中学校訪問 01
俺は都内から特急で栞理嬢の卒業した中学校へ行く心づもりだった。テレビの天気予報ではこの週末は良い天気のようだ。
何を間違ったのか、康平は宿を予約してから自転車に乗って出発した。
俺はリュックに入り、さらに「前かご」部分に入れられて紐で押さえられている。ちなみに籠は付け替えてもらったので例え康平が転んだとしても俺は路上へ飛び出すことはない。ちなみに、康平が乗っているのはお洒落な若い会社員が乗っているロードバイクではない、いわゆる「ママチャリ」型である。縦横にサイズのある康平が自転車に乗っていると凝視してくる人間もいる。右側を通過していくドライバーの中にもいるので、視認性が良いのだろう。
東京から神奈川県を経由して山梨県まで国道を進むと、徐々に人家が疎らになり道路の近くまで大きな木々が見えてきた。新宿にはあまり森がない。新宿御苑という公園はあるが、あれはむしろ「庭園」だ。悪くはないが、十分ではない。
湖の上を通り木々の間を抜けた風は気持ちがいい。
楽しくサイクリングを済ませ、甲府市内の住宅地にある宿に到着した。まだ日は高い。俺としては片道6時間以上かけて自転車で進むのは嫌いではない。漕いでないからな。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。女将の
小さな宿だった。女将である、という女性がチェックインの手続きを済ませてくれる。小さい宿だ。中居さんはいそうもない。
「はい。猫用の部屋を予約しています」
「こちらへどうぞ」
女将についていくと明るい畳敷きの部屋に通された。
「猫ちゃんのおトイレはあちらにご用意しておきました」
「ありがとうございます」
「自転車でいらしたんですか? こちらにはサイクリングで?」
「調査です。探偵なので」
「えっ」
康平は探偵事務所の名刺を女将に渡した。探偵という生き物に会うのは初めてと見える女将はありありと好奇心を示していた。
「どんな調査をされるんですか?」
「ある女性が結婚相手にふさわしいかどうか、を極秘で調べて欲しいと男性側の関係者から依頼されています」
「あら、まぁドラマみたい」
「その女性が卒業したのが近くにある市立桜西中学校なんです。どんな学校ですか?」
「ええーっと、明るい子が多いですよ。非行もほどんど聞かないし」
「十年前とかは?」
「うーん、どうだったかしら。でも荒れてた時期とかも無かったわよ」
「いじめとか」
「あ、そういえば、一人亡くなってるわ。十年くらい前だったかしら、女の子が窓から落ちたって。あの時は大騒ぎだったけど。でも、事故だってなったんじゃなかったかしら」
康平が礼を述べて近所を少し見て回ってくる、と告げると女将は夕食の時間を告げて退がった。俺が中庭を見ながら水を飲んでいると康平はスマホを眺めていた。肩口まで近寄って画面を見ると、先日のペットショップで撮ったトカゲの画像を七星嬢へメールしていた。トカゲの画像で彼女の気を引くつもりなのか? しばらく嫁どころか彼女もできそうにないな。
「お出かけしましゅよ、ぎんちゃん」
康平がそう言って俺を抱き上げた。リュックに収まると外へ出る。ただし、多くの人が行き交う場所ではないので上部のファスナーは開けてある。俺はするりと開口部を抜けると康平の肩に乗った。
住宅地は静かでとても平和だった。そんな住宅地を校区とする市立中学校も平和そうだった。土曜日の午後ということもあり、授業は終了しているようだ。校庭ではサッカー部と野球部が練習している。校舎内のどこからか音楽も聞こえてきている。
「さて、誰にも会いませんでしたね。ぎんちゃん、どうしましょうか?」
昨今の中学校らしく、校門には「関係者以外の立ち入りを禁止します 学校長」と掲示されている。
「探偵さんっ」
急に明るい女性の声で声をかけられた。校舎から手を振りながら誰かが近づいてくる影が見えた。
「
バイオリニストだ。
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