中学校訪問 02

「磯村さん、こんにちは。ここで何を?」

「母校なんです。探偵さんこそ、何してるんですか?」

「相変わらず、同じ調査中です。十年くらい前にこの学校で一人亡くなってると聞いたので聞きに来たところです」

菊地きくち 海香みかですね」

 麻有嬢の笑顔が翳った。

「私、海香お姉さんと同じお教室でバイオリンを習っていたんです」

 麻有嬢は懐かしそうな目をして遠くを見るような顔をしていた。

「私よりずっと素敵な音を持ったお姉さんだったんです。いつか一緒に演奏できたらって思って私必死に練習したんです。4歳違いなので学校では無理でも、お教室の発表会なら可能性ありましたから。この中学の管弦楽クラブは海香お姉さんが設立したんです。当時は吹奏楽部と音楽室の取り合いみたいになったって聞きました。保護者まで巻き込んでやっと週に1回だけ使わせてもらえてたって」

 ふふっと麻有嬢は楽しそうな声を出した。すぐに表情が翳る。

「でも、海香お姉さんはこの中学校で亡くなりました。それまで独占的に音楽室を使っていた吹奏楽部の人とは仲が険悪になって、それでいじめみたいなものもあったみたいです。2年生の夏休み前に、音楽室の窓から飛び降りたそうです、バイオリンと一緒に。それ以来屋上は立入禁止ですし、音楽室は空調設備を入れて窓が開かないようになっています」

 康平が同情するような声を出した。

「信じられませんでした。お教室ではあんなに優しくて上手で素敵な音をさせていたのに」

「部活が終わった後に残って練習をしていた?」

「いえ、偶々たまたまその日は海香お姉さんのクラスのホームルームが早く終わって、部活が始まるまで一人で音楽室にいたみたいです。その日は管弦楽クラブが使える日だったから、吹奏楽部は居なくて海香お姉さんしかいなかったって。ほんの十数分の間に・・・何があったんでしょうね」

 麻有嬢は答えがあるかのように音楽室と思しき付近を見上げた。一部の窓ガラスに消防隊突入口の赤い三角が並んでいる。

「私も中学の時、ここの管弦楽クラブにいたんです。みんな、学校の外の教室に通ってプロを目指して毎日猛練習していたから、学校で友達としてのんびり音を合わせるっていうのがとても楽しくて。きっと今の子たちもそうだと思うんです。だから月2回の練習日にはなるべく顔を出すようにしてるんです」

「今日は吹奏楽部との合同練習?」

 微かに聞こえてくるのは「カルメン」のようだ。金管楽器の華やかな音色がしている。

「それが、今では管弦楽クラブは視聴覚室で練習してるんですよ、すっかり吹奏楽部とも仲良くやってるみたいです」

 当時からそうすればよかったんですよね、と麻有嬢は笑った。

「今度の披露宴では報酬を貰って弾くんでしょう? プロと一緒に演奏できれば自分もいつかって思ってくれそうですね」

「ええ、まだ学生なのでアルバイトですけど、竹内社長のお知り合いには演奏者もいらっしゃるので呼んでくださることになっているんです」

「いい繋がりができるといいですね」

「ありがとうございます」

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