨の日の出来事を怜は考えていた。
姉妹の間の喧嘩は姉妹で解決すればいいのだが、薫と葵の関係性とお互いの性格を知っている怜としては、2人がまた話し合えるなんて簡単なものじゃないと思っているからこそ、2人の間に仲介者として入らないといけないと思っているのだ。
「薫先輩口下手だからね〜喧嘩した時とか自分が悪いって思って結構落ち込む人だから」
「おかげさまで放課後は玲奈が付きっきりで甘やかしてるらしい」
「あはは。玲奈さんが対応してるなら安心だね」
普段は強気で生徒から信頼される風紀委員の委員長だが、その裏はメンタル弱めの妹思いがある。
そのため、あの日喧嘩して以来落ち込んでいて学校が終わって誰もいないところで玲奈に甘やかしてもらっている。
「それで? 怜はどうする気なの?」
「無理に会わせて話し合いさせても無理だろうし、姫野のことだから自分から話そうとはしないだろうし……方法が分からねぇ……」
「難航しそうだね」
「うぅ……」
そう簡単に解決には行かないのだろうが、頭を抱えていても時間が過ぎていくだけだ。
(姫野に聞かないといけないけど……思い出したくもないだろうなぁ……いや、あいつのことだから話す時は話すのか……帰ったら聞いてみるか、いやでもな……)
「夜狼くんはなんで考える人みたいな石像になってるの?」
「お前と渚、同じ人種なんか」
「およよ?」
聞き覚えのある声を聞いて顔を上げると葵が首を傾げて立っていた。
あいにく渚と同じく独特な表現の例えをしてきた事にジト目を向ける。
「姫野、放課後時間あるか?」
「放課後? あるよ」
「生徒会室に来てくれ。話したいことがある」
「おけ〜」
あっさりと了承を得られて内心安堵した。
その日の放課後、約束した時間に生徒会室に集まった怜と葵だが、お互いに何も話せずに沈黙が続いていた。
先に言う。怜はヘタレでもある。
「えっと……話って?」
「先に言っておく。答えたくないなら答えなくていい」
「わかった」
「……3週間前の雨の日、お前は公園のベンチに座ってたじゃん?」
「そうだね」
「あの日、何があった」
「知ってる上で聞いてる?」
(鋭いな……)
薫もそうだが、姉妹揃って洞察力は完璧である。
声のトーンと文を頭の中で構造化して、一言一言の間を的確に見抜いて相手が何を知っているのか、何を思っているのかを判断して怜が薫からその話を聞いていることを見抜いた。
これが偶然というのならエスパーでもない限りは不可能な話だ。
「あぁ……薫先輩から聞いた。喧嘩したんだってな。それも価値観の違いで」
「うん。ボクが姉さんに憧れてクール系のキャラをしてたら、あの日私の真似はやめろって言われちゃった」
「相変わらず不器用なことで」
「ボクにとって姉さんは小さい頃からの憧れだった。かっこよくて、優しくて、強くて、身近にいる人の中で大好きで近づきたい人だった」
人が小さい頃、一番最初に憧れるのは家族だ。誰よりも信頼できて、誰よりも近くで守ってくれるのが家族だから、ほぼ全ての人は家族の誰かに憧れる。
葵は薫に憧れて薫に近づきたくてクール清楚系キャラを演じている。
「でも……それがダメだったんだよね。あの日、姉さんは自分のようにならないで欲しいって言ったんだ。『葵は自分の行きたいように生きろ』ってね」
(薫先輩、まだ昔の事引きずってるのか……)
「私はどうしたら良かったの……? 姉さんが私の憧れだった……姉さんなら私のことを分かってくれるって、認めてくれるって、思ってたのに……っ」
辛いことだと怜は思った。
幼い頃から守ってくれて、遊んでくれて、色んなことを教えてくれた誰よりも信頼出来る最高の姉に憧れ、その結果見放されたとなれば絶望感を覚えるのは間違いない。
信頼していた人に裏切られる絶望感を怜は知っている。
それによって悲しむ人、傷ついた人を知っている。
「薫先輩、自分は普通の女子じゃないって玲奈に毎日のように言ってたんだ」
「え……?」
「女の子なのに力強いし、かっこよさが目立つし、性格上クールキャラになるし、普通じゃないから嫌だって言っててな」
「ちょっ、ちょっと待って!? じゃあ姉さんが私みたいになるなって言ったのは……」
「多分お前には普通の可愛い女子として生活して欲しかったからだろうな」
「……」
「男みたいな自分にはないものを持ってる葵は薫先輩にとって憧れで、自分では手にできないものだから葵には葵らしく生きて欲しいって思ったんだろうけど、不器用が故に伝え方を間違えた」
「私らしく……」
葵の才能と容姿は薫からすれば喉から手が出るほど羨ましいものだった。
だけど自分はいくら頑張っても手に入らない。
そればかりか葵はどんどん自分のようになっていっていると感じてきている。
自分のようにならないでと伝えたい。
けれどどう伝えればいいのか分からない。
焦った結果出たのは――
『私の真似をするのはやめて! 葵は自分の生きたいように生きて!』
たわいもない言葉。
ただ、葵にはその言葉は許せるようなものじゃなかった。
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「先輩不器用過ぎませんか?」
「うっ……素直に言わないでくださいよ……自覚してますから」
「にしても、実の妹を裏切るようなこと普通言いますか? どんな理由があるにせよ」
「怜くんは正直すぎるよ」
「そうか?」
学園の中で先輩に対してここまで正直に思ったことを言える人はいない。
ただ、それは怜が玲奈や薫からの信頼を元より獲得していて、薫との関係も玲奈伝いで長いからである。
そして、玲奈の実の弟であり、学園の先輩の中にも玲奈からではなく怜の意見や素直な感想が役に立ったことで怜に一目を置いている生徒が多いからというのもある。
学園の中で唯一怜だけが先輩相手に素直な感想が言えてしまうのである。
「……葵に分かってもらえるでしょうか?」
「否定じゃなくて肯定してあげればいいんですよ。あいつは薫先輩に憧れて自らあの性格を選んだ。なら憧れられた側は嬉しく思って認めてあげるだけで十分です」
「そうですか……」
(てかなんで俺がこんなことしてるんだ?)
とかそんなことを思っていたのだが、薫の決心が着いたのもあって、考えることはやめた。
それから数日経って、2人が和解した情報が入ってきた。
不器用なのに仲はいいのは怜としてもよく分からないことだった。
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「よかったね~薫ちゃんと葵ちゃん、仲直りできて」
「ちょっとしたすれ違いだし、お互いに疲れが出てたんだろ」
「も〜怜くん冷たい〜」
「あーもう抱きつくなってのっ」
玲奈と怜の関係はほんの一部の人しかしらない。
実の兄弟でありながら、学園の中では幼馴染として玲奈との関係を周りに知らせている。というのも、そのような情報を流したのは怜の意思である。
玲奈との関係は知られないようにするために、わざと名字を変更して青薔薇学園に入学した。ただ、戸籍上は玲奈の姉弟のままであるため、本来なら名字を変更していない場合は玲奈の名字『波夜瀬』と名乗らなければならないのだが、理事長である青葉がそれを見逃して『夜狼』として登録したのだ。
怜にとって波夜瀬と名乗るのはどうしても避けたい。それは怜と玲奈の間に思い出したくもない過去があるからだ。玲奈は立ち直ることが出来たのだが、怜は立ち直ることが出来ずに名字を偽ってまでも玲奈と共に青薔薇学園に入学した。
「また学園中で噂になってるぞ? 玲奈が俺にだけやたら態度が優しくて好意を持ってるんじゃないかって。お前といると男子からの嫉妬の視線が痛くて仕方がない」
「実際に好きだも~ん」
「姉弟愛だけにしてくれ。下手したら実の姉弟だってバレかねない」
「……まだお父さんのことを引きずってるの?」
「あいつはもう父親なんかじゃない。家族を捨てて他の女の人に手を出したクズだ」
「そうだね……怜くんにとっては許せないよね」
「玲奈にも迷惑はかけてる自覚はある。でも、これに限ってはどうしても……」
胸が苦しくなり、俯く怜に玲奈はそっと手を握る。
「ううん……気にしないで。お母さんもお義父さんも怜くんの決断は間違ってないって言ってるし。何かあれば頼りになるから」
「そうだな……この名字も義父さんの旧姓からもらったものだし、あの時否定せずに許してくれたおかげで今の俺がいるんだから、不安になってもしょうがないよな」
「その通り! それに怜くんにはこんなに美人なお姉ちゃんがいるんだから!」
「自分で言うな自分で」
「えっへん!」
どことなく外れている姉と、頼りになる両親を持っている自分は幸せ者だと改めて自覚した怜。胸張って夜狼怜と名乗れるようになろうと深く心に刻んだ。
ただ――
「というわけで今は疲れているお姉ちゃんを甘やかして~」
「まったく……自由な奴だな」
「えへへ。怜くんと二人きりだからね~」
どうしても姉としての威厳があるのか疑ってしまうくらいにブラコンな玲奈にはこれからも苦労するだろう。
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【あとがき】
というわけで最後の方は少し暗めになりましたが、何とか玲奈と怜の姉弟だからこそできる甘々な関係を見せられて満足です。
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