幕間 

 鮫島署は忙しい。

 普段でも慢性的な人手不足なので忙しいが、昨夜、誘拐と密輸事件を両方とも検挙したのだ。今頃、事務処理だけでも気が狂いそうになっているだろう。

 なのに、この男は康平の前にいる。

 昨日から家に帰っていない臭いのする鮫島署の刑事、竜ちゃんである。ちなみに康平とは保育園の時からの幼馴染である。

「高橋さんは、ま、すぐ退院できるだろうな」

「そうみたいだね」

 康平のテーブルにあるスマホには七星嬢からのLINE通知が溜まっている。メッセージが到着するとマナーモードで振動するので尻ポケットに入れておくには居心地が悪いらしい。マメな雄の方がモテるんだぞ? 康平、返事をしろ、返事を。

「で、倉庫内にいた怪我人は『仲間割れ』で処理するそうだ」

「それはそれは」

「オマエ、どんなコネを使ったんだ?」

「何も。昨日はあの後は親父のバーで寝てたし、僕の警察関係のコネは竜ちゃんしかいないし、竜ちゃんは反則切符だってどうにもできないヒラ刑事だし」

「最後は余計だ!」

「そう?」

 康平は俺を腹の上に置いて満足そうに撫でている。竜ちゃんは溜息をついた。

「そういえば、康ちゃん、前に女性の通り魔事件のこと聞いてたよな」

「うん」

「心当たりあるのか?」

「僕じゃないよ」

「身長が違いすぎるだろ。疑って無いよ。知り合いか?」

「さあ?」

 竜ちゃんは一度席を立つと、すぐに写真のようなものを持って戻って来た。防犯カメラの一部を印刷したもののようだ。街頭に照らされた道に黒い服装の女が映っている。康平は黙ってその画像を見ていたが、首を横に振った。大して期待もしていなかったのだろうが、竜ちゃんも「だよな」と言って画像を反対側のテーブルの上に置いた。

「昨日の夜、義星会事務所に襲撃があったらしい」

「怖いねえ」

「オマエ、昨日俺に電話かけてくる前、どこにいた?」

「忘れちゃった」

「義星会の会長が緘口令かんこうれいを敷いたらしいが、居合わせたやつによるとガタイのいい男が一人で来て『俺の猫をどこへやった』とか叫んでいたらしい」

「怖いねぇ」

「オマエじゃないのか?」

「僕の一人称は『僕』だよ」

 頭に血が上ると「俺」って言ってるけどな。そんなことは竜ちゃんも知っている。

「ま、あんま危ないことはするなよ」

「もちろん、僕は平和主義者だからね」

 竜ちゃんは康平を開放すると、事務処理のために刑事課へと戻って行った。報告書の作成とか色々大変らしい。入れ替わりのように刑事課から栞理嬢が出てくる。

「こんにちは、堀さん」

「探偵さん……どうしてここに?」

「猫が迷子になりまして」

 にっこり笑って嘘をつくな、嘘を。だが、栞理嬢は康平の肩に乗った俺を見て納得したようだった。康平について一緒にエレベーターに乗った。

「ねこちゃん、見つかって良かったですね」

「堀さんは、竹内さんの代理ですか?」

「ご存じ、でしたか……副社長の山本が逮捕されたんです。竹内はまだ韓国から戻っていませんから」

「竹内さんも驚かれるでしょうね」

「はい、なるべく直ぐに帰国する、と。山本を信頼していたのに、どうしてこんな真似をしたのか、私にはわかりません」

「どっちのほうです?」

「え?」

「誘拐か、密輸か、両方ともですか?」

「ご存じだったんですか?」

「誘拐されたの、僕の知り合いなので」

「まあ、それは、本当にすみませんでした」

 栞理嬢が深々と頭を下げた。いや、高橋七星嬢の家族でもないのに謝られても。

「でも、もしよろしかったら、お話をお聞かせいただけませんでしょうか? あの、事情がさっぱりわからなくて」

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