展開 02
気が付けば、まだリュックの中だった。
周囲を見ると車の中ではない、どこかの薄暗い天井の高い場所にいた。リュックについたプラスチック製の窓から見える範囲内にはよく貨物列車に載せられているような鉄製のコンテナが置いてある。俺がいるのはコンテナとコンテナの間にある通路のような場所のようだ。少し離れたところに義星会の下っ端、田中と副会長補佐の和田がいる。その奥に立っているのはMIS合同会社副社長の山本氏だ。俺のリュックは七星嬢のそばに置かれているようだ。リュックを置かれている方向的に七星嬢の様子はよくわからないが、ロングスカートから伸びた脚は足首の辺りでケーブル結束バンドで拘束されている。おそらく両手も拘束されているのだろう。
東京湾に沈めよう、と田中と和田が話し合っている。反対しているのは山本氏のようだ。七星嬢が目を覚ましているのであれば相当居心地が悪いだろう。
「この猫はどうする?」
「一緒に沈めとけ」
俺を? こんな純真無垢で無原罪の存在である俺をリュックに閉じ込めたまま海に沈めようってのか? そんな罰当たりなことをしていいと思っているのか? 俺は声を限りにして康平を呼んだ。
「おい、うるせぇな、黙らせろ」
リュックのファスナーが乱暴に開けられた。俺は力いっぱい外に飛び出すと、コンテナの下に置かれた台の隙間に潜り込んだ。埃と虫の死骸でいっぱいだ。そのまま奥へ向かって進む。途中、振り返るとむき出しの床に転がされた七星嬢の身体とスーツに包まれた脚が3人分その近くに立っているのが見えた。右側には数人の男性のものと思われる脚も立っている。七星嬢がピクリとも動かないのが気になるが、大丈夫だろうか? だが、猫の手では結束バンドは外せない。俺はとりあえず脱出することにした。
どうやら右側に出入口があるらしい。
俺は出口の方向へ向かって這い進んでいった。
その時、丁度いいことにドアが開けられて外の空気が入って来た。
「ぎんちゃんはどこだ」
お、康平の声だな。俺は逃げるぞ。こんなトコにいたら東京湾に沈められてしまう。
俺がさらに出入口へ向かって這い進んでいると、顎の骨が砕ける音、悲鳴、膝が折れる音、悲鳴、重たい物をコンテナの側面へ打ち付ける音がした。見れば先ほどまで立っていた男性たちが這いつくばっていた。
「ぎんちゃん!」
見覚えのある康平のスニーカーが七星嬢の傍に落ちている俺のリュックへ駆け寄っていく。同時に田中のものと思われる脚も動いた。左足で立ち、右足を投げ出すように前に出して康平を蹴ろうとしたのだろう。ただし、康平が蹴られた音はしなかった。田中の右足は地面につかない。跪いた康平の前に置かれたリュックを康平の右手が探る。
「いない。おい、ぎんちゃんはどこだ?」
康平が立ち上がると田中が背中から倒れこんだ。まだ右足を上にあげている。康平に足を掴まれているのだろう。
「ぃてっ! 放せ!」
「おい、小林、そいつから離れろ!」
もう一人のスーツの脚の持ち主、和田の手が持ち上がった。
「俺のぎんちゃんはどこだぁぁぁぁ」
康平の脚が踏み下ろされる。口腔内を切ったのだろう、田中の顔がに血まみれになっていった。焦ったような和田の声がしている。
「おい! 聞いてるんだろ!」
カシャ、カシャと音がした。
「お前かぁっ」
康平の足が回転して床に銃が転がった。安全装置がかかったままだ。なんて初歩的なミスだ。銃は田中のすぐそばに落ちている。田中の口元の血と唾液で出来た泡が動いていることがまだ息があることを示していた。顔もシャツも血まみれになっていた。田中が手探りで銃を拾おうとしている。驚いた、意識があるようだ。
「俺のぎんちゃんはどこだ!」
コンテナに硬い物、たぶん頭蓋骨、が当たる音が複数回響いた。詰め寄った康平の脚の向こう側で和田の両足が上に持ち上がっていく。
康平の背後では田中が片目を袖で拭った。銃を手にして静かにゆっくりと上体を起こしていく。いい案だ、だが詰めが甘い案だ。
和田の喘ぐ声がしている。康平が首を締め上げているのだろう。
銃の安全装置を外す微かなカチ、という音で康平は振り返りざまに和田を田中へ向かって投げた。激しく咳き込む和田の背中の下から田中が銃を再び構えようとする。康平はその手を掴むと手首を折った。悲鳴が聞こえた。続いて田中の肘を折る。取り落とされた銃はコンテナの下にいる俺の方へ向かって蹴り込まれた。
安全装置は外れたままだ。危ないじゃないか。俺は文句を言った。
「ぎんちゃん? どこでしゅか? 出てきてくだしゃい?」
コンテナの下を覗き込んだ康平と目が合ったので俺は狭い隠れ場所から出てやることにした。途端に康平に抱き上げられた。
「心配したんでしゅよ、怖かったでしゅか? もう大丈夫でしゅよ」
返り血を浴びた顔を擦り付けようとしてくる康平の顎を片手で押さえる。
スーツの脚は3人分だった。残る一人はどこだ?
「さ、リュックに入りましょうね」
康平がリュックを拾おうとしゃがみ込む。奥でじっとしていた山本氏が手にナイフを握っていた。差し出されたナイフを迎えるようにリュックを拡げ、山本氏の右腕を絡めとる。内側へ向かってリュックごと捻ると山本がうめいた。手首を捻られたのだろう。康平が山本氏を平手打ちし、復路は裏拳で顎を払う。喉仏を片手で掴んでから山本氏の両足を払った。落ちる山本氏の身体に合わせて喉元を抑え込んだ。そして顔を覗き込む。康平の肩に乗った俺もついでに覗き込んでやった。山本氏の顔が絶望に歪んだ。
「
出入口の方から鮫島署の竜ちゃんの声がした。刑事課のみなさんが続々と倉庫に入ってくる。
俺は久しぶりに「警察」の到来によって喜びを露わにした男性を見た。
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